市長の許可

 頼希と成瀬先輩、そしてタクト君が、市長に声をかけられて離宮の社務所へと連れていかれた。

 私たちも行きたかったけど、すでにじゃらじゃらと重い頭飾りもつけられているので、本宮から出ることなんてとても許されなかった。

 天鞠先輩も心配していて、どうにかして離宮に行こうとしていたけれど、周囲の大人に出てはいけないと言われて、控室で待たされていた。

 数分後には、市長が戻り次第祭祀を始めると言われて、本宮のあるホールに連れていかれた。

 本宮のホールを入ってすぐ。

 今日は竜の形の手水場から水が出ている。

 そこで手を洗って中に入る。入って左手に、低い椅子が並べてあった。多分、あそこに市長と市役所の偉い人が座るんだ。

 五分だけって、九内竜司は言ってた。

 もう五分は経ってるんじゃないかな。

 ハラハラしていると、玄関が騒がしくなって、市長と、成瀬先輩だけが入ってきた。

 頼希とタクト君はいない。

 頼希、怒られてないかな。

 私と松乃ちゃんは、楽隊の席、天鞠先輩の隣に座った成瀬先輩の顔を凝視した。

 うーん……笑顔だけど……いつでも笑顔だからな。

 ああ! 話し合いはどうなったんだあ!

 気になって仕方ない。

 でも、とりあえず一度、全員のお祓いが終わったら、私と松乃ちゃんはいったん部屋の外に出る。

 そこにタクト君がいることに期待して、平静を装ってお祓いを受けた。

 祝詞がものすごく長く感じた。

 ちらっと市長を覗き見たら、ばちっと目があった。

 私は慌てて目をそらした。

 どういう表情なんかなんて、全然読めなかった。


 お祓いが済むと、大人の巫女さんたちに促されて、私と松乃ちゃんは一度退室する。

 天鞠先輩が、一度視線を合わせて小さく頷いた。

 部屋を出ると、障子戸が占められて、巫女さんが無言のまま控室を指さす。控室で静かに待つようにという合図だろう。

 控室の前まで行くと、さっと障子戸が開く音がして、隣の男性控室からタクト君が出てきた。

「タクト君、どうだった?」

「頼希君は?」

 私と松乃ちゃんが小声聞くと、タクト君も抑えた声で答えた。

「頼希は、とりあえず荷物を家に片付けに行った」

「荷物って……」

「旗とか」

 ああ。あんなによく持ってきたよね……旗とかは多分、むき出しで持ってきたんだろうけど。

 あの珍妙なかっこうで自転車をこいだのかと思うと、ちょっと笑いそうになってしまう。

「そこ、他の人、いないかな?」

 タクト君に言われて女性用の控室の中をのぞく。

 誰もいなかったので、私たちは頷いて中に入り、急いで戸を閉めた。


「で、どうだった?」

「それが……」

 タクト君が話した内容は、こうだった。


 市長はすぐに、タクト君に「久しぶりだ」と言ったそうだ。

 タクト君にしてみたら、数日前に別れたばかりのはずだから、何とも不思議な挨拶だ。

 そして、タクト君がどうしてここに来たのかと聞いてきた。 

 タクト君は、ツクヨミが計画を断念したことを伝えた。

 市長は、苦笑いをして「やはりな」と答えたそうだ。

 市長は、一週間前にタクト君を目撃したときに、計画の破綻を予想したのだという。

 地下施設の人たちには、まだ伝えていないそうだ。

 そして市長は、静かに、怖い声で、こう言った。


「お前は、この祭祀の意味を知っているか」


 タクト君はきょとんとした。

 答えられないタクト君に、市長は、予想外の言葉を発したらしい。


「巫女の神楽が終わったら、地下への扉を開いてやる。そこで、君たちが、同胞たちを、自分の力で説得して見せろ」


 その言葉は、タクト君の肩に、重く重く、のしかかっているようだった。

 震える声で、でも、強い瞳で、私を見た。


「たつ姫も、来てくれる?」


 私は、タクト君を見つめ返して、大きく頷いた。

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