第35話 アリスの真価


 森の開けた場所に出た。

 奥にグラウがいて、その側にミーアが倒れていた。ミーアは意識を失っていて、小さな赤い空間に閉じ込められている。


「ミーアを返せ!!」


 グラウは眉毛をピクッと動かして、溜め息をついて言う。


「取引はしたはずなんですがねー。意味が分かりませんでしたか? しかし、追いついてくるとは思いませんでした。ラルヴァを放っておいたのに。お嬢さんが倒したのですか?」

「そうだ!」

「そうですか。やはり事前情報が誤っていたようですねー。やれやれ、私がお嬢さんの相手をしないといけない」


 グラウから嫌な感じがして、私は後ろに跳んで距離をとる。


 すると、グラウの右腕が黒くなり、形を変えていく。みるみるうちに変形して黒い筒になった。人間の腕の形をしていない。

 その黒い筒を見ると、黒い筒の中には小さな穴がいくつもあった。


「ショータイムの始まりですねー! お嬢さん、私を楽しませて下さいねー」


 黒い筒の穴から小さな玉が四発飛び出す。

 小さな玉の動きを魔眼で捉えて、動きを予測。でも、玉の動きはとても速い。もし当たると、私の体を貫いてしまうような速さだ。

 私は躱そうと横に跳ぶが、右足を玉が掠ってしまった。


「まだまだ終わりじゃありませんよ。連射ができるのです」


 黒い筒が私を狙う。

 避けないと……

 私は立ち上がろうとしたが、右足の痛みで動きが遅くなる。


 小さな玉が発射された。しかも、八発。

 このままじゃ直撃だ。


『イラ・フラニース! 』


 光の壁が私の前にできて、玉を防いだ。

 その隙に周りの茂みに隠れた。


「ありがとう、ファセ」

「おいおい、だらしねぇぞ。しっかりしてくれ」

「グラウって奴なんなの? 腕が変形したよ?」

「あの野郎は魔族だな」

「魔族? レオーネに北の方にいる種族だって聞いたことがある」

「ああ。魔神ディアボロの子たちだな」

「ディア――」


 バッゴォーーン!


 私の声は爆発音で掻き消された。


「なに?」


 グラウの筒に変形した右腕が大きくなっていた。その筒から人の頭ぐらいの玉が発射される。


 バッゴォーーン!


 爆発音が聞こえて、大木が粉々に吹っ飛ぶ。

 そして、もう一度。


 バッゴォーーン!


 筒を色んな方向に向けて、大きな玉を無茶苦茶に発射している。


 このままずっと同じ場所にいるのは危険だ。


 グラウが私のいる茂みを狙う。私は回避するために動き出す。

 黒い玉が発射された。

 爆風で私は吹っ飛んでしまう。爆発した場所を見ると、木々が粉々になって、茂みは燃え上がっていた。


「見つけましたよ、お嬢さん。かくれんぼは終わりですかねー?」


 隠れるために、木々の間を移動する。

 もし当たってしまったら……

 考えると、ゾッとする。


「またかくれんぼですかねー。いいですよ。隠れる場所がなくなるまで、撃ちましょう!」


 バッゴォーーン! バッゴォーーン! バッゴォーーン!


 本当に周りを吹っ飛ばす気だ。このままじゃ隠れる場所がなくなってしまう。


「あれは大砲だな。久しぶりに見たぜ。おい、気づいたか?」

「何が!?」

「あの野郎が一発撃つと次まで三秒ぐらい間隔がある。そこを狙え!」

「三秒? ふざけないで! 三秒じゃ無理だよ!」

「俺様がお前を魔法で強化してやる」

「本当?」

「ああ。お前を魔法で強化すると殆ど魔力が残らねぇ。ミーアを治す魔力は残したい」

「どんな魔法で私を強化するの?」

「加速の天元魔法をお前に使う。だが、加速は一回だけだ。必ず仕留めろ。あの野郎が撃ったら、ここから出て走れ」


 バッゴォーーン!


 グラウが私のいない場所を撃った。


「今だ。行け!」


 飛び出すと、グラウが私の方を見る。


『クインレティオ』


 淡い光に包まれた。脚に力が漲るのを感じる。更に私は脚に霊気を集めた。


 高速で駆ける。


 グラウが小さな玉を連続で撃ってきた。小さな玉の動きを魔眼で予測して、私は高速でジグザクに動いて避ける。

 グラウを見ると、私の動きに反応ができていない。

 私はグラウの懐に入って、そのまま高速で跳び上がる。


 真っ二つにするつもりで剣を振り上げて、斬り下げようと……


 待って。私、人間を斬るの?


 手がビクッと震えて、斬り下げる途中で剣の動きが鈍る。


 ガギン!


 グラウが黒い筒で私の剣を跳ね返した。私は後ろに下がる。


「バカ野郎!! 仕留めろって言っただろ!!」


 ファセの怒鳴り声が響いた。


「優しいお嬢さんで助かりましたねー。どうやらお嬢さんは人と殺し合いをしたことがないようだ。甘いですねー」


 悔しさが込み上げてきて、下唇を噛んだ。

 私は人を斬ることにビビってしまった。


「あなたもどうやら魔眼持ちのようですねー。ですが、魔眼の力はまだまだ未熟なようですねー。知っていますか? 魔眼は感情の昂りがあると真価を発揮するそうですよ」


 ミーアの側までグラウは移動して、黒い筒に変形した右腕をミーアに向けた。


 まさか……


「私がお手伝いをしましょう」

「やめて!!」


 ダダン! ダダン! ダダン! ダダン!


 短い音が四回鳴った。

 ミーアの手足から血が飛び出し、ドクドクと地面に流れる。

 意識を失っていたミーアは傷ついたことで目を覚ます。


「いゃあああぁぁぁぁぁぁーーーー! 痛い、痛い、痛い、うっぅぅぅ……」


 耳を塞ぎたくなるようなミーアの泣き声が響いた。


「うるさいですねー。ちょっと黙ってもらいましょうか」


 グラウはポケットから針のようなものを取り出して、ミーアに射す。


「ヒィー、フゥー、ヒィー、フゥー、ヒィーヒィー、ヒィー、ガハッ、ガハッ――」


 ミーアが苦しくもがき始めて、バタバタとする。しかも、変な呼吸だ。


「毒を注入させてもらいました。死ぬまで十分ぐらいですかねー。死んでからでも魔眼が無事なら私たちは良いのです。さぁ、あなたのせいで友だちが死にそうですよ。私にあなたの魔眼の真の力を見せてくださいねー」


 ミーアが死ぬ? 有り得ない。

 でも、どうしてミーアは苦しそうなの? 誰のせい?

 あいつのせいだ。あいつのせいだけど、本当にそれだけ?

 私のせいだ。私があいつを斬らなかったからだ。


「アリス!! 俺様が――」


 ファセが何か言っているけど、もう聞こえない。

 ドス黒い感情が私の心を支配する。


 あいつを許さない。

 ――ミーアよりも酷い目に遭わせてやる。


 黒くて大きな力が私の中に流れ込んでいく気がした。


 一瞬でグラウの前に立つ。グラウが驚いた顔をした。

 跳び上がって、頭から股にかけて真っ二つにしてやろうと剣を振り下ろす。

 私の攻撃に反応して、グロウは黒い筒となった右腕で防ごうとする。

 グロウの右腕は私の剣を跳ね返すことができずに、私の斬撃で右腕が宙を飛んだ。

 肩口から真っ赤な血が勢い良く吹き出す。


 躊躇ちゅうちょを捨てた私は地面に着地して、即座にグラウの首を斬り裂こうとする。

 今度は左腕を犠牲にして、私の攻撃をグラウは躱した。そのままグラウは距離を取る。


「これはまずいですねー。調子に乗ってしまいましたかねー。仕方ない。奥の手を使いましょうか」


 グラウは口に仕込んでいた何かを噛んだ。


 すると、失った腕がギチギチと嫌な音を立てながら元通りになる。肩口が大きくなり、ビシャッと音を立てて、別の腕が生える。左腕三本、右腕三本となった。更にその六本の腕は黒い筒へと変形する。

 全ての腕に赤い光が集まるのが見えた。この感じは霊気ではなく、魔力だ。どうやら魔法を放つ気らしい。


 私は剣に霊気を集める。白い光ではなく黒い光が剣を纏う。


「あんまりバラバラにならないで下さいねー。後で回収するのが大変ですから」


 グラウの六つの腕から辺りを焼き尽くすような勢いの炎が発射される。

 私は剣を振り上げる。


光霊剣こうれいけん


 剣を振り下ろして、黒い光がグラウに向かって放たれた。

 炎と黒い光が激しく衝突する。

 衝突は爆風を生み、私は後方に吹き飛ばされて、大木にぶつかった。


 ぶつかった衝撃で目がくらみ、直ぐには立ち上がれない。

 グラウはどうなった?


「信じられませんねー。まさかここまでやるとは。あなたの魔眼は何ですか? 知りませんねー。七色の魔眼は初めて見ます」


 衝撃で舞い上がった砂煙からグラウの姿が現れる。

 その姿を見て、私は息を呑んだ。


「お前は何? どうして死なないの?」


 グラウは右半身と右の頭部を失い、左腕も失なっていた。斬り刻まれた体から内蔵がグチョグチョと音を立てながら、丸見えになっているが、それでも生きてる。


「炎撃のグラウとも名乗りましたが、もう一つ私には名前がありまして、再生のグラウとも呼ばれています。実はこの体は暁の先導者アウローラの研究成果なんですよ。私は用心深いので、実は魔石がもう一つあります。私の勝ちですねー。バラバラにして魔眼をいただきましょうかねー」


 地面を叩いた。

 勝てなかった自分に腹が立った。

 でも、まだだ。腹を立てるのは後。

 きっと相手はまだ動けない。その間にミーアを連れて逃げる。


 ミーアの方を見ると、姿がない。


「ミーアはお前の横だ」


 ミーアが私の横にそっと寝かされる。怪我はなくなっていた。どうやら治されたみたい。


「アリス、強くなったな。お前の勝ちだ」


 体の力が抜けていく。安心したからだ。

 もう大丈夫。私たちは無事に帰れる。

 だって、私の憧れる最強が現れてくれたから。


「レオーネ!!」




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