第16話 バシリアからの情報

 バシリアという突然の来客に、城主の館の使用人たちはわたしの指示などなくとも完璧に対応してくれた。

 玄関ホールではなんだから、とまず一度バシリアを応接室へと案内し、その間にサンルームを片付けてランヴァルドがテーブルセットを運び込む。

 サリーサの出してくれたお茶を飲みながら改めての挨拶が終わる頃には、来客を持て成す準備が整っていた。

 お茶菓子については、我が家では困ることはない。

 さすがに回数と量は減ったが、レオナルドがお土産と称して私にお菓子を買ってくるからだ。


 バシリアをサンルームへと案内し、二人だけの小さなお茶会を楽しむ。

 二人だけといっても、主人側が二人というだけで、サリーサとミルシェは控えていた。

 まだお客様の前に出すには不安が残る、というサリーサの判断でミルシェは下がっているはずだったのだが、バシリアが目ざとくミルシェの髪に結ばれたボビンレースのリボンに気が付いたようで、引き止めたのだ。


 ……ごめん、ミルシェちゃん。そのリボン、やっぱりトラブル呼んだかも。


 バシリアは私が友人へとボビンレースのリボンを贈った、という話を覚えていたのだろう。

 城主の館で働くことになり、ミルシェの生活圏内がそれまでとは変わったということで、改めてお揃いで作ったボビンレースのリボンを贈ったのだが、忘れていた方面からトラブルがやってきそうだ。


 ……女の子って、自分の友だちに他の友だちがいるとくタイプがいるけど、バシリアちゃんはどっちだろうね?


 バシリアがどうでるか判らないので、とりあえずミルシェについては気がつかない振りをしておく。

 さすがに私の友人であるミルシェに妬いて意地悪をするとは思えないのだが、言い出すまでは黙っておこう。


 ……うーん? でも、大丈夫だとは思うんだよね。バシリアちゃん、それなりに知人は作っていたみたいだし。


 以前は他に友人がいない、と私に執着気味だった気がするが、王都ではお茶会を開いたり、呼ばれたりとしていた。

 あれから二年以上経っているのだ。

 出会ったばかりや、王都へ行ったばかりの時ほど友人がいないはずはない。

 バシリアが私に執着して、私の友人へと意地悪をすることはないだろう。


 ……たぶんね。


 ミルシェを意識していると判りすぎるバシリアへと話を振って、ミルシェからバシリアの意識を逸らす。

 わざわざラガレットから訪ねてきたのだ。

 何か用件があったのだろう。


 ……そういえば、本当になんで突然来たんだろうね、バシリアちゃん。


 そう思いついたままを伝えたところ、すっかり大人びて見えていた表情をバシリアは崩す。

 わかりやすく拗ねた顔をして、唇まで尖らせた。

 せっかくの美少女が台無しである。


「友人というものは、特に用事などなくともふらりと会って、無駄話を何時間もするものですわ。違いまして?」


「いいえ。わたくしの思う友人も、そういったものだと思いますけど……」


 私の思う友人感もそうだ。

 特別な用事などなくともお互いの都合が合う時に会って、他愛のない話をして解散する。

 会う友人の性格によっては、一緒に遊びへ出かけたり、買い物に出かけたりもするだろう。


 だがこれは、平民の友人関係だ。

 貴族間の友人関係となると、少し違う。


 基本的なやりとりは手紙や使用人など他者ひとを介したものになり、顔を合わせるのはお茶会といった席を設け、そこでの会話は情報収集が主になる。

 貴族間のお茶会においては、一見無駄話に見えたとしても、本当の意味で無駄話というものはないのだ。

 にもかかわらず、貴族のお姫様であるバシリアが、私の持つ平民的な友人感を持っているということが、少し意外だった。

 バシリアはただ、私に顔を見せに来てくれただけらしい。







 バシリアからは、実にさまざまな話を聞くことができた。

 この二年間の話は、いろいろな人間から聞いている。

 レオナルドからは、私の誘拐から救出までの大まかな流れを、アルフレッドからは王都での時世の変化を聞いた。

 バシリアの話は、王都の外での変化やアルフレッドの話を捕捉するようなものが多い。


「……セドヴァラ教会は恐ろしいですね」


「何を言っていますの。一番恐ろしいのは貴女ですわ。セドヴァラ教会は貴女の扱いに対する報復として、帝国中の薬師を引き上げさせたのですから」


 セドヴァラ教会が行ったことについては、本筋には絡まないとレオナルドたちに判断されていたのか、初耳だ。


 セドヴァラ教会は私を誘拐したのが教会の薬師だと知り、即断で今回の捜索に対する全面的な協力を決めてくれたらしい。

 それだけならよかったのだが、捜索が進むにつれて判明してきた私が連れ去られた方角、誘拐に加担したズーガリー帝国貴族の存在に、セドヴァラ教会はズーガリー帝国そのものへと報復に出たようだ。

 帝国全土からセドヴァラ教会の薬師を引き上げさせたのだが、これの恐ろしさは街や村から医者が消えると考えれば判りやすいだろう。

 これが国単位で起こるのだ。


 王都でクリストフに「武器を持て」と言われて用意した『武器』ではあるが、抑止力程度になればいいな、と思っていたものが実際に使われた後だとは思わなかった。

 想定していた使い方通りではあるのだが、実際には使う予定のなかった武器だ。

 結果だけを聞いても、背筋に嫌な汗が流れる。

 不幸中の幸いというのか、この報復についてはアルフレッドと私の兄であるレオナルドがいち早く制止してくれたようで、本当にズーガリー帝国内から薬師がいなくなってしまうことはなかったようだ。

 といっても、薬師が残った街や村は、もとから評判のよかった領主が治める地だけだ。

 帝都やそれ以外の地域からは、ほとんどの薬師が消えたらしい。


「まともな者でしたら、貴女に手を出そうだなんて人は、もう出ないでしょうね。貴女に何かあればセドヴァラ教会が簡単に動く、と証明されてしまいましたもの」


 発作的に私を害することができても、犯人に未来は無い。

 自分が犯人であるとセドヴァラ教会に知られてしまえば、自身はもちろん、その親兄弟、親類縁者までセドヴァラ教会の恩恵を得られなくなるだろう。


 付け加えるのなら、個人への報復で終わればまだいい方だ。


 報復の範囲が街単位か領地単位、それこそ国単位になるのかはセドヴァラ教会次第になる。

 そして、国単位での報復という『本来ありえないこと』が、実際に行われた後だ。

 『さすがにそこまではやらないだろう』という甘い考えは、セドヴァラ教会には通じないとすでに証明されてしまっている。


「……わたくしだったら、絶対に手を出しませんね」


「同感ですわ」


 自分で用意した武器ではあるのだが、本当に最低で、最悪で、最凶の武器だ。

 二度とこれが振るわれることがあってはならない。

 そう、切に願う。


「他に大きな変化といえば……オレリアンレースはあっという間に広がりましたわね」


「春華祭でフェリシア様の衣装に使われた、と聞きましたけど……」


 フェリシアの衣装に使われた、というだけではボビンレースがこれほど早く広がりはしないだろう。

 レオナルドとアルフレッドの説明は、このあたりは本当にざっくりと省略されていた。

 そのボビンレースについての話を改めてバシリアから聞くと、アルフレッドたちのデリカシーのなさと、私のせいで一生に一度の婚礼を十分な期間も準備もなしに執り行うことになってしまった花嫁二人には申し訳なくなってくる。


「おかしいとは思っていたのですよ。フェリシア様とアルフレッド様が続けて婚礼を挙げた、というのは」


 王族の婚礼が同じ年に、それもたった半年という短い期間で続くということは珍しい。

 絶対にありえない話とはいえないが、王族の結婚式ともなれば年単位で準備を行い、さまざまなところで需要と供給が生まれ、経済が大きく回るはずだ。

 このある意味で巨大な商売チャンスが、準備期間がないことと、連続して行われたことから、王都中で失われたことになる。

 十分な準備期間が得られなかったのは、商人の側も同じなのだ。


 ……私の誘拐で、うちの国って実は大損害出てない……?


 正確には商人たちが将来的に発生していただろう商売の機会を逃してしまっただけで、損自体は出ていない。

 出ていないのだが、気がついてしまえば申し訳なさでいっぱいになる。


 ……やっぱ、二年誘拐されてたから二年延長で! 二十二歳までレオナルドさんといます、なんて言えない雰囲気……?


 特にアルフレッドには、一生頭が上がらなさそうだ。

 少し考えただけでも思いつくとんでもない額の損害を、アルフレッドの決定で出している。

 すべては、誘拐された私を捜索するための情報集めと、動きやすい環境づくりのためだ。

 これは確かに、次期国王の座に縛り付けられても仕方がないだろう。


 前世の歴史でも、物語の中でも争われる王座は、イヴィジア王国では罰ゲーム扱いだ。


 為政者としての教育を修めた者だけが王爵として王位継承権を得るため、王になる前からその重責をよく理解している。

 理解しているからこそ、責任の重すぎる王になりたがる王爵は少ない。


 ……おのれ、エドガーめ。


 顔も覚えていない誘拐犯を呪い、もう一人実行犯がいたはずだ、と思いだす。

 ジャスパーが私を連れ去った張本人である、とレオナルドたちからは聞いているのだが、こちらはなぜか恨む気持ちが湧いてこない。

 カリーサを殺された、という怒りと恨みは確かにあるのだが、ジャスパーに対して感じているのは『虚無』や『失望』だ。

 アーロンは視力を失い、黒柴コクまろはいまだに足を引きずることがあるというのに、同じことをやり返してやりたいだとか、絶対に許さない、というような強い感情はなかった。

 その代わり、もう二度とジャスパーのことで心を煩わされたくはない、とは思っている。

 ジャスパーに裏切られた、騙されたと恨むのも、悲しむのも、何もしたくないのだ。

 もしかしたら、出会ったことすら私は忘れたいのかもしれない。


 ……それはちょっと、寂しいけどね。


 許すことなどできないし、世話になったこともあると慕うこともできない。

 ジャスパーについては、考えないようにするのが一番いいのだ。


「――オレリアンレースを纏った彫像は、画廊でも噂になっていますわ」


「え?」


 しまった、思考が逸れていた、と瞬く。

 バシリアの方も、私の反応に上の空だったと気がついたようだ。

 頬を膨らませて怒るかと思ったのだが、わずかに唇を尖らせただけで、すぐに気を取り直したように聞き逃した話を聞かせてくれた。


 ……見た目だけじゃないなぁ、バシリアちゃんの成長。


 以前ほど子どもらしい反応は返してくれないらしい。

 年齢は私とほとんど変わらないはずなのだが、見た目以上に中身が成長しているようだ。

 仕草の一つひとつが大人っぽい。


 ……うん、淑女教育は大事だ。私ももう少し猫を被るだけじゃなくて、ちゃんと身に付けないと。


 恋敵に水を被せてくるほどの御転婆娘だったバシリアが、今は一人前の淑女として目の前にいる。

 楚々とした仕草が本当に上品で、必要な場でしか淑女ねこを被らない私がいかに付け焼刃の淑女かが判ってしまう。

 これではタビサたちからの呼びかけも『ティナ嬢様』と、子どもを呼ぶ愛称に戻るわけである。


「オレリアンレースを纏ったフェリシア様の婚礼衣装に感銘を受けた彫刻家が、フェリシア様を模した作品を作ったのですわ」


「……フェリシア様の美しさを写しとれる者はおらず、何人もの画家が筆を折った、という話を聞いたことがあるのですが?」


 たしか、ランヴァルドから聞いた話だった気がする。

 女神の美貌を持つフェリシアは、画家にとって一度は描きたいと胸を焦がす最高のモチーフだ。

 しかし美しすぎるフェリシアの姿を絵に収められる腕を持った画家はおらず、フェリシアをモデルにすることを許されるほどに高名な画家も、これに挑み己の限界に筆を折る。

 そんなフェリシアを、絵ではなく彫像でなら表現できたのだろうか、と疑問に思って続きを促すと、フェリシアの彫像といっても、フェリシアの顔は見えていないようだ。


「ボビンレースをベールとして纏ったフェリシア様ですもの。顔はもちろん出ていませんわ。でも、そこがまた素晴らしいんですの」


 大理石を彫って作ったフェリシア像は、石であるため透けるはずはないのだが、ベールの奥に隠れたフェリシアの美貌が透けて見えると錯覚するほどに精密かつ繊細な作品らしい。

 そして、このフェリシアの美貌が透けて見える、という錯覚が功をなした。

 これまで誰も写しとることのできなかったフェリシアの美貌を、見るものの想像力を刺激することで補い、フェリシアを直接知るものが見ても『これはフェリシアである』と太鼓判を押せるほどの作品が世に生まれたらしい。


「それは是非とも見てみたいですね。……わたくしが見れるのは、五年後でしょうか?」


「複製でもよろしければ、二年後の春にラガレットの画廊へ飾られる予定ですわ」


 だから早く外へ出られるようになって、ラガレットへも遊びに来なさいというのは、本当に小さな声で呟かれた言葉だ。

 すっかり大人びた淑女になってしまった、と思っていたのだが、少しだけ恥ずかしそうに目を逸らす仕草は変わらない。

 バシリアは相変わらずのツンデレだ。


「それにしても、王族が同じ年に婚姻をするのなら、収穫祭で二組同時に、という方法もあったと思うのですけど……」


 これならば本来の準備期間より短くとも、少しは期間があったはずだ。

 聞いた話では、フェリシアの結婚は私が誘拐された次の年の春に行われている。

 春の婚礼に備えて半年で準備をするのと、秋に婚礼を伸ばして一年準備期間が取れるのとでは、周囲にも違いがあったはずだ。


「子宝を願って結婚式は収穫祭に行うのが一般的、とメンヒシュミ教会で教わっているのですが……」


「オレリアンレースを広めるために春華祭を利用したのだと思いますわ。春華祭は商業が賑わうお祭りですもの」


 春華祭でフェリシアに纏わせることでその存在を大々的に広め、アルフレッドの婚礼衣装へも使うことでとどめを刺した。

 フェリシアが纏ったボビンレースは一過性の流行ではなく、イヴィジア王国に根付かせていくものである、と。


 ……アルフさん、怖いよ。


 前世では服飾関係の『流行』は服飾業界が相談をして作り出す『予定調和』でしかなかった。

 業界が故意に広げる『流行』なので、情報の発信は容易で消費者にも届きやすい。


 けれど、今生私が暮らすイヴィジア王国では、同じ方法を取ることは難しい。

 メンヒシュミ教会のおかげで識字率はそこそこ高いが、情報の伝達速度が前世とは比べるまでもなく遅いからだ。

 付け加えるのなら、その手段も少なく、足も遅い。

 それをアルフレッドは、自分たちの婚礼という衆目を集める場を利用することで情報を発信し、式を見た衆目をそのまま情報の伝達者としてしまった。

 春華祭には商人や旅行者も多く集まり、彼らが故郷へ帰る旅路でフェリシアの美しさとボビンレースについてを語り、広めてくれるだろう。


 ……テレビも電話もないのに、故意に狙った流行を広めるとか、滅茶苦茶難しいと思うんだけど?


 それをアルフレッドはやり遂げている。

 私は十年単位で少しずつボビンレースを広げていければいいかと思っていたのだが、たった二年でボビンレースの名は大陸中に広がり、指南書も広がった。

 今は少しずつ職人が生まれ始めているらしい。

 私一人では難しかったことを、知らないうちにアルフレッドが達成してくれていた。


 ……そして、知らないうちに結構増えてた私のお金。


 二年前は金貨五千枚だったのだが、指南書の印刷に使って少し減っているはずの金額が、逆に増えている。

 これは平民でも買える値段設定で指南書を、と言っていた私が途中で攫われてしまったからだ。

 私は印刷費が回収できればいいな、という値段を付ける予定でいたのだが、指南書作りを引き継いでくれたのは商人の息子であるニルスだった。

 指南書の販売にはエルケたちの実家も協力してくれたようで、結果的に商家を実家に持つ私の友人たちの協力により、値段設定はしっかりと黒字が出るものにされていた。

 さらにはフェリシア繋がりで私には杖爵の知人も多く、コーディに至っては旅の商人だ。

 大陸中で売れたボビンレースの指南書の収益は、金貨五千枚ほどのインパクトはないが、十五歳の私が持つにはちょっと首を傾げる金額になっている。


「……この二年間については、レオナルドお兄様から聞いただけで終わらせず、自分でも調べた方がよさそうですね」


 レオナルドとアルフレッドからの情報では、彼らに不必要だと判断された情報は伏せられている。

 どう考えても私のせいで十分な準備期間もなく、一生に一度の婚礼を迎えることになってしまった花嫁二人には、なんらかのお礼とお詫びが必要だろう。


「クリスティーナ様に関わりがあって、二年間の変化というと……ディートフリート様の話を聞きます?」


「のろけたいのなら聞きますけど……」


 それほど興味はない。

 そう考えていたものが、そのまま表情かおに出ていたのだろう。

 バシリアはなんともいえない微妙な顔をした後、苦笑いを浮かべた。


「相変わらずですわね。ディートフリート様がお気の毒ですわ。いったい、どのような殿方ならクリスティーナ様は胸をときめかせるのでしょう」


「どのような、って……レオナルドお兄様より強い人?」


「それはときめく要素なんですの? 絶対条件の間違いではなくて?」


「……絶対条件の方でした」


 レオナルドより強い男性、というのは絶対条件だ。

 そうでなければ、まず間違いなくレオナルドが私を渡すことを認めないだろう。

 そして私は、たとえレオナルドより強い男性を見つけたとしても、レオナルドを選ぶと思う。

 レオナルドと引き換えにできる人間、というものがそもそも想像できないのだ。


「そういえば、バシリア様はディートフリート様のどこに惹かれたのですか? たしか、出会った頃から夢中でしたよね」


「ひと目惚れですわ」


 当然でしょう、と自信溢れる笑みを浮かべてバシリアが答える。

 幼い頃のディートフリートは私も知っているが、あんな躾けもされていない暴君のどこにひと目惚れをする要素があったのだろうか。

 心底不思議に思ってバシリアを見つめると、バシリアは可憐に頬を染めながら恋する乙女の表情で「女の子よりも可愛い男の子に腹が立って、気がついたら夢中でしたわ」と語り始める。


 ……全然意味がわからないんだけど? え? 女の子より可愛いから腹が立って夢中ってなに?


 あまりに意味がわからなかったので、それは外見の話だけだが中身はいいのか、と聞いてみた。

 また淑女ねこが脱げてしまったが、気にしない。


単純すなおで御しやすく、一途なところが素敵かわいいですわ」


 まだ私を引きずっているらしいところが更にいいのだ、と瞼を伏せるバシリアは恋する乙女の表情そのもので可愛らしいのだが、言っている言葉はなんだかおかしい。

 女の子より可愛い男の子に腹が立って気に入り、別の女の子に思いを残している婚約者がいい、というところが、本当に意味がわからない。

 私だったらそんな婚約者は嫌だ。

 ディートフリートが芽のない私にいつまでも未練を残さないように、ときっぱりすっぱり求婚をお断りしたのだが、なんだか妙な具合になっている。

 初対面では私を恋敵と勘違いして水をかけてきたバシリアだったが、今は自分の婚約者となったディートフリートを私に嗾けてきそうな雰囲気だ。

 そして、一途なところが素敵というように、私に振られるディートフリートを愛でたいのだろう。


「それは本当にいいんですか? 一応婚約者なんですよね? まだわたくしを追いかけていても、放置するつもりですか?」


「いいのですわ。わたくしはディートフリート様がクリスティーナ様を追いかけている姿が好きなのですもの」


 そして、すげなくあしらわれて落ち込む姿が最高なのだ、と続いた言葉は聞かなかったことにする。

 無様で最高に可愛いと、うっとりと頬を染めるバシリアは、遡ればやはりイヴィジア王国の王族の血が入っているのだ。

 妙な性癖の一つや二つぐらい、持っていても不思議はない。


 ……がんばれ、ディート。

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