第16話 古城

「ここだ」


 ジャックは崩れた外壁の隙間から城内を覗く。


 城内は薄暗く、所々崩れている。カビた亀裂が、うねるように入った床が放つ臭いが鼻をつく。暗がりへと向かう擦り切れた階段が、まるで誘っているように見える。同様に上への階段も見えている。


「向かうのは下だ。奴らは暗がりにいる」


 ジャックはしゃがんで木の枝をククリで切り取り、布を巻き付けて松明を作り始めた。


 カインは拳銃をホルスターから抜いて、壁に背中をくっつけたままシャオに言った。


「探ってくれ、シャオ」


「はい、分かりました」


 シャオは見えないピアノを引くように指を動かす。地下へと向いた指が引きつったようにピクピクと動いた。


「地下に大きな反応、人数は不明です。上と、この階はなにもいないようです」


 ジャックは人数分の油を含ませた松明に火をつけていく。


「さあ、行こう」


 全員がお互いの顔を見て頷いた。カインは片手で拳銃を構え、松明を持って地下へと降りていく。その後にシャオ、アンバーがついて真っ暗な階段を降りていった。


 ジャックはチラリと空を見た。いつの間にか夕日はその顔を隠し、世界を暗闇へと誘っていく。奴らの活動時間が来るのだ。と同時にジャックは感じていた。身体の奥底の胎動を。


「父さん? 行こう」


 マリアは革鎧に身を包み、金髪のポニーテール姿でジャックの腕を引く。


「父さん?」


 マリアの薄緑がかった瞳が、ぼんやりとしたジャックの顔を覗き込み先を促す。


「あ、ああ……すまない。行こう」


 さっき、父さんの目が金色に光っていたような? 怒ってるのかな? ともマリアは思ったが、様子が違う。どこか悲しげなのだ。マリアはジャックの様子になんとも言えない違和感を感じていた。



 ***



 ドガガガ!


 ニーナの放つ木の杭が何十体目かのゾンビを射抜く。ニーナはガックリと肩を落とし、膝に両手を置いて言った。


「ハァ、ハァ、さすがに……多いわね」


 ゾンビの群れは三人を囲み終えると襲って来なくなった。ユラユラとその場で揺れているが、一歩も歩み寄ってはこない。


「なんか様子が変っスね」


 片膝をついて短槍を肩にもたれかかっているビリーは言った。


 ゾンビの群れから、覆面を被った者たちが二体歩み出てくるのが見え、思わず三人は身構えた。


 一体は麻布を頭に被り、くり抜いた目元と口元の奥に、ギョロリとした異様に大きい目が覗いている。今にも覆面から飛び出しそうな目玉だ。耳元まで裂けた麻布と同様に裂けている口が不気味さを一層強くしている。首には首吊りロープがかかったまま背中に垂れている。


「あぁー! こいつら! シスター攫った奴らだな!」


 ルディは首吊り覆面を指さして噛み付くように言った。


「おいっ! お前らっ! シスターはどこだ!」


 首吊り覆面は答える代わりに、片手を上空に向けると、ゾンビが二体がかりで持ってきた大鎌を受け取って軽々と振り回した。


 もう一体は牛の顔を模した覆面を被っている。大型の斧を両手で持ち、筋骨隆々とした鋼のような肉体は三メートル以上はゆうにある。屈強な肉体に被っている牛の覆面は、まるで“迷宮の怪物”ミノタウロスのように見える。


 嫌な予感がするビリーは一歩後ろに下がって言った。


「……なんかヤバくないっスか?」


 ミノタウロスはルディ目掛けて、ドスンドスンと重く鈍い足音を響かせながら、大斧を振り上げた。


 ルディは後ろに大きく飛んで避けた。


 ルディがいた場所に大斧がぶつかると大小の石を弾き飛ばしながら地面に深くめり込んだ。


「へっ! 遅いぜ!」


 ルディは拳を打ち鳴らして両手に火の玉を二つ作るとミノタウロス目掛けて投げつけた。


 二つの火の玉がミノタウロスの肩と腹に当たって破裂。


 ミノタウロスはまるで何事もなかったかのようにドスンドスンとルディに近づいていく。


「おいおい……マジかよこいつ」


 ルディは面食らったように後ずさった。


 首吊り覆面はビリーを目標にして向かって走った。大鎌を横に薙ぎ払い、鉄と鉄がぶつかり合う音が鳴り響いた。


 大鎌を受け止めていた短槍ごと、ビリーの足が地面を滑る。ギリギリと短槍の表面を大鎌の刃が削っていく。信じられない切れ味だ。


「こぉのぉ!」


 ビリーは短槍を握りしめて発電する。ビリーから発せられる電撃が短槍を伝って大鎌と首吊り覆面を直撃した。


 電気が空気を切り裂く音が響く。


 電撃に貫かれた首吊り覆面は片膝をついて耐えた。が、すぐに立ち上がってビリーの腹を蹴り飛ばした。


 ビリーが地面を転がっていく。止まったかと思うと胃の内容物を吐いてうずくまった。


「ビリー!」


 ニーナは木の杭五本を首吊り覆面に飛ばした。木の杭三本が大鎌に弾かれた。想定内と言わんばかりにニーナはニヤリと笑った。背後に回った木の杭が胸と横腹を狙う。


 首吊り覆面は大鎌を地面に突き立て、自身の身体を持ち上げて避けた。


 これは予想外だったニーナは、あらぬ方向へと向かう木の杭を慌てて軌道修正して首吊り覆面に飛ばした。


 首吊り覆面は大鎌を振りかぶってニーナに肉薄する。


〈早い! まずい殺られる!〉


 首吊り覆面が薙ぎ払った大鎌がニーナの腕を両断する寸前、金属音が鳴り響いた。


 振り抜いた大鎌に、ニーナは地面に叩きつけられた。


「ニ……ニーナ!」


 死を連想したビリーが慌てふためき、腹を押さえて呻くような声を出した。


 当のニーナがムクリと立ち上がり、何事もなかったかのようにスカートの汚れを叩き落とした。


 ビリーはホッと胸を撫で下ろす。


 ニーナは太ももから棒手裏剣を操作して束を作り、先の一撃を受け止めていたのだ。


〈ギリギリだった〉ニーナの額を冷たい汗がこぼれ落ちていく。


 肉体ごと両断するつもりだった首吊り覆面は、なにが起きたのか分からず、小首を傾げて狼狽し、呻いた。


「さぁっ! やり返してやるんだからっ!」


 ニーナが腕を交差させて振り上げる。橙色に目を輝かせた。その腕を振るうと、バラバラに転がっていた木の杭が、意志を持って襲いかかり、背後から迫っていた木の杭が胸を深々と貫いた。


 ニーナは勝ち誇ったように言った。


「どうだっ!」


 首吊り覆面は胸に突き刺さっている杭を掴んで握りつぶした。が、力尽きて膝をつき、顔から倒れこんだ。大鎌は力なく地面にガランガランと音を立てて転がった。


 ズドンッ!


 ミノタウロスもどきの渾身の薙ぎ払った一撃が大木にめり込む音が轟く。その勢いで葉が頭上からチラホラと舞い散ってくる。


 ルディはしゃがんで先の一撃を避けていた。ミノタウロスもどきが大きな足を上げてルディを踏み潰そうしたが、ルディは滑り込んで避ける。


「へっへーん! 遅い遅い!」


 ミノタウロスもどきは大木に体当たりをぶちかまして強引に大斧を引き抜くと、空に向かって低く不気味な声と高い女のような声が混じり合った奇妙な声で吠えた。


 「ォォォォオオオ!」


 大気が震える。大斧が刺さっていた大木はゆっくりと倒れ始め、見上げるゾンビの群れが大木の下敷きになった。


 その様子を見ていたルディは、冷ややかな汗を垂らしながら呆れた口調で言った。


「……なんてパワーしてんだよ。このバカ牛は」


 ビリーは短槍にもたれかかりながら立ち上がった。ペッ! っと、口の中に残るゲロを地面に吐き捨てる。


「みんなでやるわよ!」


 ニーナは四本になった木の杭を浮かび上がらせて言った。


 ミノタウロスもどきは横薙ぎに大斧を振った。ビリーは伏せてそれを避けて、一歩踏み込み短槍をすねに突き刺した。


 ビリーの短槍を伝い、電気が走ってすねの傷を焼く。ビリーは距離を取るために大きく飛び退いた。


 ビリーが飛び退くのを見計らって、ニーナが腕を振るって木の杭四本を発射、ミノタウロスもどきを襲う。


 木の杭は胸や腹に突き刺さったが、筋肉が分厚すぎて杭が刺さりきってはいない。


 ルディはニーナのチカラで、ミノタウロスもどきの頭上を飛んでいた。頭ほどの大きさの火の玉を脳天目掛けて振り下ろした。


 ミノタウロスもどきの頭で火が破裂して頑強な身体を焼き、頭を焼かれながら悶え叫んだ。


 「グォォォオオオ!」


 牛の覆面が焼けただれ、ズルリと剥がれ落ちた。


「うわぁっ!」


 三人はその顔を見て驚きの声を上げた。


 屈強な身体の上にのっぺりとした異常に小さな頭が二つ並んでいた。そのどちらも小さな目が一つずつで、削ぎ落としたような鼻、耳すらない。だが口だけは妙に大きい。


「なんだよコイツ!」


 ミノタウロスもどきは燃え盛りながら大斧を振り回した。大斧の風圧で炎がその勢いを弱める。だが、まだ消えきってはいない。


「ルディっ! あんたのチカラじゃないと、こんなでかいヤツ無理よ!」


 ニーナの木の杭がミノタウロスもどきの周りを飛び回って意識を散らせる。


「もっとでっかい火の玉作れないの?」


「え? そんなのやった事ないけど」


「孤児院であの吸血鬼ぶっ飛ばしたみたいなやつよ! なんで覚えてないのよ! 今やりなさいっ! バカルディ!」


「ふん! じゃあ、やってみるから少し時間稼いでくれよ」


 ニーナとビリーは距離を取り、ミノタウロスを牽制し引き付け始めた。


 ゾンビ達が円陣を組んでいる人垣を見て、ルディはふぅっと息を吐いた。


 両手の指輪を打ち合わせ、火花を起こして手のひらから出るガスに引火させる。


 火を操るチカラではないのはとっくに分かっている。ガスを操っているんだ。だから、こう……。


 火を両手の上で包むように徐々に大きくしていく。


 ビリーはミノタウロスもどきの叩きつけるような大振りを避けて、その隙に腕や足を切りつけていく。その度に走る電撃が少しずつ動きを制限していった。


 ニーナの木の杭がミノタウロスもどきの背中に当たるが弾かれた。


「んもうっ! どんだけ硬いのよ! コイツ!」


 ルディは少しずつ少しずつ大きくしていく。まるで風船だ。両手の出力を均等にしなければその場で破裂するかもしれない。


 今では火の玉はルディの身体と同程度の大きさだ。風になぶられ、不安定な形が縦に伸びたり、横に伸びたりしている。今にも破裂しそうな水風船みたいだ。


 ルディは緊張感なく言った。


「んん~……なあ、こんぐらいでいいのかな?」


「いいから、早く投げなさいよ! バカルディ!」


 ルディはどうやって投げたもんかと思案する。


 腕を横にやったり縦に振ったり、はたまたブンブン振る。それに合わせてグニャリ、ブニュリと形を変える。


「あれ? やばい外れない!」


「なんでよ!」


「わかんねーよ!」


「どうすんのよ!」


「どうするったって! どうするんだよ! バカニーナ!」


「あ、あったまきた!」


 ニーナはルディの身体をフワリと浮かせたかと思うと、バカでかい炎の玉ごとミノタウロスもどきに向かって投げつけた。


「おわああぁぎゃー」


 ミノタウロスもどきは真正面から飛んでくるルディに大斧を振った。


 低く重たい風切り音が鳴り響く。


 ミノタウロスもどきの目の前からルディが消え、ミノタウロスもどきの二つの頭はキョロキョロと辺りを見回している。


 ニーナは振り上げている両手を振り下ろす。額に浮かぶ汗が飛び散った。


 ルディは上空から地面に向かってグングンと加速していく。


「ひぃぃいいゃあああああああ!」


 落下する勢いで炎の玉が大きくグニュリと歪んだままついてくる。今にも破裂しそうだ。落下する風圧で火がプルプルしている。さらにドンドンでかくなっているようにも見える。


「チカラを解きなさい! バカルディ!」


「ぅぅぅっひひぃぃぃぃぃ」


 ルディはチカラを解いた。


 ガクンとルディが空中で止まると、炎の玉がその自重で落下していく。


 ミノタウロスもどきは炎の玉を大斧で斬った。


 大きな爆発音が響き渡り、閃光が辺りを包む。


 キノコ雲が吹き上がり、周りにいる大量のゾンビが衝撃波で吹き飛ばされ、木に叩きつけられて飛び散る。


 ビリーは慌てて短槍を地面に突き刺して、強風に煽られる洗濯物のようになびいていた。


 ニーナは木の陰にいち早く逃げていて無事だった。


 ルディは上空で爆風に煽られて再び上空に飛び上がっていた。上昇する勢いが落ちてくると、ピタリと止まり、そのまま落下を始める。


「もうぃぃぃぃいやァァァ!」


 ニーナは仕方なくルディをチカラでキャッチして地面に降ろしてやった。


 ミノタウロスもどきは黒焦げで地面に突っ伏していた。


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