世界の真相 その三

登紀子ときこ……登紀子なのか?」

 その声にはっとした。

 私とタクト君は、顔を上げた。

 校長先生を見つめて、九内竜司が呆然としている。

 周囲の混乱も、サツキさんの動画にも、気付いていない様子だった。


 私は、タクト君から離れて涙をぬぐった。

 タクト君も立ち上がって、私の手を握った。


「ええ。すっかりおばあちゃんになっちゃいましたけれど。でも、竜司さんも、ずいぶんお歳をとられましたね。あんまり変わらないくらいになってしまいました」


「登紀子……! 私は……!」


「今は泣いている場合ではありません。避難しなくては」

 

 校長先生は、にっこり笑って立ち上がると、大きな声を出した。


「さあさあ皆さん、裏口を案内しますよ。こちらへついてきて。裏口を使えば、今後もこの中に入ることは可能でしょうから、慌てないで。ひとまずは空調も何もかも停止してしまいますから、避難は必要ですから」


 校長先生の誘導で、バカみたいに騒いでいた未来人たちも、おとなしくついてきた。

 タクト君は、名残惜しそうに動画を一瞥してから、私の手を引っ張った。


「行こう。たつ姫」

「うん」


 私たちは、校長先生と、ぞろぞろと歩く未来人たちの後ろを、静かに着いて行った。

 九内竜司も、魂が抜けたように、校長先生の後ろを歩いていた。


 私たちが閉じ込められていた物置の前を通りすぎて、さらにその先にあった大きな倉庫の一番奥。丸いドアのハンドルを回すと、そこはトンネルになっていた。

 そのトンネルは、なんと、大鳥居の前に続いていた。

 全員が、大鳥居の前から外に出ると、校長先生はスマホを操作する。すると、ゴゴゴゴと音を立てて、岩が動いて、トンネルの出入り口をふさいだ。


「登紀子!」

 九内竜司の声に、みんながそっちを見た。

 九内竜司は、大鳥居の下で、校長先生の肩をつかんでいた。

「いつからこっちにいたんだ……どうして、私に声をかけてくれなかったんだ」

「ごめんなさいね、おばあちゃんになっちゃって、恥ずかしくって。気付いてもらえないと思いましたし」

 九内竜司は、目からボロボロと涙をこぼして、こっちを見た。


「タクト……! お前の母さんだぞ!」


「えっ……」

「ええええっ」


「ふふふ、内緒にしててごめんなさいね。タクト、大きくなったわねえ。あえて、本当にうれしかったのよ」


 タクト君は、もう口をぱっくりと開けたまま、言葉を失っていた。


「あれは、タクトがすごく小さいころ。まだ二歳だったわね。

 ツクヨミが、突然時空間移住計画を、計算し始めたの。私は驚いたわ。何とかやめさせようとした。だけど、みんなの様子を見ていても、遠からず、ツクヨミはこの計画を実行してしまうんじゃないかと思った。

 案の定、ツクヨミは、タイムトラベルの装置を作成してしまった。そして私は、その装置の実験に巻き込まれて、2000年のこの町に、飛ばされてしまった」


「母さんは……事故で亡くなったんじゃなかったの?」


 タクト君が、ようやくその声を絞り出した。

 九内竜司が、苦虫をかみつぶしたような顔になった。


「すまないタクト。実は、ある日行方不明になったんだ。私は、登紀子は自然回帰派とも親しかったから……外に行ってしまったんだとばかり思っていた。それで、死んだものと思って、登紀子のことをあきらめようと、お前には死んだ……と」


「そう……だったんだ」


「ふふふ、まあ、外ではありますけどね。時空の外」


 笑えない冗談を、校長先生はニコニコと言った。

 タクト君の肩から、力が抜ける。


「なにこれ……みんな過去に……集まっちゃって」


 タクト君、きっと言葉にならない、複雑な気持ちなんだろうな。

 死んでたと思ってたお母さんは過去にいて、お父さんは暴走してその町をぶち壊そうとしてて。

 親友がそれを阻止してくれて。

 親友から、地球を託されて。


 いや地球って、めちゃくちゃ重荷だな……と私は場違いなことを思った。


「おーい! タクトー! たつ姫! 無事かー!」


 頼希の声がした。

 上を見ると、道路から頼希が身を乗り出して、こちらに向かって叫んでいた。

 振り回しているバットが不穏だ。

 すぐに松乃ちゃんも駆け寄ってきて「うぎゃ、何この人たち」と言った。

 天鞠先輩と成瀬先輩は、楽隊の衣装のままで、私とタクト君を見つけて、二人で安心したようにため息をついた。


「あらあら大変。みなさん、心配おかけしましたね。

 さ、たつ姫さん、タクト。ここは大人に任せて、お友達のところへ行ってなさい」

 校長先生がにっこりと笑って、そう言った。

「登紀子……私は……」

 九内竜司の声がした。

 私は二人のやりとりが気になったけれど、校長先生が早く早くと手をふるので、やむなくタクト君と手をつないだまま、階段に向かった。


 後ろから、校長先生の声が聞こえた。

「子供たちは、希望のかたまりです。私たちがしっかりと導けば、未来は、明るいはずですよ」

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