第16話 誕生日は旅立ちを決めた日
父さまと喧嘩をしてから一週間が過ぎて、私は九歳になった。
私はこの一週間で色んなことを考えた。それで、私は決めようと思っていることがある。
でも、父さまとは気まずい感じが続いていて、アルフヘイムのことについて話はできていない。
父さまだけじゃなくて、母さまもアルフヘイムの話を避けているみたいだった。
午後になって、台所では母さまが時間を掛けて夕食の準備をしている。私の誕生日のためだ。いつも誕生日の夜ご飯には母さまが作った豪華な料理が並ぶ。
「夜ご飯楽しみだねー。ねぇ、セリカ?」
私が笑顔を向けると、セリカも笑顔を向けてくれる。生まれてから半年以上が過ぎて、セリカは一人でお座りができるようになった。体もすくすくと大きくなっている。
「もうすぐハイハイができたらいいね」
台所から母さまの私を呼ぶ声が聞こえる。
「アリスー! ちょっと来てー!」
「はーい。今、行く」
私が台所へ向かうと、母さまが色んな料理を作り上げていた。どれも美味しそうで、思わず自分の口からじゅるっとした音が出た。
「どうしたの?」
「アリスにね、ちょっと料理を教えたいと思ったの。結婚したら、料理は作るでしょ? 今のうちに教えたいと思って」
「えー。私はいいよ。母さまの料理を食べてるだけでいい」
「そう言わずにね。ほら立って」
「仕方ないなー」
まな板の前に立つと、まな板には、甘い味がする赤い根菜のジンニや同じ根菜であっさりとした味のノクネルなど色んな野菜が並んでいた。
「一人でできる?」
「できるよ。いつも言うんだから」
母さまは私の後ろに立って、心配そうに見守る。私はその心配をよそに根菜や葉っぱ系の野菜を順調に切っていく。
母さまは大好きだし、こんな感じで母さまの手伝いをするのも好き。だけど、モヤモヤした気分になる時がある。
母さまは私が騎士になりたいと思っていることを多分賛成してくれていない。騎士じゃなくて、誰かのお嫁さんになってもらいたいと思っている。だから、私が暇そうにしていたら、料理だったり裁縫を教えてくる。
料理も裁縫も嫌いじゃないんだけど……
うーん、なんかなーって感じなの。
野菜を切り終わると、父さまが二階から下りて台所に顔を出す。
「アリス、庭に来てくれないか?」
「え? 庭?」
私は思わず聞き返した。
父さまとはまだ気まずい。私が包丁を持ちながら固まっていると。
「アリス、行っておいで」
母さまが優しく言われて、背中を押される。
私は頷き、父さまと一緒に庭へ出た。
庭に出て私が黙っていると。
「久しぶりに俺と稽古をしよう。嫌か?」
父さまが寂しそうな顔をして話し出す。
ちゃんとした会話をあれからしてなかったから。
「そんなことないよ。稽古、お願いします」
私たちは庭に置いてある木刀を握った。
木刀を構えて父さまと向き合うのがとても久しぶりに感じる。
「アリス! 来い!」
稽古が始まった。
私は父さまが動かないのを見て、先に攻撃を仕掛ける。
今まで体の動作が遅くて、できなかった連続攻撃。上から下へ切り下げ、下がった木刀を切り上げる、そして、もう一度木刀を振り下ろす。
全ての攻撃が父さまに防がれる。しかも、木刀を操るのに片手しか使っていない。
「もぉ!」
「これでおしまいかー? 次は俺から行くぞ」
嵐のような攻撃が私を襲ってきた。
上から下の切り下げ、右から左の凪払い、下から上の切り上げ、その連続攻撃何度も続く。
カン、カン、カン、カン
乾いた音が何度も響く。
私は父さまの攻撃を全部防いでしまった。
魔眼の力だ。父さまの最初の手の動きから攻撃がどこに来るのか正確に予測できてしまった。父さまの手加減した攻撃だけど、私の魔眼は父さまの本気の攻撃もゆっくりと見えると思う。
ラフネに魔眼を開眼させられるまでも目は良かった方だと思うけど、これはおかしいと思う。
こんなの普通の目じゃない、気持ち悪い。
私は木刀を地面に置いた。
「アリス、どうした?」
父さまが心配そうな顔をしていた。
「ねぇ、父さま。霊気を使って、父さまの本気の攻撃を見せて」
「別に良いが…… ちょっと離れてろ」
私は父さまから離れて、家の壁まで寄った。
父さまが目を瞑り、集中している。そして、光の帯が父さまの体に集まっていく。
目を見開き。
「ヤーーーー!」
気合いの声と共に途轍もない速さで木刀を二十回も振った。五秒もかからなかったと思う。あの速さに木刀は耐えれなくて、振り終えた後にバキバキと壊れてしまった。
父さまのあの速さの攻撃を今の私は止めることはできない。父さまの剣の速さに私の体が追いつかないから。でも、あの速さの攻撃は全て見えていた。ゆっくりと流れるように。
魔眼が制御できないとラフネが死ぬって言った意味が分かった気がする。だって、私の目はもう普通の目じゃない。
私の目が気持ち悪いのも嫌だけど、魔眼が制御できなくて死んでしまうことになるのは絶対にダメ。
死んでしまったら、クラウス兄さまに怒られちゃう。だって、私の命は兄さまに助けてもらった命だから。
私は決めた。
息を整えている父さまの近くに寄って言う。
「父さま、私、アルフヘイムへ行くよ」
父さまは一瞬驚いたのか悲しいのか分からないような顔をして、いつもの顔に戻って言う。
「分かった。マーガレットには言ったのか?」
「ううん、まだ。夕食の時に言うよ」
「そうか…… アリス、ちょっと待ってろ。渡したいものがある」
そう言うと、父さまは家に入って直ぐに戻ってきた。
「あそこの椅子に座って、ちょっと話そう」
「うん」
私は父さまの横に座る。
「まずは九歳の誕生日、おめでとう」
「え? ありがとう! 父さま!」
誕生日おめでとうって、言われてとても嬉しくなった。まだ気まずくて、ちょっと緊張もしてたけど、いつもと変わらずに父さまと話ができそう。
「誕生日だから、アリスに渡したいものがある。先ずはこれだ」
短剣を渡される。
私はその短剣の柄を見て、思わず口から感想が漏れる。
「凄く綺麗」
柄には青色の石や緑の石、黄色の石など綺麗に光る沢山の石が鏤められていた。
こんなに綺麗な石は生まれて初めて見た。
「これは宝石だぞ」
「え? ほうしぇき?」
「噛むなよ。驚きすぎだ。この綺麗な石は全部宝石だ」
「で、でも、宝石って、王様や貴族が持つものじゃないの?」
宝石は見たことないけど、とても高級な物だってことは知っている。
それが私の家にあるだなんて……
もしかして。
「盗んだの?」
父さまに頭を軽く手刀で叩かれた。私は痛くて頭を摩る。
「痛いよ、父さま!」
「お前がバカなことを言うからだ。正真正銘、これは俺の物だ」
「どうして父さまがこんな高い物を持ってるの?」
「それはだな…… 俺の親が貴族だからだ」
「父さまの親が貴族? あの王様の次に偉い人たち? 父さま、嘘はダメだよ。母さまが嘘つきは泥棒の始まりだって言ってたよ」
「だから、嘘じゃないって。俺は本当に貴族の息子なの。マーガレットも知っていることだ」
「じゃあ、どうして私たち、ここに住んでるの? 父さまの親が貴族なら私たちも貴族なの?」
「あー、それはだな……」
父さまは自分の頭を掻きながら困った表情をして言う。
「俺たちは見ての通り貴族じゃない。だから、ここに住んでいるんだよ。俺はな、庶子なんだよ」
「しょし? それはなに?」
「庶子っていうのは貴族じゃない母親から産まれた子どものことを言うんだよ。だから、貴族の権利を俺が貰うことはできないんだ。だけど、唯一、貴族の親父から貰ったものが、これさ」
短剣を父さまは指差した。
「そうなんだ。父さまは貴族にはなりたくなかったの?」
「俺が貴族? なりたいわけないだろ。貴族になってたら、マーガレットと結婚することもできなかったし、アリスたちの親になることはなかった。俺は今が一番なんだよ」
「そっか。ヘッヘヘヘへ」
私は父さまの言葉を聞いてなんだか嬉しい気持ちになった。胸の中がホワホワして温かい感じがする。
「だから、アリスにその短剣をやる。何かあった時に必ず役立つはずだ。いつも持っておけ。お金が欲しくなっても売るなよ」
「ありがとう。でも、私、売らないから!」
「売らないのか? アリスは俺たちに黙って 売ると思ったのに。売ったら、お金を全部貰おうと思ったのに」
「売るなって言ったの父さまだよ。父さま、最低!」
「じゃあ、今はこれで我慢するか……」
一瞬の間を置いて、ガバッと私は父さまに抱き締められた。
いつもは抵抗する私だけど、私も父さまの腰に手を回してギュッとした。
「あれ? 逃げないのか?」
「うん。逃げないよ。父さまの体はやっぱりゴツゴツして固いね」
「そうか……」
父さまの表情は見えないから、どんな顔をしているのか分からない。
私は多分、悲しい顔をしているんだと思う。今にも泣き出そうな気分だったから。
「アリス、お前にもう一つプレゼントがある」
「もう一つあるの?」
父さまが私から離れた。ちょっとだけ寂しい気分になってしまった。
「これだ」
次に手渡されたのは指輪。
これも高そうな気がする。指輪の中心に小さくて赤い綺麗な石が付いている。しかも、指輪はピカピカで新品に見える。
もしかして、私のために買ってくれたのかな?
「買ってくれたの?」
「…… こ、こっそりとレーヌまで行ってきて買ったんだよ。女の子だし、お洒落とかどうかなーと思ってな。この裏のドラゴン、カッコいいだろう?」
「カッコいい!!」
指輪に付いた赤い石の裏にはドラゴンの絵が刻まれていた。
私はドラゴンが好きだ。どうしてか分からないけど、このドラゴンを見ていると、とても気持ちが高まってくる。
このプレゼントは凄く嬉しかった。
「父さま、ありがとう!!」
「どういたしまして。だけど、一つ約束。この指輪はいつも身に付けていること」
「どうして? 傷が付くよ?」
「俺と約束できないなら、これは返してもらう」
「守るよ、約束。指に付けてたらいいんでしょ?」
わがままを言う父さまのために、私は右手の中指に指輪をはめた。
「これでいい?」
「ああ。とても良く似合うぞ」
父さまに誉められて、私はニコッと笑う。
「そう? 良かった」
「冷えてきたな。そろそろ家に入ろうか?」
日が落ちてきて、少し寒くなってきた。汗をかいたままの体にこの寒さは良くない。風邪を引いてしまう。
父さまが先に立ち上がって家へと入る。後から私はスキップ気味に歩いて家に戻った。
今から夜ご飯。
私のために母さまが豪華なご飯を作ってくれた。
でも、私は母さまに伝えないといけないことがある。
私はそう思いながら、階段を下りた。
食卓に向かうと、父さまと母さまはもう座っていた。
「アリス、さぁ座って。あなたの好きな食べ物を沢山作ったんだから」
「ありがとう、母さま」
椅子に座ると、食卓には沢山の料理が並んでいた。
挽き肉と野菜を混ぜて円型にして焼いたウガブーナは母さまの得意料理。肉汁が口のなかに広がってとても美味しい。
粘着性があって一粒一粒は小さいけど、まとめて食べるとほんのり甘くお腹が膨れる食べ物が私たちの主食エモ。
そのエモを利用した料理イスジラは私の大好物。小さく握ったエモの上に味付けしたニジンやノクネルなどの野菜を乗せた料理。
他にも沢山の料理があって、食べる手が止まらない。
「母さま、美味しい!!」
「そう、良かったわ。沢山食べてちょうだい。私にはこんなことしかできないけど」
「そんなことないよ。とっても嬉しい!」
母さまは笑顔だ。私が美味しく食べる度に笑顔で笑ってくれる。
だけど、私は食べる手を止めた。
母さまにも話そうと思ったからだ。父さまを横目で見ると、黙って頷いている。
「アリス、どうしたの?」
「話したいことがあるの」
「…… 何かしら?」
「私、アルフヘイムに行く」
「そう…… 決めたのね」
「うん。でも、私このままこっちにいようか迷ってたの。だって、母さまや父さま、それにセリカとも離れたくない。でも、思ったの。私はちゃんと生きなきゃって。そうしないと、兄さまに怒られちゃうよね?」
「クラウスに…… ええ、そうね。でも、アリスじゃなくて、私がクラウスに怒られるべきなのよ」
「そんなことない。母さまは兄さまに怒られることなんてないよ」
「いいえ、私は悪いことをしたの。アリス、あなたは私の自慢の娘よ。アリスがアルフヘイムに行くべきだって私は理解してたの。でも、気持ちはずっと一緒にいて欲しいって思ったわ。だって、私の大切な愛しい娘よ。アルフヘイムになんか行かしたくない。だから、あなたにアルフヘイムへ行きなさいって言えなかったの。…… アリス、ごめんなさい」
「…… 謝らないで」
「いいえ、私は謝るべきよ。アリスに大切な決断を任せてしまったわ。私はその大切な決断から逃げたの。本当にごめんなさい」
母さまの瞳に涙が浮かぶのが見えた。
「母さま、そっちへ行ってもいい?」
「…… え?」
返事を聞く前に私は母さまの膝の上に乗った。
温かくてホッとする。このホッとする気持ちをしばらく感じることができないと思うと、私も辛くなる。
でも、今は。
「私、母さまが大好き」
「アリス……」
母さまが黙って抱き締めてくれた。
やっぱりずっと母さまと一緒にいたい。
「俺もアリスと離れたくないぞーーー!! だから、もう一回、俺もギュッとする!!」
父さまが母さまごと私を抱き締めてきた。
私は稽古していた時と同じで、やめてとは言わなかった。父さまに抱き締められると守ってくれる感じがする。今は父さまにギュッとされるのが必要だと思った。
だって、母さまが泣いているから。私の耳元で母さまの嗚咽が聞こえる。
母さまの嗚咽を聞いていると、私も涙が出そうになる。でも、泣いちゃダメだと思って我慢をしていた。
そう思っていたけど、私たちを抱き締める父さまもオイオイと泣き始めたのを見て、私も最後は我慢ができなくなった。
私たち三人は涙が止まらなくなってしまった。
「どう…… して父さま…… も泣くのーー!」
「俺…… だって我慢…… できなかった…… んだよ!」
「わぁーーん、アリスーー!」
料理が冷めるのを忘れて、私たち三人はずっと泣いていた。
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