第4話 ぬいぐるみと特別仕立ての靴

「……そうだ、ティナ。今日はお昼を食べたら、一度砦に来てくれるか?」


 砦へと出勤するレオナルドを、正門前まで出て見送る。

 レオナルドを見送ることが目的のはずなのだが、何故か私が抱っこで運ばれていた。

 本当に不思議なことなのだが、仕事へ向うはずのレオナルドが幸せそうなので一応は良しとしておく。

 レオナルドに抱き運ばれることについては、今さらだ。


「わたしはいっぱんじんで子どもれすけど、何れもない時に砦へ行っれもいいんれすか?」


 隔離区画の手伝いだとか、レオナルドが忙しくて砦から離れられないだとか、何の理由もなく子どもが行って良い場所だとは思えない。

 砦だとか、騎士団長だとか、難しく考えなくとも、保護者の職場とはいえ子どもがホイホイ遊びに行くのはまずいだろう。


「この間注文したティナの靴が完成して、靴屋が砦まで届けてくれることになっているんだ。注文どおりの出来かとか、履き心地はどうかとか、その場でティナに最終確認をしてほしいそうだ」


「こだわりの靴屋さんれすね」


「だから評判が良いんだろう」


 多少値は張るが、良い物を求めるのなら顧客の感想は参考になる。

 靴を注文する際に少々要望を出したので、店側としても私の満足度が気になるのだろう。


「……あと、ティナが最近砦に顔を出さないってことで、少々面倒臭くなっている奴が何人かいる。適当に愛敬でも振りまいてやってくれ」


「めんどう、なの?」


 面倒臭い人間になど、わざわざ自分から近づきたくはない。

 保護者であるレオナルドがそうしろというのなら善処はするつもりだが、あまり気は進まなかった。

 困惑がそのまま顔へと出てしまっていたのだろう。

 レオナルドは苦笑を浮かべる。


「騎士ってのは仕事柄男の子には憧れとか尊敬の目で見られるが、女の子には怖がられるからな。強面こわもての顔を見ても逃げ出さないティナみたいな女の子が嬉しくて仕方がないんだろう」


 適当に相手をして、仕事に励むように誘導してほしい、とレオナルドは続けた。


 ……そういえば、隔離区画にお手伝いに行ってた時も、外から覗いてくる騎士がいたね。


 目が合うと手を振ってきたり、隔離区画の行き帰りに遭遇するとお菓子をくれたりと、私に構ってくる騎士がいた。

 小さい子どもをつい構いたくなる気持ち解らないでもなかったから、この砦の騎士は子ども好きばかりなのだなと思っていたが、どうやらそれだけではなかったらしい。

 強面を見ても逃げ出さない女児が嬉しい、という切ない男心がそこにはあったようだ。







 レオナルドからの要請を受け、昼過ぎに砦へと向かう。

 バルトがお供として付いてこようとしたが、ほとんど『お隣さん』という位置関係にあるので丁重にこれをお断りした。

 さすがの私でも、お隣へのお使いぐらいはできる。

 それに、もし何かあったとしても、館の門番からも、砦の門番からも視界に入っているはずだ。

 通り魔的誘拐事件が起こったとしても、すぐに犯人を取り押さえてもらえるだろう。


 ……騎士の目の前で誘拐事件とかかますお馬鹿な誘拐犯がいるとは思えないしね。


 そんなことを考えている間に、砦の正門へと到着する。

 幼女の足ではそこそこ距離があるのだが、それでも単純な一本道だ。

 やはり心配するようなことはなにもない。


「あれ? 団長のところの……」


「ティナれす。レオにゃルドさんに言われて来ましら。通ってもいいれすか?」


「ああ。団長から話は聞いているよ。ついでに西棟の奴等にも顔を見せてやってくれ」


「西とうって、どこれすか?」


「真っ直ぐ伸びた道を行くと砦正面玄関。右にもう一つ建物があるだろう? あれが西棟」


 ……なるほど、遠回りですね。


 レオナルドにも愛敬を振りまいて来いと言われているので、最初から行くつもりはあったのだが、遠回りになるのなら正直遠慮したい。

 大人にはたいしたことのない距離かもしれないが、今の私には結構な距離だ。


 門番の騎士には笑顔で送り出され、とぼとぼと西棟へと向って歩き始める。

 真っ直ぐに歩けば目当ての砦があるというのに、何故わざわざ遠回りしなければならないのだろうか。


「おじゃましまーしゅ」


 一応ノックをしてから扉を開ける。

 西棟を回っていけ、とは言われたが、部外者にも間違いはないのでこっそりと中に入った。


 ……えっと、誰かに会いに行った方がいいの? それとも、ただ西棟を歩くだけでいい?


 どうしたものかと考えながら廊下を歩いていると、私の声が聞こえたらしい騎士が一人顔を覗かせる。


「お? 団長の妹だ。久しぶりに見たな」


「こんにちは」


 なんとなく見覚えのある気がする顔に、にこっと笑って挨拶をする。

 愛敬を振りまけと言われているので、こんな感じでよいのだろう。

 騎士の声が他の騎士にも聞こえたようで、廊下を進むだけで何人かの騎士に声をかけられる。

 その度に愛想よく挨拶をしていたら、気が付いた時には両手がお菓子や玩具でいっぱいになっていた。


 ……いや、おかしいでしょ。騎士が詰めてる砦から、お菓子はともかく玩具が出てくるって。絶対変だよ。


 お菓子ぐらいならばレオナルドの机からも出てきたので不思議ではない気がする。

 非常食として常備ぐらいしているかもしれない。

 しかし明らかに女児向けと思われる小物やぬいぐるみといった物になってくると、さすがにおかしい。


 お菓子と玩具で両手が塞がりながらも、よたよたと廊下を進む。

 角や扉の向こうから出てくる騎士が、今は少しだけ怖かった。


 ……重いっ! これ以上は無理っ! もう持てませんっ!!


 大人の足なら五分もかからないだろう廊下を、呼び止められる度に挨拶を交わして愛敬を振りまく。

 そのたびに重くなる貢ぎ物の山に、そろそろ私の腕が限界だ。


 ……西棟終了っ!


 私の両手が塞がっている様子を見て、騎士が苦笑いを浮かべながら扉を開けてくれた。

 あとは砦へと続く渡り廊下を通ってレオナルドの執務室へと行くだけだ。

 そこへ逃げ込めば、これ以上貢ぎ物が増えることはない。


「うわっ!? なんだ!?」


 よちよちと廊下を歩いていると、頭上から驚きの声が上がった。

 もはや私には前方を確認することすら難しい。

 とはいえ、何か異変があるようなのにこのまま進むわけにはいかない。

 貢ぎ物の山を落とさないよう慎重に体の向きを変えて廊下の先を見ると、執務室前の扉を守る騎士が私の方を見て目を丸くしていた。


 ……あ、うわっ!? ってのは、私を見ての発言でしたか。


 私と目が合った騎士は、罰の悪そうな顔をして扉の向こうにいるレオナルドを呼んでくれた。







「……すごいことになってるな」


 一歩執務室へと足を踏み入れると、まず私にかけられた言葉がこれである。

 レオナルドの言うとおりに愛敬を振りまいた結果がこれなので、他人事ひとごとのように流されるのは甚だ不本意だ。

 貢ぎ物のせいで私の顔は見えていないはずなのだが、私の不機嫌オーラには気が付いてくれたらしい。

 次の瞬間貢ぎ物で塞がっていた視界がパッと開けた。


「この菓子やら玩具の山はどうした?」


「レオにゃルドさんに言われらとおりに、愛嬌ふりまいれたらいたらきました」


 手の中の貢ぎ物全てがレオナルドの手に渡り、ホッと息を吐く。

 一つ一つはたいした重さではないのだが、今回は数が多すぎた。

 長椅子の上へと積み上げられる貢ぎ物の山に、よくここまで一人で運べたなと感心もする。

 もしかしなくとも、これらの貢ぎ物は私が来た時に渡そうとあらかじめ用意されていたのだろう。


「おにんぎょう」


 玩具のうちの一つ、兎のぬいぐるみを抱き上げる。

 ふかふかとした手触りは、本物の毛皮で出来ているようだった。


 ……ぬいぐるみに毛皮を使うとか、めちゃくちゃ高そう……。


 いくらぐらいする物なのだろうか。

 そんなことを考え出したら、少し気が遠くなった。


「兎のぬいぐるみだな。ティナはこういうのが好きなのか?」


 モフモフと毛触りを堪能していると、横から伸びてきたレオナルドの手が兎のぬいぐるみを攫う。

 なんとなく見上げると、可愛らしすぎるぬいぐるみは成人男性の手になんとも違和感がありすぎた。


 ……なんだろう。答えに失敗したらとんでもないことになる気がする。


 もしくは嫌な予感がする、と言うのが正しい。

 兎肉が食卓にあがるぐらいなら良いが、山ほど兎のぬいぐるみを買い与えられたり、巨大な兎のぬいぐるみを用意されたりしそうな予感がした。


「……もふもふしてりゅな、って思ってらだけれす」


 あれこれ悩んで出てきた答えがこれである。

 特に好きだとも嫌いだとも言っていないはずだ。


「モフモフが好きなのか?」


「えっと……手ざわりがすてきれすけど、おていれが大変そうらな、って」


「……そうか。子どもが遊ぶには、汚すことも考えて手入れは楽な方が良いか」


 ……セーフ? セーフだよね? これ絶対総毛皮の巨大ぬいぐるみの危機だったよねっ!


 興味深そうにモフモフと兎のぬいぐるみの手触りを確認するレオナルドに、内心でホッと安堵の溜息をつく。

 可愛いものは確かに好きだ。

 兎のぬいぐるみだって、少し子どもっぽいとは思うが、今は正真正銘の子どもなので素直に喜んでいいはずだ。

 ただ、レオナルドの私に対する散財っぷりを見ると、少し不安になってくるのだ。

 綺麗な服も、新しい靴も嬉しいが、何事にも限度というものがある。

 子どもなんてすぐに大きくなって体格が変わるのだから、仕立屋で新しく服を誂えるより、中古服を買ってきた方が良いはずだ。


 レオナルドの注意をぬいぐるみから逸らそうと孤軍奮闘していると、執務室の扉がノックされた。

 靴屋が来ると聞いていたのだが、何故かアルフも一緒だ。

 靴屋がレオナルドに靴の納品をしはじめたので、アルフの横へと移動して用件を聞いてみた。

 レオナルドに用があって来たのなら、そのまま話題を攫っていって、レオナルドの頭の中から兎のぬいぐるみについて消し去ってほしい。

 そうこっそり相談したら、軽く頬を引っ張られてしまった。


「西棟が騒がしいと報告があったから行ってみたら、砦にはいないはずのお嬢様が来たとかで騒いでいたんだが……心当たりは?」


「ごめんなさい」


 西棟が騒がしかった心当たりなら確かにあるが、それは別に私の責任ではない。

 愛敬を振りまいて来いと言ったのはレオナルドで、西棟へと私を誘導したのは門番の騎士だ。

 全部が全部私のせいではない。


「……ティナ、おいで」


「はいれす」


 椅子と小さな足置きが用意され、そこに腰を下ろす。

 履き心地の確認がしたいと聞いているので、これから靴を履くのだろう。

 一足一足の靴について靴屋が仕様を説明し、それを私が確認する。

 説明される度に相槌をうち、聞かれたことに答えた。

 最後に靴を履いて部屋の中を少し歩き、履き心地を確認して終了だ。


 ……さすがは、足のサイズを測って作ってもらった靴。ぴったりです。


 こんな贅沢、前世でもしたことがない。

 前世で履いていた靴などすべて既製品で、同じサイズをした誰の足にも合うものだった。


 靴屋とレオナルドに礼を言って、靴を履いてきたものに履き替える。

 せっかくの新しい靴だ。

 今度レオナルドと出かける時にでもおろそう。

 そんなことを考えている横で、レオナルドが秋冬用の靴を注文し始めたので、横から「今回と同じ仕様で!」と希望を挟んだら、レオナルドは実に微妙な顔をして、靴屋は「毎度ありがとうございます」と微笑んだ。

 私の希望は特別仕立てになるようで、靴屋としては美味しい仕事なのだろう。


 退室していく靴屋を見送り、用が済んだので私もおいとますることにした。

 あまり長居をするとレオナルドの仕事の邪魔にしかならない。

 アルフもそれを見越してレオナルドに釘を刺しに来た気がする。


「……これ、どうしよう?」


 長椅子へと積み上げられた貢ぎ物の山と、届けられたばかりの靴の箱を見て困り果ててしまった。

 貢ぎ物だけならなんとか持ち帰れるが、靴まで加わると私ひとりで運ぶには無理がある。


「館に帰ったらバルトに声をかけてくれ。運んでほしい荷物がある、って」


「バルトさん、全部持てましゅかね? たくさんありましゅよ」


「袋にでも詰めれば運べるだろ。バルトが運べない分は、俺が帰りに運ぶからいい」


「……では、この子らけはわたしが抱いていきましゅ」


 貢ぎ物の山から兎のぬいぐるみを抱き上げる。

 子どもが持つには微妙に大きなサイズで、これ一つで結構かさを取っていた。

 私が抱き運んでいた時も、このぬいぐるみが加わるまではそれほど問題はなかったのだ。


 ……あと、兎のぬいぐるみを持ったレオナルドさんって図もシュールだしね。


 前髪を上げた強面のレオナルドが可愛らしい兎のぬいぐるみを抱いた姿を想像すると、なんとも言えない気分になる。

 バルトやレオナルドに運ばせるぐらいなら、幼女である私が持ち運んだ方が良いだろう。


 来た時とは違い兎のぬいぐるみを抱いて歩く私に、すれ違う騎士たちの目はとても好意的だった。

 幼女がぬいぐるみを抱いているのだから、目の保養にもなるだろう。


 館へ戻ってバルトに言付けると、せっかくなので兎のぬいぐるみは屋根裏部屋に飾ることにした。

 質素な雰囲気が気に入っている屋根裏だが、少しぐらい飾りがあっても良いだろう。


 ……屋根裏部屋ここに飾ればレオナルドさんの視界にも入らないしね。


 これで私がぬいぐるみを気にしていた、ということもそのうち忘れて、ぬいぐるみが山のように買い与えられることもないはずだ。

 たぶん、きっと


 ……たぶん、ね。

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