第21話 交易都市国家マディール


「スッゴーい!!」


 マディールに入って、私は思わず叫んでしまった。


 人、人、人。

 見渡す限り人だらけ。レーヌやグノン、それに他の町も見たけど、こんなに沢山の人はいなかった。

 それに、あの生き物は何だろう?


「あれは獣人族だな」

「獣人族?」


 私がじっと見つめている先の答えをレオーネが教えてくれた。

 私が見ていたのは獣のように毛むくじゃらな人型の生き物。大きな体は筋肉の鎧に覆われているみたい。

 動物かなと思ったけど、私たちと同じように服を着ているから、私たちと同じ人間なのかもしれない。


「知らないのか? 獣人族を」

「全然知らない! 見たことない。動物――」


 突然、レオーネの手が私の口を閉じる。そのままレオーネが私の耳元で声はとても小さいが、強い口調で言う。


「バカ! それは獣人族にとって禁句だ。八つ裂きにされるぞ。絶対に獣人族に向かって動物と言うな。分かったか?」


 私はウンウンと何度も首を縦に振る。ようやく口からレオーネの手が離れて、私はプファッと大きく息を吸う。


「分かったならいい。ちなみに、あれは獣人族でも、犬人族だな」

「犬人族?」

「ああ。獣人族は色んな種族に分かれている。さっきも言ったが、気を付けろ。獣人族は俊敏で力がとても強い。アリスなんか木っ端微塵だ」


 レオーネに叱られたこともあって、獣人族のことがとても怖くなった。私は背筋が震えてしまう。

 レオーネを見ると、怖がっている私の姿を見て頬を緩ませていた。最近、レオーネは私のことを見てよく笑っている。

 そんなに私は面白いかな?


 人とぶつからないように気を付けながら、私たちは歩いていく。


 人混みの中には色んな種族の人がいた。

 その度にその種族のことをレオーネに教えてもらった。色んな種族のことを教えてもらったけど、多すぎて覚えることが難しかった。でも、ちゃんとどんな種族か覚えているものもある。二つだけだけど……

 竜人族はとっても強いらしい。竜人族の体には固そうな鱗があって、古傷みたいなものも沢山あった。とっても強いから戦うことを仕事にしているんだって。

 もう一つは魔族。北方地域に多い種族。私たち人族に似ているけど、体の一部を武器みたいに変化させることができるらしい。

 マディールに来て、今まで知らなかった種族の人たちを見ることができた。

 でも、どうして色んな種族の人たちがマディールに集まっているんだろう?


「ねぇ、レオーネ。マディールにはどうして色んな種族の人たちがいるの?」

「ああ、それは――」


 レオーネが交易都市国家マディールについて説明をしてくれた。


 国って名前は付いているけど、マディールはちゃんとした国じゃなくて、商人の集団みたい。

 でも、二百五十年ほど前は何もない土地だったんだけど、この場所を狙って三つの国が争ってた。三つの国って言うのは、ベオグラード王国、ヨルガム王国、ガルリオーザ王国。

 すると、戦争で大変だった三つの国の商人たちが集まって、戦争に反対する目的でマディールを交易都市として作ったみたい。それで、マディールは今も続いていて、周りの国の商人が集まって色んなものを売ったり買ったりしている。儲かる可能性があるから、この三つの国以外の遠い国の人たちもマディールに来るんだって。

 レオーネに説明をしてもらったんだけど、私には全然分からない。だけど、レオーネは何でも知っていて、スゴいってことは分かった。


「レオーネはどうしてそんなに詳しいの?」

「ああ。実際に見たり聞いてたりしたからな。二百五十年前だと私はもう大人だった」

「え? レオーネっていくつなの?」

「私の歳は、今年で二百九十歳だ」

「そうなんだ……」


 レオーネも百歳は越えているんだろうなと思っていたけど、まさか三百歳に近いなんて。

 エルフの寿命って一体いくつなんだろう?


 食べ物の良い香りが漂ってきた。私はレオーネにバレないように鼻息を小さくしてクンクンとする。

 

「アリス、ご飯を食べたいなら、私の馴染みの者がやっている店に行こう」


 レオーネにはバレていたみたい。恥ずかしくて、顔が熱くなった。


 レオーネを先頭にして、ご飯屋さんに入る。私たちが店に入ると。


「へい、らっしゃいにゃ!!!!」


 出迎えてくれたのは猫顔の獣人。猫人族と呼ぶのかな?

 語尾のにゃがとても可愛い。それにあのフサフサな耳は触り心地が良さそう。触りたくなって、レオーネに隠れて手をモジモジする。


「久しぶりだな、ルーナ。アリシアはいるか?」

「にゃ! レオーネさんにゃ! 久しぶりにゃ! アリシア姉さんならカウンターでお話できると思うにゃ!」

「分かった。ありがとう」


 レオーネと一緒に私はカウンターへ向かう。


 カウンターの奥には女性がいた。

 かなりの美人。栗色の長い髪にパッチリとした目。黒色のワンピースを着ており、魅惑的な体つきが良く際立っている。そして、頭部にはピクピクと動くふさふさな猫耳が付いていた。


「アリシア、久しぶりだな」

「驚いたねー。これは久し振り。とんだ珍客だ。レオーネ、元気だったかい? と、この子は?」

「この子はアリス。私の弟子だ」

「ほー、あんたが弟子を取るなんて驚きさね」

「ま、わけありでな。すまんが、いつものを頼む」

「了解。この子はどうする?」


 私は待ってましたと言わんばかりに空かさず答えた。


「肉!! 肉が食べたい!!」


 アリシアは大きく笑って言う。


「元気の良い子だね。いいよ、待ってな。私の店のスペシャルな肉を持ってきてやるよ!」


 そう言うと、アリシアは厨房へ入っていった。


「アリシアさんとは友だちなの?」

「友だち? まぁ、そんなもんだな。冒険者時代の仲間だ」

「冒険者?」


 私は知らない言葉を聞いて、不思議そうな顔をした。


「冒険者を聞いたことないのか? 冒険者はどんな仕事かと言うと、世界各地にあるダンジョンを攻略して宝を集めるんだ」

「へー、そんな仕事があるんだね」


 ダンジョンという言葉も聞いたことないなと思っていると、近くの席から気になる会話が耳に入ってきた。


「またダキア帝国がエルドゥーツに戦争を仕掛けたってよ」


 え? 戦争があるの?

 ダキアって私でも知ってる。確か大きな国の名前だったはず。


「ねぇ、レオーネ」

「なんだ?」

「エルドゥーツってどんな国?」

「ああ……」


 レオーネがエルドゥーツを話題にしていた席の人たちを少し見て言う。


「エルドゥーツの正式名称はエルドゥーツ共和国。ほんの十年前に建国したばかりの国だ。前は王政だったが、革命で倒れてしまった。今は国民政府が国の代表をしている」

「そこがどうしてダキアと戦争をするの?」

「それはダキアが領土侵犯を繰り返すからさ」

「りょうどしんぱん?」

「勝手に人の土地を泥棒することだ」

「じゃあダキアが悪いんだ。エルドゥーツは大丈夫なの?」

「おそらく大丈夫だ。エルドゥーツの味方にロンガル帝国がいるからな」


 ロンガル帝国は聖ソフィア王国の北にある大きな国だ。


「ロンガル帝国って私たちの国の北にある国だよね?」

「そうだ。そう言えば、お前の住む国は聖ソフィア王国だったか?」

「そうだよ」

「お前たちの国は政治が大きく混乱しているらしいな。カルシュタイン侯爵家を筆頭に貴族たちが王位を奪おうとしているらしい」


 レオーネが何を言っているのか意味が分からなくて、私は頭を傾げる。

 そんなわたしを見て、レオーネはフッと笑って、私の頭を撫でる。


「お前にはまだ分かんないことだな。気にするな」


 ちょっとバカにされた感じがして、私はムスッとした顔になる。

 すると、アリシアが料理を持ってきた。


「特製ステーキだ! たーんとお食べ!!」


 鉄板に盛られた肉料理がジュワジュワと音を立てて私の前にやって来た。

 ムスッとしてたことはすっかり忘れて笑顔になる。私の口から涎が溢れてきて、自分の手で拭う。

 フォークに手をのばそうとしていたが、私は動きを止めて、レオーネの皿に私の目が留まった。


「レオーネ、何を食べてるの?」


 レオーネのお皿に載せられているのは、草の巨大な塊を五つも積み上げて、上から緑色のソースをたっぷりとかけたもの。

 お皿には巨大な森が出来上がっていた。


「大抵のエルフは草が大好物なのさ。種族によって食べ物は異なるんだよ。あんたとの旅でレオーネは草をあんまり食べてなかったんじゃないのかい?」


 アリシアさんに言われて、確かにそうだと思った。レオーネは私の食べ物にいつも合わせていた。

 本当は食べたいものを我慢していたんだ。だって、今はすごく嬉しそう。レオーネのこんなに顔が緩んだ笑顔を見たことがない。


「レオーネ、ありがとう。いつも私と一緒のものを食べてくれて」

「いいか? 食べて?」


 目の前の料理から目を離さずにレオーネは言った。もう夢中で私の声は耳に入ってないみたい。


「どうぞ」


 私が合図をすると、あっという間にレオーネはたいらげた。もちろん私も美味しく肉をいただいた。


「アリシア、またな」

「ええ、また来てね。待ってるわ。アリスちゃんもね」

「うん」


 私は気分が良くなって店から出る。


「美味しかったね!」

「ああ。アリシアの店は格別だ」


 レオーネと楽しくお話をしながら、先へと足を進める。

 アルフヘイムに向かって。







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