第五章 守護者からの巣立ち

第37話 ライ王子の依頼


『イラ・フラニース! 光よ、我を守れ!』


 光の壁が鉄球から私を守る。鉄球が光の壁にぶつかると、激しく音を立てて割れた。光の壁は割れたが、鉄球の勢いは消えて、その場に落ちた。


「アリス、見事ですわ。その魔法は使いこなせるようになりましたね」

「私はやればできる子だからね」

「調子に乗るなですわ。あなたが覚えた魔法はまだ五つほどです」

「だって、覚えるのが大変だし」

「言い訳しない! 一年ほどしたら、あなたは帰りますのよ。それまでに色々と魔法を覚えないと。妖精門の魔力解消は大切なんですよ」

「もう何度も聞いたよ。ミーアのお陰で耳にタコができたんだからね」


 私は十二歳になった。

 ミーアの言うように、このまま順調にいけば、一年ぐらいでエストー村へ帰れる。

 順調にいけばと言うのは、魔眼のこと。今は最終の封印を解いて、封印なしの魔眼を慣らしている状況。

 でも、時々、勝手に魔眼が開放状態になって、精霊たちを沢山見てしまうことがある。レオーネによると、それは魔眼がまだ暴走する可能性がある証拠なんだって。


 すると、ミーアの指先が顎に当たった。


「ミーア、もしかして私の頭を叩こうとした?」


 私はニヤニヤと笑いながら言った。


「クゥ…… どうしてそんなに大きくなったのですか!?」

「ミーアはまだまだ小さいね。私がお姉ちゃんだ。お姉ちゃんがヨシヨシをしてあげようか?」


 この一年で、私はミーアよりも頭一つ分大きくなった。急な成長だったと思う。その成長のせいで、肘や膝がちょっと痛くなった。他にも体の色んな部分が少し丸くなったけど、それも成長のため。

 色々な体の変化は私が大人の女性になり始めてるってことだね。


「ムカつきますわね。では、アリス姉様」

「え?」

「アリス姉様はわたくしよりも大きいですから、これからの魔法稽古はもっと厳しくしてもいいですよね?」

「それは……」

「わたくしの姉なのですよね? 違うのですか?」

「…… ごめんなさい。調子に乗って、すいませんでした」

「アリス姉様、どうして謝るのですか?」

「わー! もう勘弁して! ごめんなさい。私はミーアのお姉ちゃんじゃありません」

「そう言えばよろしいのです。わたくしはエルフですから、人族のアリスとは成長速度が違うのです」


 すると、ミーアの声色がだんだんと震えてくる。


「わたくしが成人になるまで十五年かかります…… それまでずっと友だちでいてくれますか?」

「もちろんだよ! 成長速度が違っても、私はミーアの友だち。ううん、親友だから!!」

「良かったですわ。アリス、ありがとう」


 ミーアは優しい笑みを見せた。私もミーアに笑みを見せる。


 そうだった。私、軽い気持ちで言っちゃったけど、前からミーアは私との成長の差を気にしてた。

 とても反省する。もう同じことは二度と言わないと固く心に決めた。


「午後からお兄様に呼ばれているのですね?」

「レオーネと行くことになってるの。私、必要かな?」

「お兄様は意味もなく人を呼びませんわ。きっとアリスに何か用があるのでしょう。分かっていると思いますが、お兄様の前では呉々くれぐれも無礼がないように」

「はいはい。ミーアの大好きなお兄様の前では大人しくしてますよ」

「返事は一回です。分かっているのならよろしいですわ。レオーネ様の元へ行きましょう」


 大好きなって言葉には何も反応しないんだ。からかったつもりなのに。

 本当に大好きってことなんだね。

 そんなミーアが微笑ましく思えた。


「どうして笑っていますの?」

「うーんと、ナイショ!」

「内緒? わたくしを見てニヤついてましたわ。教えなさい」

「嫌だもんねー」


 私たちは笑顔でレオーネの元へ向かった。

 レオーネの元に着くと、私はレオーネと一緒に迎えの馬車に乗って、ライ王子がいるクレール城へ出発した。



「アリス、ちょっと見ないうちに大きくなったな」


 執務室で私はライ王子と向かい合って座っていた。

 緑髪に翡翠の瞳、賢そうな顔立ち。

 ちょっと見ないうちにと言われたけど、ライ王子と会うのは七ヶ月ぶり。私からしたら、久しぶり。やっぱりエルフとは時間の感覚にズレがある。


「それに、綺麗にもなっている」

「エッヘへ。ありがとうございます」


 ペシッとレオーネに頭を軽く叩かれた。


「ライ様とニヤついて話をするな」

「ニヤついてないし」


 頬が緩んだのを頑張って元の表情に戻す。

 でも、嬉しくなるのも仕方ない。綺麗になったと言われると嬉しい気持ちになる。だって、私も一応女の子だし。


「二人とも仲が良いな。実は二人に頼みたいことがある」

「何でしょう?」

「父上から命令されたことなんだが、レオーネの村で客人の面倒を見てもらいたい」

「客人ですか? ですが、私の村で?」


 レオーネと同じように私も疑問に思う。

 大好きな村だけど、ギムト村は人をもてなすような村じゃない。正直言って、何もない。あるのは畑ぐらい。


「それも父上の命だ。アリス、カルシュタイン侯爵を知っているか?」


 ライ王子から急に話を振られた。

 カルシュタイン? ずっと前に聞いたような気が……


「あ! えっと…… レオーネに聞いたことがあります」

「レオーネから聞いたのか。カルシュタイン侯爵はアリスの国の大貴族だ」


 貴族は王族の次に偉い人たち。何をしている人たちかは知らないけど。父様の親も貴族だったんだよね。父様から貰った短剣はレオーネの家に保管してある。


「では、客人と言うのはカルシュタイン侯爵でしょうか?」


 レオーネがライ王子に質問をした。


「いや、客人として来るのはカルシュタイン侯爵の息子とその従者で、二人だけで来るようだ」

「二人だけですか? 他に従者は?」

「父上からはいないと聞いた。おかしいと思わないか?」

「はい。変な気がします」

「私も引っ掛かってはいる。だが、レオーネの村で客人を饗すことを頼みたい。アリス、お前にも頼みたいことがある」


 私に頼みたいこと?

 頼みたいことがあるから、私が呼ばれたんだ。


「カルシュタイン侯爵の息子とその従者はアリスと同い年らしい。それに同族で国まで同じだ。二人を気にかけてもらえないだろうか?」

「任せて下さい!」


 私は迷うことなく、元気な声で答えた。


「ライ様の依頼だぞ。アリス、本当に大丈夫なのか?」


 レオーネは不安顔になっている。

 ちょっとだけムッとした気持ちになる。そんなに不安にならなくても……


「大丈夫だよ」

「そうか。だが、何かあれば私に言うんだぞ」


 レオーネが再びライ王子に質問をする。


「二人で来るという話ですが、案内役のエルフはどうしますか?」

「必要ないみたいだ。カルシュタイン側にエルフの先祖返りがいるらしい」

「なるほど。マディール側の道を通る予定ですか?」

「私はそう聞いている。アルフヘイムに着くのは一ヶ月後の予定だ」

「分かりました。それまでに準備をした方がいいいですね」

「ああ、よろしく頼む」


 一ヶ月後、私と同じ国の人がアルフヘイムに来る。

 そう考えると、ワクワクする自分の心の声が聞こえてくるような気がした。


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