推しに乗り込んで戦え!

黒骨みどり

第1話

 推す、という言葉がある。

 元々は自分の気に入ったものをこれは優良ですよ! と他者に薦める、地位向上のために広く働きかける行為を言ったらしい。

 しかし近年では少しニュアンスが異なっている。

 もともとの意味も残ってはいるのだが、単純に応援する意味あいが強くなっている。

 他者に薦め、良さを知らしめるというよりは、自分のどろどろした愛を注ぎ込む。

 人気が出てほしいけれど、自分だけのものにもなってほしい二律背反。

 推すという感情は、ある種独占欲とも言えるかもしれない。

 そして推すから派生して、推しという言葉が生まれた。

 推すは動詞だが、推しは名詞だ。

 簡単に言うと、推す対象のことを推しという。

 誰かを推すというよりも、私の推しはこの人、という方が通りが良かったらしい。

 〇〇推しという言葉もあって、これはアイドルファン界隈でいう所の「担当」とほぼ同義だ。

 このように少しばかりややこしい言葉ではあるが、深く考えずに好きなものを推すのがいいだろう。


 俺は沼尻ぬまじり、ブラック企業で10年働いたが先日退職した。

 といってもタダでやめてきたわけじゃない。

 長年にわたる違法労働の証拠を引っげて裁判を起こしたのだ。

 結果、退職金すらしぶっていた弊社は、かなりの金を俺に払うことになった。

 労働だけの生活を送ってきたため給料はすべて貯金しており、賠償金と合わせることでこれからの10年は遊んで暮らせる。

 散々無理してきたので、体はボロボロだ。

 年金がもらえる前に俺は死ぬだろう。

 だから再就職は全く考えていない。

 無職を満喫するのだ。

 しかし長年のブラックづとめで余暇というものがなかった俺は、無趣味だった。

 スポーツ、旅行、料理から、アニメ、ゲーム、漫画まで、色々試してみたがしっくりこなかった。

 無職は最高だが、無趣味はいけない。

 労働から解放されたのに謎のあせりに突き動かされる俺だったが、苦節半年、ようやく趣味、いや推しを見つけた。

 

『こんばんホワイト、白戸しらとかなめだよ! こんホワ~』

「かなめちゃんは今日もかわいいな……心がホワホワする……」


 趣味探しのとき構築した三画面のゲーミングディスプレイに、CGの美少女が映っている。

 純白の髪の中、1本ぴょこんと立ったアホ毛が愛らしい。

 星をしたサファイアブルーの髪飾りも似合っている。

 瞳は銀河を詰め込んだようで、たくさんの星がまたたく濃紺色をしている。

 ほっそりした首がよく見える、襟ぐりの空いたレース編みの衣装、こちらは緑がかった白色だ。

 俺の推しはこのVtuner、白戸かなめだ。

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