第189話 熟練度カンストの大気圏突入者

 外部から強烈な衝撃が放たれた。

 とりあえず、壁を次々切り裂きながら外に出た俺は、宇宙船を外部から攻撃するクラウドなんかを目撃するわけである。

 この男、宇宙船の標的をある程度自分に引き付けていたらしい。


 俺たちを見かけると、銃を構えて何やらカッコいいポーズを取ってみせた。

 この極限環境下であの余裕はちょっと凄い。

 あいつ、自分の命よりもカッコつけることの方が大事なんだろうな。


「緑竜、竜胆ちゃんを頼む。先に行っててくれ」


「!? ユーマ! ユーマはどうするのじゃ!?」


「今からこの船爆発するだろ? どれだけの爆発かも分からんし、逃げても地上に色々被害があるかもしれん。ということで」


 俺は宇宙空間で、抜刀術の構えを取る。


「ちょっと爆発を斬っておく」


『あなたにしか出来ない仕事です。任せました』


 緑竜はそう言うなり、竜胆を抱え込むと一気にその姿を変化させる。

 巨大なドラゴンが、暴れる竜胆の背中を咥えて運び去っていった。

 竜胆ちゃん、黒豆煎茶は任せたぞ……!!


 そしてついでに、クラウドが緑竜に蹴っ飛ばされて、「アーッ」とか叫びながら大気圏に落下していく。

 あいつはまあ死なないだろう。


 かくして、宇宙空間に一人。

 目の前には、装甲の隙間から徐々に光を放ち始めた、球体の宇宙船。


 そいつは徐々に、膨らんでいくように見える。

 恐らく、内部で幾つもの小さな爆発が起こっているのだ。


「よし、来い」


 宇宙船内部で、大きな力が生まれた兆候を感じ取り、俺は呟いた。

 すると、次の瞬間だ。

 宇宙船は大きく膨れ上がると、全身の装甲が破れ、眩い光が飛び出してきた。


 ああ、この爆発はあかんやつだ。

 とても危険なエンジンを使っているマシンらしい。

 俺は気づかずに、何台か宇宙船を撃破したが、爆発させるところまで行かなくて本当に良かった。


 凄まじい光と共に、衝撃波が放たれる。

 それはまあ、俺も流石に未体験の凄まじさ。

 通常の人体ならば、触れただけで粉々になるだろう。


 衝撃は俺の背後にある星に向かおうとしている。

 大気圏が少しは衝撃を吸収するだろうが、それでも甚大な被害が出ることは間違いない。

 故に、こいつは俺が止めておく必要がある。


「“ソニック・ディメンジョン”……!!」


 抜刀。

 それと同時に、俺は刃で次元を断つ。

 一度ではない。


 幾つも幾つも、刃を振り抜く動きの中で次元を立て続けに断つ。

 俺がこじ開けた次元の切れ間が、襲いかかる衝撃波を飲み込んだ。


 更に、俺はこれを飛び越えた衝撃波を斬る。

 刃を境目に、衝撃波は真っ二つに飛び散り、減衰していく。


「俺が言えたことじゃないが……最後っ屁で世界を滅ぼそうとするのはどうかと思うぞ。いや、俺は比較的恵まれているようになったから言えるのか」


 一人ごちながら、第二陣の爆発を迎え撃つ。

 今度は各所に分散させた次元の裂け目で、衝撃波を細かく散らしていく。

 惑星への影響は皆無とはいかないが、せいぜい天変地異で済む程度の衝撃に落ち着くはずだ。


「やはり、バルゴーンが二形態だけだと限界があるな。アルフォンスにまた会わねば……。それから、宇宙船を撃墜するのはやめておかなきゃだな。ってことは、移民船を相手にする時は、宇宙の遠くへ吹き飛ばして倒すしかないか……?」


 衝撃破を処理しながら、俺の脳が働き始める。

 やらなきゃならないことは山積みだ。


 現代世界にまた戻る。

 そのためには、どうする?


 まずはエルフの森に帰り、ゲイルを使ってあの穴から元の世界へ帰り……。

 管理官たちの協力を取り付けることは出来るか?

 奴らは敵だが、一時的に強大な相手と戦うための協力関係は結べないだろうか。


 忙しい。

 これは大変に忙しくなって来るぞ。

 そうとなれば、である。


「宇宙船の自爆程度、さっさと終わらせにゃならんな」


 横一文字に振り抜いた剣が、巨大な虹色の軌跡を作った。

 さらに、振り下ろした剣の軌跡で、宇宙に十文字の輝きが生まれる。

 それは、放たれた衝撃波を縱橫に切り裂き、霧散させていく。


 俺の横を、頭上を、足元を、衝撃波が駆け抜ける。

 だが、それは既に大きく力を減じたものだ。

 やがて衝撃が止み、俺の視界はクリアになった。


 目の前には、何もない。

 ついさっきまで浮かんでいたはずの宇宙船は存在せず、どこまでも続く闇と、星々の明かりがあった。

 ゆっくりと、惑星の影から月が顔を覗かせてくる。


 俺は、惑星に向かって振り返る。

 そこで気付いた。

 衝撃波を退けているうちに、俺も随分と押し込まれていたようだ。


 星が大きい。

 そして恐らく、俺は星の重力に引っ張られている。


 眼下に見えるのは、白い色だった。

 一面の白。それは雲ではない。


「あれは氷か。なんか、凄い北国に落っこちていっているぞ……!?」


 俺はすぐさま、体を反転させた。

 バルゴーンを大剣の形にする。

 そして、幅広の剣に飛び乗った。

 ちょうど、サーフィンの要領で、刃を下に向けて大気圏に突入するのである。


「竜胆ちゃんは無事かね……。大丈夫だとは思うが。この星も、無事じゃあ無い気がするが……どんなものだろうか」


 呟きながら、足先で剣を操作する。

 落下しながら、空を滑る。

 雪国は視界から外れ、視界は雲になった。


 バルゴーンが、雲を切り裂きながら落下していく。

 俺が進む後は、一文字に切り裂かれた空となる。

 そして、どこまでも落下していく先は、海であり、そしてその彼方に広がる、おそろしく広大な陸地だった。


 雪と、露出した土、そして針葉樹林の姿が見える。

 寒そう。

 あと、どうやって着地しようね、これ。


 空気抵抗はバルゴーンで止めて、俺には何のダメージもない。

 だが、バルゴーンには落下速度を緩める機能なんてものは無いのだ。剣技を工夫すれば可能だろうが、まだそれを想定して技を編み出してないしな。

 このままで、ヒューッと落ちてペチャッと潰れる感じである。


「ヒェーッ、それはいやだあ」


 俺は落下して死ぬかも、という予感に恐怖した。

 なんかこの恐怖にデジャブを覚える。


 確か……この世界に来たばかりの時も、こうやって落下していたような。

 そんな俺の耳に、囁き声が聞こえた。


「シルフさん、お願い……!」


 湧き上がる、風。

 それは、遥か下から、強烈に吹き付けてくる。


「マジか」


 俺は目を見張る。

 風に煽られながら、一人の少女が空を飛んでいるのだ。

 彼女は一直線に俺を見つめながら、どんどんと近づいてくる。


 何やら、大きな毛皮を使ったマントみたいなのを、足首と手首に結びつけて、ムササビみたいな姿になっている。

 シリアスな状況なのだが、なんだろう、締まらない。


「この、ちょっと外した感じ……! リュカ!」


「ユーマ! おかえりなさーい!!」


 リュカだった。

 もこもこした毛皮の服装を着込み、被ったフードの下からは、虹の煌めきを放つ銀の髪が覗く。


 同じ色の瞳が、きらきら輝いて俺を映し出した。

 ムササビモードのリュカは、物凄い勢いと正確さで俺のもとまで辿り着くと、


「とーう!!」


 真正面から俺をキャッチした。

 彼女の足が、バルゴーンの上に降り立つ。

 あっ、足先がピンク色でもこもこしている。

 それは……俺があげたトイレスリッパか……!


「迎えに来たよ、ユーマ!」


「リュカ!」


 俺は思わず、彼女をぎゅっと抱きしめた。

 どれ位ぶりだろうか。


 おそろしく長い間、離れ離れになっていた気がする。

 彼女もまた、俺をぎゅーっと抱きしめると、


「この服きらい。ユーマの肌のあったかさとか全然わかんないんだもん」


「そりゃあ宇宙服ですからな」


「うちゅうふく?」


 知的な面ではあまり強くないリュカは首を傾げた。


「つまり、とても高い空の上まで行っても大丈夫な服だ」


「なるほどぉ」


 絶対分かってないな。


「でもリュカ、よく俺が来るって分かったな? 打ち上げられたところから、随分離れてしまったはずだったが」


「それはね。私は、北の国でユーマを探してて。そうしたら、空の上で、いきなりドーンって。凄い音がして、それで、シルフさんたちも知らないものすごい風が吹いたの。それでね、それで、空が割れたのよ。雲と、空と、風が、二つに割れたの」


 彼女は笑顔を浮かべる。


「そんなの、ユーマしかいないじゃない。私、だからわかったんだよ。空からユーマが落っこちてくるって」


「よく分かってらっしゃる」


「付き合いながいもん」


 そして、俺たちは顔を見合わせて笑った。

 落下速度は、もう、随分ゆっくりになっている。

 周囲は寒風吹きすさぶ、北の大地だ。


 どこらへんだろう。

 地球で言うなら、ロシアみたいなところか。


 それでも、例え見慣れない風景の土地だとしても、宇宙から帰ってこられるとホッとする。

 つい数分前まで、宇宙でドンパチしてたんだなあ。


「おや?」


 俺は気付いた。

 恐らくは俺たちが着地するであろう場所で、じっと俺たちを見上げている人影がある。


「あれは」


「あの娘はね、こっちの国で、私を助けてくれたの。一緒にユーマを探してくれた人だよ。すっごい剣を使うのが上手いの」


 やがて、俺たちは、そんな彼女の目の前へと着地した。

 彼女は一見して、大人びた雰囲気の色白な美女だった。

 だが、今は目を丸く見開いて、口をぽかんと開けて俺を見ている。


「あ、初めまして。リュカが世話になってる。戦士ユーマだ」


 自己紹介すると、彼女もペースを取り戻したようだ。


「戦士ユーマ。ようこそ、グラナート帝国へ。私はグラナートの白鳥騎士団が一人、魔導騎士ヴァレーリア」


「それでね、ユーマ」


 バルゴーンの上からぴょん、と飛び降りたリュカ。

 俺を見上げると、ばつの悪そうな笑顔を浮かべた。


「手伝ってもらう代わりに約束しちゃったんだけど……」


 リュカの言葉と同時に、ヴァレーリアは俺の手をぐっと握った。

 あっ、いきなり大胆!! と思ったが、よくよく見ると革手袋である。


「戦士ユーマよ、頼みがある……!! 我がグラナート帝国は、今や存亡の危機にあるのだ! お前が我が友リュカの言うとおりの英雄であるならば……」


 彼女は、指差す。

 遙か先の、その場所を。

 そこには、高くそびえ立つ、山々の連なり、山脈があった。


「狂える北の魔王、ヴィエーディマを討伐して欲しい……!!」


「えっ」


 降り立った北の大地にて、俺はいきなり新しい戦いに巻き込まれてしまうのである。




─熱帯雨林の散策者⇒和の国の魔剣士編─ 了


 ⇒ 氷の国の調停者編へ

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