第33話 暁の先導者《アウローラ》


 村の中央に行くと、真っ暗だった。やっぱり巡回しているはずの兵士たちがいない。それに、嫌な感じがする。ずっと見られている気がした。

 ゼルスさんの家に着くと、外でゼルスさんが一人で立っていた。


「ゼルスさん! 何があったの?」


 話し掛けたけど、返答がない。私と目が合っているのに、私のことを見ていない感じがした。


「アリス! 見てください!」


 他の家から一斉に村人が出てくる。それに、なぜか兵士たちも村人の家から出てきた。

 皆の表情がおかしい。ボンヤリしているような気がする。


「アリス!!」


 ミーアの声で、私は咄嗟に後ろへ跳んだ。


「ゼルスさん?」


 ゼルスさんが隠し持っていた短剣で私に攻撃をしてきた。私の首を狙って。

 躊躇いはない感じだったけど、いつもよりも剣速が遅かった。だから、避けることができた。


「アリス、構えて下さい」

「え?」


 周りを見ると、私たちは村の剣士と兵士に囲まれていた。でも、動きは遅い。


「クリストフさん! エマさん!」


 村の剣士たちに呼び掛けるけど、返答はない。そして、私たちに向かって一斉に剣を構えた。


「アリス! 戦うしかありませんわ。わたくしが全員を眠らせる魔法の準備をします。その間、わたくしを守ってください」

「分かった。任せて!」


 私は霊気を取り込み、魔眼を開放状態にする。

 動きは遅いけど、相手が多い。嫌だけど、ミーア守るためには本気で戦わないといけない。


 短剣を持つゼルスさんが最初に攻撃を仕掛けてきた。いつもは長剣なのに短剣で、動作も変だ。

 他の人たちも動き出す。


 私はゼルスさんの懐に入り、剣の柄頭で腹を殴る。後方に吹き飛ばされたのを見ると、ミーアに接近していた兵士を蹴り跳ばす。

 霊気で強化した体なら私みたいな子どもでも大人を吹き飛ばすぐらいはできる。

 ゼルスさんもそうだけど、皆の動きもやっぱりおかしい。まるで、何かに操られているみたい。


「アリス! 魔力が溜まりましたわ!」


 ミーアが魔法を唱える。


『ニミアース! 暴れし者に、安息の眠りを!』


 私たち以外の全員が一斉にその場で倒れた。静かな寝息の音が聞こえる。


「これで、しばらくは起きないはずですわ」

「ありがとう、ミーア」

「ですが、村の人たちや兵士はどうしたんでしょう? まるで何かに操られているみたいでしたわ」


 突然、パチパチと手を叩く音が聞こえた。私たちはその音の先を見る。

 現れたのは、眼鏡をかけた赤髪の男。薄ら笑いを浮かべていて、どこか気持ちが悪い。


「お人形たちではダメでしたねー」

「お前は誰!?」

「言葉遣いが悪いですねー。初対面ですよ、親の顔が見てみたいですねー。私は礼儀正しいので名乗りましょう。暁の先導者アウローラの一員で、銃撃のグラウと申します」

「皆を操ったのはお前か?」

「自己紹介もまともにできないとは、行儀の悪いお嬢さんですねー。質問に答えましょう。その通り、私が操っています」


 私はグラウという男を敵と認識した。霊気を全身に取り込んでいく。


「私は平和主義者ですからねー。戦いたくないんですよねー。ですから、取引です。破滅の魔眼のお嬢さんとお人形さんたちを交換しましょう!」

「ふざけるな! お前なんかにミーアを渡すもんか!」

「そんなことを言っていいのですか? さぁ、起きるのです!」


 グラウの声と共にミーアの魔法で眠っていた人たちが起き上がる。剣を持つ人たちは剣を自分の首に当て、剣を持たない人は自分の両手を首にかける。


「どうして? 眠っていたはずなのに……」

「わたくしも分かりませんわ。こんなに早く解ける魔法ではありませんのに」

「どうしてか教えてあげましょう!」


 グラウはニタニタと笑いながら、赤い石を取り出した。


赤魂石せっこんせき?」

「違いますねー。これはダンジョンでしか取れない魔封石まふうせきと呼ばれるものです。魔法を封印して使えるんですよ。この中には魅惑の魔眼の効果が封じらているのです」

「有り得ませんわ! 魅惑の効果をそんな石が封じるなんて」

「有り得ない? 見てくださいよ。現に、魅惑の効果で皆さん操られているじゃないですか? ちなみに、この村にラルヴァを襲撃させたのも私ですがねー」

「お前が――」


 攻撃を仕掛けようとしたが、グラウに手で制止を促される。


「あなたはこの状況を分かっていないようですねー。誰か一人、あなたの目の前に出しましょうか」


 ふっくらとした女性が私の目の前に現れる。


「アルバさん!!」

「おや? 知り合いでしたか? 丁度良いですねー」


 アルバさんは両手を自分の首にかけて、少しずつ絞め始めた。

 このままだと、死んじゃう。

 私は叫んだ。


「やめて! アルバさん! お願い!」

「お嬢さん、そのふくよかなエルフだけじゃありませんよ。周りを見てください」


 剣を首に当てていた人の首から血が流れ始め、両手を首にかけていた人はアルバさんと同じように自分の首を強く絞め始める。

 このままだと、皆が死んじゃう。


「いいですねー。その恐怖に支配された顔。単なる行儀の悪いお嬢さんかと思っていましたが、その恐怖で絶望した顔は好きですねー。もう一度言います。破滅の魔眼の少女とこの人たちを交換です。十秒あげますねー」


 ミーアと交換だなんて。

 できっこない。でも……


「九、八、七――」


 考えているうちに時間が過ぎていく。

 私が戦う? この距離ならギリギリ……


「ダメですよ。私に一歩でも近づいたら、皆、仲良く死にますからねー」

「そんな……」

「六、五、四」


 どうしよう? どうしよう?

 私、どうしたらいいの? 誰か助けて。


「三、二、一」

「お待ちなさい! 皆さんとわたくしを交換ですわ!!」


 そう言うと、ミーアは一度も私を振り返らずにグラウの元へ行く。


「では、この腕輪をつけてくださいねー」


 黒いゴツゴツとした腕輪だ。それを右手に付けると、ミーアはその場に倒れた。


「ミーア!?」

「安心して下さい。妖精契約をしているみたいなので、妖精契約を消滅させました。それと、魔眼も怖いので、封印です。さて、約束通り、お人形さんたちは解放をしてあげましょうねー」


 操られていた人たちは糸が切れたようにその場に倒れる。


「それでは、可愛らしいお嬢さん。もう二度と会うことはないと思いますが、どうかお元気で」


 緑の石を上に放り投げると、グラウはその場から一瞬で消えた。


 私は動けずにいた。

 ミーアが拐われてしまった。


 でも、ミーアはまだ遠くに行っていない気がする。そんな感覚が私にはあった。

 助けたい。でも、どこにいるの?

 私はどう動けばいい?


「俺様が力を貸してやる!」


 声が聞こえると、私の目の前にが現れた。



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