銀竜神社 本宮 その三
通された和室では、若い巫女さんが、さっきの市役所の人に出したらしい、空の湯飲み茶わんなどを片付けていた。
若い巫女さんは、私に座布団を出してくれたあと、テーブルをふきんで拭きながら、おぼんに器を乗せて、音もなく立ち上がって部屋を出て行った。
「じゃあ、私は宮司さんに聞いて来るから、ここで待っててね」
最初に会った巫女さんも、そう言って部屋に入りもせず奥に行ってしまった。
ぽつりと残された私は、キョロキョロと和室の中を眺めた。
立派な床の間があるくらいで、隠れそうな場所もないし……タクト君は少なくともこの部屋にはいないな。
さて、どうやってタクト君を探そう。とりあえずお手洗いを借りるふりをして部屋を出よう。
頭の中で悪だくみをしていると、おぼんを下げて行った巫女さんが、私のために新しいお茶をいれて戻ってきてくれた。
「どうぞ」
この巫女さんは、宮司さんの娘さんだろうか。大学生くらいに見える。
きれいな笑顔が優しそうで、ちょっと良心が痛む。
「あ、ありがとうございます」
……ダメ元で聞いてみようかな?
「あ、あの。私より先に、中学生の男子が来ませんでしたか?」
ずっと背負っていた鞄を、畳の上におろしながら聞くと、お姉さんは目を見開いた。
「えっ?」
「あっあの、来てなかったらいいんです!」
「ええと、私は見てないけど。その子は一緒に来たの?」
「は、はい、途中まで」
学校までは一緒でした。
……心の中で苦しい言い訳を付け足す。
「それじゃ、その子が見つからないと帰れないんじゃない? 離宮の方にいないか、電話してみてあげるね」
「ありがとうございます!」
お姉さんは優しく微笑んで、席を立った。チャンス!
「あの、お手洗いはどっちですか?」
「ああ、あっちの……」
「あっちですね。解りました! お借りします」
「お手洗いって戸の上に書いてあるから、間違わないでね」
「はい!」
そう答えると、お姉さんは和室の向かいの、事務室のような部屋に入っていった。そこに電話があるのだろう。
今だ! 今しかない!
私はお姉さんが事務室に入って、電話を始めたらしい「もしもし」という声を聴きながら、そっと速足で歩いた。
どの部屋にいるんだろう。
でも、この建物はそんなに部屋数はない。
事務室と、さっきの来客用の和室と、同じような和室が二つくらいと、あとは多分、物置があって、一番奥にあるのが「本宮」の広間だ。
まずは、隣の和室。戸に耳をつけて物音がしないかを伺う。
「……そうなの、練習したいんですって」
「結構重いぞ。大きいし、二つも持てるかな?」
と、隣の和室から、年配の巫女さんと宮司さんらしき男性の声がした。
この部屋からじゃない。
勇気を出して、こっちの障子戸をそっと開ける。
中は窓の障子戸も全部閉まっていて、電気も消えていて薄暗かったけど、床にお祭りで使われるであろう衣装がたくさん出されていた。演奏をする人たちの衣装だ。
楽器もいくらか置かれている。
なるほど、お祭りの準備で来客に使える部屋が一つしかなかったんだな。
パッと見、タクト君はいない。まあいても隠れてるんだろうけど。
「……タクト君?」
小声で呼んでみる。
返事はない。
そっと戸を閉める。
隣の部屋にも、きっと同じように道具が準備されているのだろう。
「えーっと、ちょっと待ってよ。この辺の箱に……」
「もう! ちゃんと並べて置かないからわからなくなるのよ」
宮司さんの情けない声と、巫女さんの厳しい声が聞こえる。夫婦なのかもしれない。
すぐ左手に、お手洗いと書かれた戸があった。
……男子トイレにいたりするかな……?
まあそっちは、最後の手段にしよう。うん。
宮司さんたちの話し声がする和室の前を、そうっとそうっと通り抜けて、その先にある本宮の広場に向かう。
扉が結構大きかった記憶があって、開けるときに音がしそうだななんて思ったら、なんと、戸が開いていた。
もしかしたら、宮司さんは広間にいて、私が髪飾りがほしいと言ったので呼び出されたのかもしれない。
ラッキー!
とにかく急いで中を確認しなきゃ!
そっと、戸の中に顔を入れてみる。
中は照明がついていて明るかった。
学校の体育館ほどはないけれど、ちょっとしたホールくらいの広さはある空間だ。天井も、今までより少し広い。
入り口に、竜の口から水が出てくるデザインの手水場がある。今は水は出ていないけれど。
部屋の正面奥に、白木で作られた祭壇と、その奥の少し高い場所に、小さなお社がある。
小さいって言っても、私一人が座って入れそうなくらいの大きさがある、茅葺屋根のお社だ。離宮の子供サイズみたいな感じ?
このミニお社こそが、真の本宮なのだそう。
本宮にお供えものをするみたいに組まれた、白い祭壇の上には、お供え物を置く台があったり、玉櫛だとか、祭事で使われるものが用意されている。そして、その真上に、本宮を隠すみたいに白いギザギザの紙が三枚、垂れ下がっている。
祭壇の両側も、金色の糸で刺繍されたきれいな和風の布が天井から垂れ下がっていたりして、とにかく豪華で厳かな雰囲気だ。
この祭壇と、両側の装飾品は、この前来たときはなかったものだ。
この前なかったものは、他にも部屋中にあって、大きな
祭壇より手前に「ここから先は立ち入り禁止」のロープのように、ピンと張られている。
去年の儀式の様子を撮影した動画を見たので知っているけれど、あれは、私たちの神楽舞が終わって、神様をお迎えする準備ができたら、宮司さんが祝詞を唱えた後に、小刀で切られるものだ。
あれが切られたら、祭祀の本番が始まる、みたいなものだったはず。
さて……。
「タクト君……タクト君! いる? たつ姫だよ!」
私は声をおさえつつ、呼びかけてみた。
お願い! ここにいて!
――がさり
物音がした!
私は目をこらす。
「タクト君、いるの? 助けに来たよ! 迎えにきたよ!」
もう一度声をかけると、なんと、ミニチュアお社こと本宮の後ろ側から、タクト君の顔がひょっこり現れた。
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