銀竜神社 本宮 その四
「たつ姫」
「何してるのばか! そこ立ち入り禁止! しめ縄が張られたら、お祭りが終わるまで、宮司さん以外はその先に入っちゃいけないのよ。早く出てきなさい」
私は顔面蒼白になってそう言った。
タクト君は、たくさんの装飾品にひっかからないように、恐る恐るといった様子で立ち上がり、こちらに歩いてきた。その手に、ブーツが握られている。
「たつ姫、どうしてきたの?」
「こっちのセリフだよ! どうしてこんなところに……とにかく早くこっちへ……」
ブーツを持っているタクト君の腕を引いて出ようとしたけど、その腕はびくともしなかった。
「やらなきゃいけないことがあるんだ。僕が、やらなきゃいけないことが」
「その辺はあとでちゃんと聞くし、何なら手伝うから」
「僕がやらなきゃいけないんだ。たつ姫には手伝わせられない」
もう、こうしてる間にも見つかるかもしれないのに!
「ツクヨミって子から、タクト君を助けてくれって頼まれたの。だから早くこっちきて」
「なんだって?」
タクト君の顔色が明らかに変わった。
「こっち来て、一緒にここを出てくれたら詳しく話す。だから、黙ってついてきて。余計なことは何も言わないで」
私は声の大きさは抑えつつも、焦り丸出しの早口でまくし立てた。
そしてもう一度タクト君の腕を引く。
今度は、すんなりと動いた。
「足音たてないで。早く玄関に持ってるブーツ置きに行くよ」
小声でそう言って、一度後ろを確認する。
髪飾りを探しているらしい宮司夫婦の声は、まだもめているようで、これはちがった、この箱じゃなかった……という声が聞こえてきた。
今のうち。
私はタクト君の手首をにぎって、そうっと歩きだした。
お手洗いの前まで来たところで、突然、プルルルという電話の音がした。
慌てて、お手洗いの戸を開けてタクト君をおしこむ。
すぐに電話の音が途切れる。
よかった。お姉さんの巫女さんは、事務室にいるみたい。
私は大急ぎでタクト君の腕をひいて玄関にたどり着いた。
ブーツを玄関の土間に置いて……
「あっ! もしかして、見つかったの?」
後ろからお姉さんの声がした。
驚いて振り向くタクト君の手からブーツを奪い取って、揃えて玄関に置く。
「は、はい。そこの道を歩いてるのが見えて、今連れてきました」
「そうだったのね。良かった! 離宮の方には誰もいないって言われたとこだったの。見つかったって、電話してくるね。さっきの客間で待ってて」
「はい、ありがとうございます」
「あ、ありがとう、ございます」
にっこり笑って、事務室に入っていったお姉さんの背中を見て、私はすぐにタクト君の背中をおして客間に入り、座布団の上に座る。
タクト君が隣に座ったのを見て、へたりと、力が抜けるのを自覚した。
「たつ姫、あの」
「ちょっと待って。いろいろ詳しく話したいとこなんだけど、私、ここに入るまでに嘘ついてて。その辺決着つけないと。無事にここを出られたら話そう」
「う、うん」
タクト君は、私の勢いに飲まれたように、こくんと頷いた。
もうずっとへたり込んでいたいくらい、精神がすり減ってるけど、まだだ。もうひと頑張り。
「おまたせ~」
宮司さんと巫女さんが、大きな木箱を持って入ってきたのと、お姉さんがタクト君の分のお茶を持ってきてくれたのは、同時だった。
「え、いえ、わがままを言ってすみません」
「ううん! 若い子たちが熱心に祭祀に参加してくれて、本当に嬉しいです。これが頭飾りが入った箱なんだけど、実は、ちょっと重いし、大きいし、やっぱり壊れたりしたら困るから、その、学校の方に貸し出すのはちょっと厳しいかな。そちらにお貸ししている扇子も練習用のものだし」
「あ。そうですか」
なんとなくわかってた。というか、本当に貸されたりしたら自転車で運べない大きさだの箱だ。貸し出しできなくて、心から良かった!
「でもせっかく来てくれたから、試しに今、頭につけてみたらいいかなと思って。一つ持ってきました。つけてみますか?」
「あ、ありがとうございます!」
「いいえいいえ。ちょっとだけね。正式につけると時間がかかっちゃうから、ちょっと乗っけて、あご紐結ぶくらいになっちゃうけど……」
「はい、お願いします!」
私は、全力で嬉しい顔で言った。
というか、こんな嘘ついたりする状況じゃなかったら、本当に嬉しいんだ。
この頭飾り、結構重いとは聞いているけど、シャラシャラ揺れるさつきの花の装飾がとても素敵なのだ。
去年の巫女姿の天鞠先輩は、本当に天女さまみたいにキレイだった。
天鞠先輩の天女姿を思い出して、ちょっとだけ元気を取り戻した私は、頭飾りの試着をしてもらい、宮司さんのありがたいお話なんかも聞いたりしてから、深々と頭を下げて、心の底からお礼を言って、本宮の社務所を出た。
宮司さんご一家の皆さん、本当に嘘をついてごめんなさい!
私は頭の中で何度も繰り返しながら、タクト君の腕をひいて、玉砂利の道を戻っていった。
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