迷子を探す その二
校長先生は、にっこり笑うと、自分の自転車のハンドルから手を離して、体をしっかりこちらに向けて、真正面から私を見た。
「私は、タクトさんの素性を知っています。けれど、そのことを、タクトさんは知りません」
「どういうことですか?」
「私に素性を知られていることを、タクトさんは知らない、ということです」
どういうこと?
いや、わかったんだけど。
どうして、校長先生は、タクト君に知られずに、タクト君の素性を知ることができてるの?
「それは、タクト君に内緒で、タクト君の家族に連絡を取ったとか、そういうことですか?」
「……そうね。そんなところね」
なるほど。タクト君が校長先生を警戒するのは、この辺を察してるからかもしれないな。
「確かに、あなたの言う通り、今日タクトさんがいなくなってしまったことは、きっと、九内市長と関係があるでしょう」
「じゃあ……」
「けれど、どんな関係があるのか、それを私がたつ姫さんに話してしまうのは、いい方法とは思えません」
それは……そうかもしれないけど。
「本人がいないところで、本人の秘密を聞くようなことは、確かに、よくないことだと思います」
私の返答に、校長先生は満足そうに微笑んだ。
「だから、たつ姫さんは、タクトさん本人から、話を聞いてあげてくれませんか?」
「え……?」
「持ってきたよ~!」
松乃ちゃんが校舎から出てきた。
松乃ちゃんの背中、二年の教室の窓から、頼希がこっちを見ているのが見えた。表情までは、よく見えなかったけど。
「担任の先生には話しておきます。私はずっと学校で待っていますから、タクトさんを、よろしくお願いいたします」
校長先生は、深々と頭を下げた。
「わかりました。何かあったら、すぐに連絡します」
私はそう言うと、松乃ちゃんから鞄を受け取った。
鞄の中は、貴重品と水筒だけで、身軽になるように、わざと机の中のものは入れなかったのが解る。
「松乃ちゃん、ありがとう」
「たつ姫ちゃん、気を付けて。こまめに私にメッセージ送ってね!」
「わかった!」
私は、松乃ちゃんと校長先生に見送られて、自転車をこいで校門を出た。
全速力でこぎ続ける。
タクト君の、寂しそうな顔が。怒ったような怖い顔が。
迷惑をかけているんだと言ったときの暗い目が。
頭の中でぐるぐる回る。
時々、初めて会ったときのガスマスクだとか、昨日の給食の時のキラキラした目とか、消しゴムでプリントを破った時のガーンって顔とかも思い出す。
虫が怖いくせに、神社に行くなんて。
神社は森の入り口だ。虫だらけなんだ。
見えない蜘蛛の巣にひっかかったりもするだろうし。
「もう! 一人で行くなんて! タクト君のばか!」
気付けば、もやもやした思いを言葉にしてた。
でも、一言声にしただけでも、ちょっとだけスッキリした気がした。
「今行くんだから! 絶対に! 迷惑なんかじゃないって解らせてやる!」
私は全力で立ちこぎをした。
通いなれた道だ。すぐに神社まで着く。
ギラギラと反射する湖上のソーラーパネルの光が、妙にうざったかった。
邪魔するな。私は負けないんだ。
負けてたまるか。
大人にも。理不尽にも。よくわからないことにも。
勝手に孤独に閉じこもろうとしてる、タクト君にも。
わがままでも、おせっかいでも、かまうもんか。
麻也みたいな思いは、もう誰にもしてほしくない!
せめて、私の手の届くところだけでも――!
がしゃがしゃとこいだ自転車は、あっという間に銀竜神社の大鳥居入り口に着いた。
自転車を停めて、湖に下りていく。タクト君が大鳥居のところにいないか、念の為確認しておきたかった。
水は、朝より干いていて、鳥居の土台が見えていた。
皐月姫像。
あそこに、あの陰に、タクト君はいたんだっけ。
念のため覗いてみるけど、まあ、いるわけはなかった。
皐月姫像は、土台が私の身長より高くて、その上で金ピカに光ってる。
ただ、高さはあっても幅はそんなにない。タクト君はひょろ長だけど、土台は中央が微妙にくびれてるから、多分隠れるのは難しい。
表から見ていなかったら、いるわけない。
あれ。でも……
何だ? 何か気になる。
私は、皐月像に近づいて、土台の裏側を見た。
土台の裏は、一応人がひとり立つほどの、スペースはあったけど、その先には水たまりがたくさんあった。
つまりここは、あの時……満潮に近かった朝は、水に浸かってた?
タクト君は、どうやってここに隠れてたんだろう。
階段から降りてきたら、皐月像は嫌でも見ることになる。
なのに、私はあの日、階段を降りたあの時、タクト君に気付かなかった。
タクト君は、どうやって隠れてたんだろう?
心臓が、ばくばくいってる。
何でだろう、すごく、不安な気持ちだ。
なんとなく、あの時と同じように、大鳥居に行ってみる。
あの時は、膝辺りまで水があったけど、今はない。
そっと、鳥居の真下に行って、後ろを振り向いて、皐月姫像を見た。
その時だった。
あの日と同じ、真っ白な光が、私の視界いっぱいに広がった。
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