間話 『三人称視点』マーガレットの新しい日常
アリスが旅立ってから十日が過ぎた。
マーガレットは昼食を作っていた。
すると、アリスの分も多めに作ってしまったことに気が付く。
「あ! また多く作ってしまったわ」
「良いよ。俺がアリスの分も食べるさ。気にすんな」
食卓で昼食を待っているアーサーが優しく答える。
できあがった昼食を食卓の上に並べて、アーサーに謝った。
「ごめんなさい。まだ慣れなくて」
「だから、気にするなって。俺もアリスがいないことに慣れてないさ。早く食べて、クラウスの墓参りに行こう。沢山話したいことがあるだろう?」
アーサーはマーガレットを元気づけるために笑顔で言った。
昼食を食べ終えると、マーガレットはセリカを抱いてアーサーと一緒に外へ出た。
セリカは外出が嬉しいらしく、キャッキャと笑っている。セリカの笑っている姿を見ているとマーガレットは自然と笑顔になる。
エストー村の共同墓地にクラウスの墓がある。マーガレットの家を出て、東の方向へ少々歩く。
歩いていると、マーラが作業をしている畑の側を通った。
「マーガレット、どこかへ行くのかい?」
マーガレットたちの姿を見ると、マーラが畑作業を止めて、声を掛けてきた。
「クラウスの墓参りにね。沢山、話したいことがあるから」
「そうかい、クラウスも喜ぶよ。マーガレット、あんた大丈夫かい?」
「マーラ、心配しないで。私は大丈夫よ。元気だから。それと、この前はありがとうね。アリスを見送ってくれて」
「当たり前だよ。村の皆はアリスのことが大好きなんだから。あんなに優しくて私たちに気を遣ってくれる子は滅多にいないよ」
アリスを褒められて、マーガレットは顔を綻ばせた。
「ありがとう。また私も手伝いに行くから」
「そうかい、無理はしないでいいからね。クラウスによろしくね」
マーガレットはマーラに手を振って、先を進んだ。
エストー村は農家が多いので、マーガレットたちは農作業をしている村人に沢山会った。その度に軽く話をして、殆どの会話の内容がアリスを褒めることと自分への心配だった。
「アリスもお前も村人に凄く好かれているな。俺も嬉しかったよ」
「ええ。私、皆からこんなに心配されているとは思わなかったわ」
「俺が選んだ嫁なんだ。皆に好かれて当然さ」
調子に乗ったアーサーを懲らしめるようにセリカはアーサーの髪の毛を引っ張った。
「セリカ、痛いって。手を離してくれ」
アーサーの髪の毛を引っ張りながら、セリカは無邪気に笑っていた。セリカが楽しそうにしていたので、マーガレットはその光景がとても微笑ましくてしばらく傍観していた。
坂を上ると、共同墓地に着いた。奥の方にクラウスが眠っている。
エストー村の墓の形式は様々だが、グロウリア家の墓は石墓だ。加工した石を積んで、一番上の石の表面にグロウリア家と刻んである。
立派な墓だが、グロウリア家の墓にはまだクラウスしか眠っていない。共同墓地の墓は殆どが家族墓なので、その墓の一族の亡くなった人たちが眠っている。
マーガレットの生家のエルリーザ家の墓も共同墓地にある。その墓にはマーガレットの両親が既に眠っていた。マーガレットはエルリーザ家の墓に挨拶を終えてから、ゆっくりとクラウスに語り始めた。
「クラウス、アリスが旅に出たの。私たちのもとから離れてしまったわ。あなたもアリスも私たちの元から離れるのが早すぎよ。それと、アリスがね、最強の騎士になるって私に言ったの。私は騎士になるのは反対だったんだけど、全く言うことを聞かなかったわ。あの子の頑固さは私譲りなのかしら? 私を見てるようで恥ずかしくなっちゃった。アリスがいなくなって寂しいけど、アーサーとセリカもいるから私は大丈夫。クラウス、また来るわね」
最後にマーガレットはクラウスの墓の前で両手を組み、精霊の祈りを捧げる。
『慈愛の心と聖なる力 我らの祈りが安息を紡ぐ 光の精霊ルクスよ 我が愛魂に、鎮魂を与え給え』
これは魔術ではなく、死んだ人への祈り。だから、何も魔術的なことは起きない。昔から死んだ人の魂の鎮魂を祈る時は、祈り手の加護精霊を介して祈りを行う。精霊が死んだ人の魂を安らかにさせてくれると昔から人々は信じてきた。
マーガレットたちが家に帰ると、自分たちの家の前に馬車が止まっていた。ドアの前には知らない男性が佇んでいる。
男性はトップハットを被り、服装は高そうな生地で作られた燕尾服と呼ばれるものを着ていた。
マーガレットが先に対応しようと思ったが、アーサーに手で制されてしまった。アーサーがその燕尾服の男と話を始める。
マーガレットの位置からは会話の内容が聞こえないが、燕尾服の男はアーサーにとても畏まっているように見えた。
燕尾服の男はアーサーに深々と礼をすると、馬車に乗る。馬車が走り出すと、去り際に馬車の中から燕尾服の男が自分へ一礼をするのが見えた。
マーガレットはアーサーに話し掛ける。
「何だったの? あの人は誰?」
「こいつを見てくれ」
手紙を渡される。
手紙に触れると手触りの質に驚いた。普段、日常でマーガレットたちが使うものとは全く違う。かなりの高級品に思えた。
「高そうな紙だけど、誰から?」
「俺の生家からだ」
「生家って…… カルシュタイン侯爵家!? でも、アーサー、もう関係ないって」
「俺もそう思ってたんだが、当主のジジイが亡くなったらしい。義弟のペレアスが当主を継ぐから帰ってきて欲しいという手紙だ」
「どうするの?」
「おいおい、どうするのかって?」
アーサーはマーガレットから手紙を取って、ビリビリと目の前で破り捨てた。
「ペレアスには悪いけど、俺たちはアリスの帰りをこの家で待たないといけないからな」
「アーサー……」
「家に入ろう。セリカをベッドで寝かしたいだろう」
セリカはマーガレットの胸の中でスヤスヤと寝ている。起こさないようにマーガレットはドアをそっと開けて、家の中に入った。
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