第9話 追想祭 2
目が覚めたら、昼を少し過ぎていた。
レオナルドの仮眠に付き合って、ほんの少し眠るつもりだったのだが、計算外もいいところである。
隣で寝ていれば起きた時にすぐ判るだろう、と一緒に寝ていたはずのレオナルドの姿はすでにない。
風呂で寝汗を流してさっぱりとし、着替えて寝室へと戻ってきた扉の開閉音で目が覚めた。
「目が覚めたか、ティナ」
「おはよーございましゅ……」
たっぷり寝すぎて、逆に眠い。
下がりそうになる瞼を気合で開けていると、ベッドへと腰を下ろしたレオナルドに頭を撫でられた。
「……もう少し寝ているか?」
「いやれすよ。レオにゃルドさんがお祭り連れていってくれりゅ、っていいましら」
またレオにゃルドさんに戻ったな、と言う声が聞こえて、ベッドから抱き上げられた。
早く行動に移りたいのだが、頭がなかなか回り始めてくれなかったので、強制的にでも連れて行ってくれるのはありがたい。
ぬくぬくのベッドから移動するだけでも、覚醒の速度は変わってくるだろう。
三階の自室へと抱き運ばれて、タビサに預けられる頃には私の眠気も覚めていた。
せっかくお祭りに行くのだから、と中古服から誂えたばかりの甚平に着替えさせられる。
……何故に
甚平は帯などつけなかった気がするのだが、なぜか黒い兵児帯を付けられた。
結び目は背中側にあるので鏡越しにしか見えないが、ひらひらとした兵児帯が金魚の尾のようで可愛い。
犬や猫ではないが、自分の尻尾を追い掛け回してぐるぐる回る気持ちが少しだけ理解できそうだ。
……レオナルドさんとお揃いって言ってたけど、私のは赤いねー。
子どもが着るということを考えて、あまり落ち着いた色は選ばなかったようだ。
レオナルドの甚平は黒が基調で差し色は深紅だったが、私のは赤を基調に差し色が黒い。
色違いのお揃いだ。
一階に下りてレオナルドと合流すると、レオナルドはいつもどおりのシャツにズボンといったラフな格好をしていた。
せっかくお祭りなのだから、と甚平に着替えさせられたのだが、レオナルドは良いのだろうか。
「……レオにゃルドさん甚平じゃないれすけど、いいんれすか?」
「反省のためのお祭りで、甚平もなぁ……。甚平は部屋着というより、寝間着って意味合いが強いらしいぞ」
「……着替えてきましゅ」
そんな常識があるのなら、着替えさせる前に教えてほしいものである。
さすがの私でも、寝間着で外を歩く趣味はない。
「ティナのは誂えたばかりの甚平だし、子どもは結構甚平や浴衣で歩いているぞ」
「寝間着、なんれすよね?」
「大人も結構着ているぞ。俺の場合はあれだ。一応砦を預かる騎士だからな。祭りとはいえ、そこまで気の抜けた格好はできない」
祭りで何か起こった場合に、黒騎士が寝間着姿では格好が付かない、ということだろうか。
日本でもおしゃれを意識した女の子は浴衣を来て祭りに行くが、男の子は洋服であることが多いというアレと似たものかもしれない。
おそらくは、前者はお洒落重視で動き難いという苦行を選び、後者はお洒落のためにそんな苦行はしたくない、という差だとは思う。
「……お祭り、ホントに甚平で行っても変やないんれすね?」
「変じゃないぞ。行ってみればわかるが、甚平は結構いる」
「ならいいれす。甚平で行きましゅ」
気を取り直してレオナルドの手をとり、黒い兵児帯を自慢する。
甚平と浴衣合戦で敗れたバルトが、せめて兵児帯ぐらいは、と食い下がっての甚平+兵児帯というスタイルになったらしい。
甚平にしても兵児帯にしても、すべてレオナルドの財布から出たものなので、気に入った部分は自慢したり、お礼を言ったりしておく。
……甚平の一番すばらしいところは、ズボンだってトコですけどね!
さすがに下駄はないようで、足元は色だけ今日の服装に合わせて普通の靴だった。
レオナルドが昼食は外で食べるというので、少し楽しみだ。
外食と言われたら和風な調味料を扱う
普段はない屋台が出ているかもしれない。
……あ、甚平。
レオナルドは避けたようだが、確かに街へ出てみれば甚平を着た人間がいた。
大人も子どもも、男女の差もなく、ちらほらと甚平を着ている。
本当に夏服として定着しているのだろう。
……なんか、不思議な気分。
石造りの建物や石畳の地面といった西洋ファンタジーな街並みなのに、浴衣や甚平を纏った人間が普通の顔をして歩いている。
さらに良く見ると、帯の隙間からしっぽが生えていたり、猫耳を付けていたりと、相変わらずコスプレとしか言えないような格好をした者も混ざっていた。
「三羽烏亭は甘辛団子を売ってるぞ。これもはんぶんこか?」
「おだんごは、一本ずつがいいれす。だから二本れすね」
食べてみたい屋台はいっぱいあるが、残念ながら子どもの胃は小さい。
多くの種類を試そうと思ったら、一つだけ買ってレオナルドと半分ずつ食べた方が良かった。
そんな理由で道すがら興味を惹かれた屋台で一つを半分ずつ食べて来たのだが、三羽烏亭の甘辛団子となれば一つをまるまる食べたい。
……三羽烏亭なら、ハズレってことはないと思うしね。
祭りということで普段は出ていない屋台などがあるのだが、当然だが当たり外れもある。
フルーツを絞った生ジュースは美味しかったが、甘すぎるミルクティーは飲み切るのが辛かった。
レオナルドは普通の顔をして飲んでいたので、残りを押し付けても良さそうな気はしたが、食べたいものを選んでいるのは私なので、口に合わなかったからといって押し付けるのは悪いので頑張ってみた。
おかげで私のお腹はタプタプだ。
中央通を食べ歩きながら、レオナルドが街での追想祭の流れを教えてくれた。
残念ながら寝過ごしてしまった午前中は、イツラテル教会で司祭たちが正義の女神イツラテルに今年一年の
悔悟を捧げるのは司祭だけではなく、信者である民も自由に参加できるそうだ。
昼は広場でメンヒシュミ教会主催の劇が行われる。
出し物は毎年同じで、今朝方簡単にレオナルドが説明してくれた追想祭のゆえんについてだ。
これは子どもたちへ追想祭のゆえんを伝えるために行われはじめたらしい。
子ども向けの寸劇ならば大人は興味ないのかと思ったのだが、毎年正義の女神イツラテルを演じる女性は秋の収穫祭で選ばれる街一番の美女ということで、大人にも人気だ。
夜は正義の女神イツラテルと神王に
同じ過ちを繰り返さないと、神罰を下した女神と、人を赦した神王に改めての後悔と感謝を捧げるのだ。
そして祭りの最後に昼間劇が行われた広場で、劇に使った衣装や小道具を燃やし、火が消えるまで静かに見守るのが本来の姿なのだが、今では宴会の場に変わってしまっているらしい。
火の番をする騎士や兵士は、酔っ払いの見張りまで仕事に含まれているのだとか。
……黒騎士も大変だね。
そう労ったら、毎年この日は砦で休暇の取り合いが激しいと、
「レオにゃルドさんは、無理しておやすみとっらんれすか?」
より具体的に言うのなら、職権乱用で奪い取った休みなのだろうか。
砦の主であるレオナルドなら、自分の休みぐらい自由に調整できるだろう。
少し心配になって聞いてみたところ、レオナルドが追想祭の昼に休みを取れる理由はちゃんと別にあるのだ、と教えてくれた。
「俺は夜の祭祀に強制参加だから、昼は毎年休みと決まっている」
なんとレオナルドは砦の主として、夜は祭祀に参加しているらしい。
罪を犯した男役で改悟を誓い、衣装や小道具に火をつける役目があるのだとか。
……軍人の騎士に改悟を誓わせるお祭り、って本当に何したんだろうね?
街で一番強い騎士が罪を犯した男役ということは、武力にまつわる何かを犯したのだろう。
広場で行われている劇を見れば大筋はわかるはずだが、食べ歩きをしながら広場へ行ったせいで劇はすでに始まっていた。
秋から通うメンヒシュミ教会でも教えてくれるとのことだったので、今日のところはわからないままだ。
夜から仕事ということで、レオナルドとの祭り見学はほとんど昼食を食べただけで終了となる。
広場の劇以外にも旅芸人や吟遊詩人が通りで芸を披露していたので、祭りの雰囲気は充分に楽しめた。
最後に三羽烏亭へ戻って甘辛団子をタビサたちのお土産に買ってもらって、帰路につく。
「……夜の祭りを見たければ、アルフにでも案内させるぞ?」
「レオにゃルドさんが働いてりゅのに、わたしがお祭りで遊んでいたりゃかわいそうだからいいれす」
少しだけ祭祀に参加しているレオナルドは見たい気がするが。
祭りといえばお酒が付き物だ。
酔っ払いが徘徊しているだろうと容易に想像できる夜は、子どもが出歩くことは避けたほうが良いだろう。
そんな会話をしながら大通りを歩き、城主の館の正門前まで戻ってくると、砦の方角から派手な服装の女がやって来た。
……げ、カーヤ。一週間ぶりぐらいに顔見た。
苦手な人物の姿を見つけてしまい、思わず身を堅くして足を止める。
それに気づいたレオナルドが周囲を見渡し、カーヤの姿を見つけてしまった。
足を止めたレオナルドに、親しげに名を呼びながらカーヤが走り寄って来る。
レオナルドの直前で足を止めたのは、そこまで近づいてようやく私の姿に気がついたのだろう。
あからさまにレオナルドの名を呼ぶ声のトーンが下がった。
「ごきげんよう、レオナルド様。今日は追想祭でしょう? 砦までお誘いに行ったのですが、今日は夜の祭祀に備えて館でお休みだと聞いて……」
今から館を訪ねるところでした、とカーヤは笑顔を貼り付けて
こちらから挨拶をしてやる気はないが、仮にも教師が生徒を無視して保護者に粉をかけるのはいかがなものだろうか。
……夜のお仕事に備えてのお休みなんだから、誘いに来ないでよ。
そういった意味でも、カーヤの行動はおかしい。
夜に仕事があると判っている人間を誘うなど、普通は遠慮するはずだ。
私の場合はレオナルドが夜に仕事があると知ったのは出かけたあとなので、遠慮のしようもなかったのでしかたがない。
もしかしなくとも、初めてのお祭りなので、とレオナルドが気を利かせてくれたのだと思う。
「申し訳ないが、俺は今ティナに祭りを案内してきたところで……」
一通り回った帰って来たところだ、と返すレオナルドの足に隠れる。
レオナルドの視線が逸れた隙を狙うかのように突き刺さるカーヤの視線が怖い。
レオナルドが気づいていないのが不思議すぎるのだが、「おまえ邪魔だ」「さっさと空気読んでどっかへ行け」とカーヤの視線が語っていた。
……一応空気読んで言葉は挟まないようにしてるんだけどね。
というよりも、すでに会話すらしたくない。
二日に一度家庭教師をする契約のはずなのだが、二日に一度来たのは最初の一週間だけだ。
最近では週に一回顔を見せるかどうかだった。
こんな社会人として、否、人としてどうかと思う行動をとる人間と、一緒にいて会話など弾む気がしない。
本音を言えば、レオナルドを盾にしている自覚もある。
それにカーヤはレオナルドが目当てなので、盾とのみ会話をしていれば満足であろう。
レオナルドの足に隠れて適当にカーヤが追い払われるのを待っていると、レオナルドの口からとんでもない言葉が吐き出された。
「そうだ、ティナ。夜祭はカーヤ嬢に連れて行ってもらったらどうだ?」
……嫌な予感しかしないよっ!
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