神楽舞と、地下への階段

 話し終わってすぐ、巫女さんが私たちを呼びに来た。

 女性用控室にいたことをタクト君が叱られている間に、他の巫女さんに連れられて、ドアの前で衣装を軽く直された。扇子を渡される。本番用の扇子は、金色で、練習用よりもちょっと重い。


 直後、銅鑼の音が響き、障子戸が中から開かれた。

 絶えず続いている演奏の音が、大きくなった。

 私は、すり足で中に入っていく。

 前に踊っていた大人の男の人と交代するように、ホールの中央に入っていく。

 扇子を広げて、地面と平行にかまえる。

 くるりと回る。

 頭飾りの、金色のサツキの花の飾りが、しゃらりときれいな音を立てた。

 くるり。しゃらん。

 くるり。しゃらん。

 少し回って止まる。その繰り返し。

 ふと、来賓席にいる市長と目があった。

 背の低い、背もたれのない椅子に座って、両手を握って、膝の上に置いている。

 くるり。しゃらん。

 また、こっちを見ている視線を感じる。

 私は必死に無表情をキープする。

 暗い目。

 目じりにも眉間にも、しわがふかくきざまれて、その間から真っ黒な瞳がこっちを見つめている。

 本当にタクト君のお父さんなのか、疑いたくなるくらい、うつろな瞳。

 タクト君が、信用できない大人をにらんでいるときの目と、また違う怖さがある。

 目があってなくても、私が彼を見てなくても、怖くて怖くてたまらなかった。

 くるり。しゃらん。

 半回転して、来賓席とは真逆の、楽隊の人たちの方を見る。

 天鞠先輩と、成瀬先輩と目があう。

 先輩たちは、私の不安を見透かしたように、少し目を見開いてから、小さく、小さく、私にだけわかるように頷いてくれた。

 くるり。しゃらん。

 今度は、心配そうに私を見ている松乃ちゃんと目があった。

 くるり。しゃらん。

 大丈夫。

 私には、仲間がいる。

 そう思った。

 くるり。しゃらん。

 私は、市長を、強い目で見つめ返した。

 市長の目は、うつろなままだった。


 お前なんかに負けるもんか。

 絶対に、土下座させてやるからな!

 

 心の中で叫んで、私は松乃ちゃんと交替するため、予定されたとおりに動いて、部屋を出た。

 松乃ちゃんは、すれ違うタイミングで私にウインクしてくれた。

 私も、頷き返す。


 部屋を出ると、舞の先生が入り口にいて、小さな声で「よくできました」とほめてくれた。

 そのまま一緒に部屋に行って、着替えを手伝ってくれたあと、先生はすぐに松乃ちゃんを迎えに戻った。

 私は学校の制服に着替えて、玄関に立っているタクト君のところへ走っていった。


「お待たせ」

「ううん。入り口、多分開いてると思うから、行こう」

「うん」


 二人で建物の裏手へ走り出す。

 タクト君と頼希が事前に見つけていたその入り口は、しめ縄がついた大きな岩だった。

 確か、里のならずものが、銀竜の正体を確かめようとして山に入って、バチが当たって岩にされた……みたいないわれがあったような。


 その岩の方へ走っていくと、なんとそこには、白衣を着た色白の中年の男の人が立っていた。

 私たちは驚いて立ち止まった。

「やあ、九内さんの息子さんですね」

 男の人は、にっこりとして声をかけてきた。

「私もあなたと同じ、2126年から来たものです。もうここに住んで二十年になりますがね」

 タクト君が、目を見開いて立ち止まった。

「さあ、お父様からお話はうかがっています。どうぞお早く中へ」

 そう言うと、男は岩の裏側を手でさした。

 タクト君が、そっと、私の左肩に触れた。

 それは隠れるような、怯えたようなしぐさじゃなくて、強く、しっかりとした感触だった。

「行こう、たつ姫」

「……うん」

 二人で岩の裏側へ回ると、タクト君と頼希の言葉通り、岩に穴が開いていて、地下へ続く階段が見えていた。

 白衣の男が先に入って、手招きしている。

 タクト君が先に中に入り、今度は私が、タクト君の左肩に手を置いて、階段を下りて行った。ちなみに、タクト君の右肩にはナビがいるので、両肩に手を置くことはできないのだ。

 中に入ってすぐ、ゴゴゴゴと重低音がして、岩の戸が閉まった。

 一瞬の暗闇のあと、中は真っ白に照らされた。

 階段は石でできていて、一人がようやく通れるような狭さだった。壁も、ごつごつした岩だった。

 照明は、その岩壁に点々と、丸いライトが着いていたけれど、正直、もっと金属製で近未来的な階段を想像していたので(なんならエスカレーターとかになってるのを期待してた)ちょっと拍子抜けしてしまった。

 しかし、そんなことを思ってられるのは、ここまでだった。

 かなりの距離を下りた先の壁が、自動ドアのように開いた。

「どうぞ」

 にこやかにそう言われて、私とタクト君は一歩踏み出す。

 その中は、まさに映画のような光景だった。


 

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