第15話 大切な友だち


 家を飛び出すと、三日前の天気が嘘のようで晴れ晴れとしていた。

 その青空の下を私は無我夢中になって走る。とにかく動いてないと落ち着くことができなかったから。

 しばらく走ると、呼吸が乱れてきて、私は走るのを止めた。

 膝に手を付きながら呼吸を整えていると。


 グー!


 お腹から大きな低い音が鳴った。


 私、三日間寝てたから三日間もご飯を食べていなかったんだ。


「お腹減ったなー」


 お腹は減ったけど、今は父さまに会いたくない。

 だって、どんな顔をしたら良いのか分からないし。

 母さまとはケンカすることは多いけど、父さまとのケンカは初めてだ。父さまは私を怒鳴ったり殴ったりしたことは今までなかった。


 それにしてもお腹が空いた。

 私は空腹の音が鳴らないようにお腹を押さえる。


「アリス?」


 すると、後ろから声を掛けられて、私は振り返った。


 そこにはフレッドおじさんとそして、ルークがいた。


 私はルークを見た瞬間、とても嬉しくなってルークを思わず抱き締めた。


「ルーク、良かったー! 本当に良かった。体は大丈夫なの? どこも痛くない? 元気?」

「どこも痛くなかったけど、お前のせいで痛い。離れろ」

「あ、ごめんね。つい嬉しくなって、ギュッとしたくなっちゃった」


 私はルークから離れると、ルークの顔が少しだけ赤かった。


「ルーク、やっぱりまだ体調が悪いんじゃないの? 顔が少し赤いよ」

「ば、バカ。これは違う。気にすんな」


 私たちを見て、フレッドおじさんが少し笑う。


「ルーク、お前も大変だな」


 と言って、ルークの頭をわしゃわしゃして撫でた。


「ところで、アリス、お前はどうしてこんな場所にいるんだ? 体はもう良いのか?」


 今度は私がフレッドおじさんに心配をされた。


「うん。もう大丈夫だよ。私はとっても元気。だから、平気だよ」

「そうか。実は今からお前の家に行くところだったんだ」

「そうなの? どうして?」

「アリスたちに礼を言うためだよ」


 フレッドおじさんとルークは私に深々と頭を下げた。


「あの時何があったのかアーサーから全て聞いたよ。アリス、俺の息子を救ってくれてありがとう。アリスのお陰で俺は大切な息子を失わずに済んだ。本当に感謝をしている」

「アリス、俺を助けてくれてありがとうな」


 こんなに感謝をされたことは今までなかったことなので、一瞬笑顔になったが、表情を直ぐに戻した。

 ありがとうと私は言われるべきではない。だって、ルークを救ったのは私の力じゃないから。


「ありがとうだなんて…… 気にしないで」

「そうか? 俺は感謝が足りないぐらいだと思うんだが」

「そんなことないよ」


 姿勢を元に戻したフレッドおじさんが言う。


「今からアーサーにも礼を言いに行きたいんだが、アリスも帰るだろう?」

「いや、私はちょっと……」

「どうした? 用事でもあるのか?」

「私は……」


 私は帰りたくなくて、助けを求めるようにルークの手を握った。

 ルークは急に手を握られたから驚いて言う。


「あ、アリス、どうした?」


 困った私はルークの手をギュッと繋ぎながら、顔を俯かせる。


「ルーク、アリスとしばらく遊んでから来い」

「なんで? いいじゃん、今から行けば」

「いいから遊んでこい! これは俺の命令だ。いいな!」

「そこまで言うなら分かったけどさ。父さん、意味分かんねー」


 フレッドおじさんが私の頭を撫でながら言う。


「落ち着いてから、家に帰っておいで。遠くへは行くなよ。遅かったら俺が迎えに行くから」


 私が家に帰りたくないことにフレッドおじさんは気が付いてくれたみたい。


「フレッドおじさん、ありがとう」


 フレッドおじさんはニッと笑って、私たちから離れる。ニッと笑うフレッドおじさんの姿はルークとよく似ていた。やっぱり親子だなと思った。


「遊べって言われたけどさ、どうする?」

「そうだね。私たちの遊びって言ったら……」


 私たちは二人でいる時、いつも剣の稽古しかしていない。ちゃんとした遊びっていうことをしたことがなかった。


「ルーク、いつもの場所に行こうよ」


 いつもの場所と言うのは剣の稽古をしている空地のこと。


「別にいいけど。俺たち木刀は持ってないぞ」

「分かってる。でも、そこに行きたい気分なの」


 ルークと一緒に私は空地へ移動した。


 空地へ移動すると、私は寝転がった。

 草の絨毯が気持ち良い。

 空を見上げると、太陽の光が体に当たって、温かさが気持ち良く感じる。


「ルークも一緒に寝転びなよ。気持ちいいよ」

「分かったよ」


 ルークも私の横に寝転んだ。


「アリス、俺を助けてくれありがとうな」

「さっきもお礼は聞いたよ?」

「ちゃんと言いたくてさ。俺、あの時、ぼんやりだけどお前の戦っている姿を見てたんだ。お前、めっちゃ強くてビックリしたよ」

「違うの。あれは私の力じゃないの。ズルしたの」

「でも、俺を助けてくれたのは本当だろ?」

「う、うん……」

「なら、ありがとうだ」


 私はルークの方を見て、頷いた。

 どういたしまして、という言葉は口にしなかった。

 だって、ルークを救ったのはラフネとエルザニアの力だから。

 私は全然役に立てなかった。


「それで? どうして家に帰りたくないんだ?」

「え? 私、そんなこと言ってないよ」


 私はドキッとした。

 ルークは私の心を読めるの?

 私、なにも言ってないのに。


「帰りたくないのバレバレ。俺の父さんでも分かってたぞ」

「あ…… フレッドおじさんにも言われた」

「お前は分かりやすいんだよ。いつも何かあるとさ、アリスは顔にそれが書かれるんだよ」


 ルークに言われて、私は顔をペタペタと触った。それを見て、ルークに思いっきり笑われる。

 父さまにも同じようにバカにされたことを思い出してムカッとした。


「相変わらずバカだよな、アリスは」

「バカじゃないもん! ルークでも怒るよ!」

「分かった、分かった。そんなに怒るなよ。それで、家に帰りたくない理由は? ケンカでもした?」

「うん。父さまと……」

「ケンカの理由は?」

「それは――」


 ラフネやエルザニアについて触れないように私がアルフヘイムへ行くことをルークに説明した。


「そっか。アルフヘイムへ行かないとダメなのか……」

「でも、行きたくないの。だって、私一人で行くんだよ? 家族と離れるし、ルークとも離れる。そんなの私は嫌だよ」

「でも、行かないとアリスは大変なことになるんだろ?」

「それはそうだけど……」

「それで、行く行かないで、アーサーおじさんとケンカをしたんだな」

「うん……」

「そっか」


 ルークは起き上がり、足を伸ばして座る。


「ラルヴァになった日、俺も父さんとケンカしたんだ。俺をラルヴァ狩りに連れてけって」

「そうなんだ」

「でも、父さんに反対された。お前にはまだ早いって。当然だよな。でも、その日の俺はそれが許せなくて一人でラルヴァ狩りに行った。多分、俺は父さんが自分のことを見てくれなくて寂しかったんだと思う」

「フレッドおじさんはルークのことを見てるよ」

「分かってる。でも、その日は母さんの命日ってこともあって、辛かったし不安だったんだ。どうして父さんは俺を見てくれないのとか、どうして母さんはいないのとか色々思って…… 俺は一人ぼっちなんだと思ってしまった。それで、頭の中グチャグチャになって、気が付いたら、ラルヴァになってた」


 私も起き上がり、ルークの目を見つめて謝る。


「ルーク、ごめんね」

「どうしてお前が謝るんだよ?」

「私、あの日ね、ルークの様子がいつもより変だってこと気が付いてたの。でも、ルークがなんでもないって言うから…… 私、なにも聞けなくて。私、ちゃんとルークの話を聞けば良かった。ごめんなさい」


 すると、ルークにおでこをピッと指で叩かれた。


「痛いよ、ルーク」

「アリスが謝るからだ。アリスは悪くない。俺が言いたいのはさ、本当は俺、一人じゃなかったんだよ。ラルヴァから俺が解放されて元気になった時に、父さんと話をして父さんの気持ちが分かったんだ。父さんはいつも俺を見てくれてた。本当は俺が父さんのことを見てなくて、勝手に一人だと思ってたんだよ」


 話を聞いていて、ルークはもう大丈夫だと私は思った。憎しみにまた負けることなんてないし、ラルヴァになることも絶対にない。

 ルークの表情や言葉から色んな想いが私に伝わってきたから分かる。

 それに、前のルークと違って、どうしてか分からないけど…… スゴくカッコいいなと思う。


「だからさ、アリスもアーサーおじさんたちの気持ちを分かってやれよ? アーサーおじさんたちがアリスと離れるのは嫌じゃないと思うか?」

「それは……」


 私だけじゃないと思う。

 母さまは泣いてたし、父さまも辛そうな表情だった。

 そっか。皆、辛いんだ。


「ううん、違う。私、父さまや母さまの気持ちを考えてなかった。きっと父さまと母さまも悲しいんだよね」

「分かったなら、家に帰るぞ。ほら、立てよ」


 ルークに手を差し出されて、私はその手を掴んで立つ。

 私はルークと一緒に自分の家に向かう。


「ルークはやっぱり優しいね」

「なんだよ。意味分かんねぇし」


 テレたみたいで、ルークはそっぽを向く。


「あ! ルークがテレた。顔、赤いよ」

「うるさい! 黙れ! 俺は先に行く」


 ルークは全速力で駆け出した。私もルークを追って走る。

 私は前を走るルークの背中に向けて感謝の言葉を言う。


「ルーク、ありがとう。ルークは私の大切な友だちだよ」


 ルークは一度も振り返らなかったので、私の言葉がルークに聞こえたかは分からなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る