秘蔵のエピソードですわ⑤

 それからはもう、バタバタしっぱなしでした。

 この海賊さんたちの身元を確認したら、本当に海賊さんでして。ツェルドさんはそちらの調査に協力することになったようです。近くに根城があるのでは、とのこと。


 なので、そんな危ない場所から、わたくしたちはさっさと撤退しろという雰囲気になってしまいました。しかも別れの挨拶の際、ツェルドさんは肩を落とされていらっしゃいます。


「せっかく来てもらったのに、こんな危ない目に遭わせてしまい申し訳なかった。……つくづく、俺は不甲斐ない男だな」

「滅相もございませんわ。こちらこそ、海賊退治に最後まで協力できず、申し訳ございません」


 わたくしが頭を下げれば、肩をザフィルド殿下が叩いてくる。


「いや、海賊退治に直接協力しようという御令嬢の方がおかしいから……でも本当に、イスホーク殿は何も気になさらないでください。浮かれていたルルーシェと、同行者から目を離してしまった俺がいけないんですから。屋敷に戻り次第、すぐに城にも報告をあげて増援を頼みますので」

「あぁ、感謝する」


 そんな、どうもスッキリしない別れを告げて。


 わたくしたちは、また帰路の馬車に揺られる。

 馬車に乗ってすぐ、レミーエ嬢は寝息を立て始めてしまったわ。朝も無理に早起きをさせてしまったし……ずっと気を張っていて疲れたのでしょう。差し込まれた夕暮れに染まり、彼女の珊瑚色の髪がより鮮やかに咲いているように見える。寝顔はなかなかに滑稽ですけどね。


 そんな可愛い鼻を軽く摘んでみれば「ふごっ」と間抜けな音を立てて。

 そんな悪戯をしてから、わたくしはうんざり顔でこちらを見ているザフィルド殿下に、にっこり微笑んだ。


「今日のこと、しっかりサザンジール殿下にご報告お願いしますね」

「……それってもしや、きみがイスホーク殿を誑かしてたってこと?」


 海賊騒動ではなく、真っ先にそちらが思い浮かぶあたり、さすがザフィルド殿下ですわ。頭の回転が早いのか、わたくしという人間の考えをよく知っておられているのか。

 だからきっと、全部を語る必要はないのでしょう。


「ふふっ、それはお任せしますわ」

「僕は彼女の嫁ぎ先として、イスホーク殿に売り込むのかと思ったんだけど?」

「嫁ぎ先かはともかく……まあ、いい線はいってますわね?」

さすがザフィルド殿下ですわ、と誉めて差し上げたのに。彼の表情は一向に晴れない。

「ずる〜い女はどっちだよ……」


 その言葉は、聞こえないふりをして。

 わたくしが外を眺めていると、ちょうど三日月状の浜辺が見えた。あれが例の浜場ですか……。あの方が関与している場所なら、ぜひ一度行ってみたかったですわ。そして出来ることなら、素足であの場所を歩いてみたかった。きっと、本当に気持ちいいのでしょうね。


 そんなことを考えていると、レミーエ嬢がわたくしの肩にもたれかかってくる。

 わたくしはそのまま、遠いあでやかな海岸の光景を眺め続けていた。




 そして、その日の夜。

 神様はいつもよりも前のめりでした。


『きみも男遊びというのをするんだね~~』

『あら、幻滅しましたか?』


 じーっと見てくる神様に、いつものように口元に手を当てて微笑んでみせても。珍しく、彼は慌てたり恥じらったりしてくださいません。


『……わざと? 両王子に嫌われるため?』

『ふふっ、『魔性の女』というのも、悪役令嬢の嗜みの一つかと思ったんですけど……なかなかに難しかったですわね』


 そのせいで、ついレミーエ嬢を危険な目に遭わせてしまったわ。この失態は、近いうちに挽回させていただかないと……。


 しかし、とりあえず週末には再試が迫っております。

 今宵も神様とお話しながら、参考書とノートを色々と読んでいるのですが……やっぱり、昨日から解けない問題は、解決の糸口すら見えません。


 困りましたわね……わたくし、わからないものをそのままにしておくの、苦手なんですの。あと、なーんか出そうな気がするんですよこれ。なーんか。


 そうやってわたくしが真面目に勉強しておりますのに。神様は未だ、わたくしをじーっと見つめてくる。


『そこまでするんだ?』

『……昨晩の賭けがありますからね。神様相手とて、御御足を舐めるのは抵抗ありますから』

『でも猫ちゃんは自ら助けるんだね? 本当に騎士くんを口説きたかったなら、あそこは頼る場面だったんじゃ――』


 そんなつまらない会話を打ち切るように、突如わたくしは両手を打つ。


『そんなことより神様。わたくし、気になったことはございますの』

『ものすごく嫌な予感がするけど、あの浜辺の噂は本当だよ。若気の至り的な――』

『神様って、わたくしのこと横抱きにできますの?』

『……はい?』


 神様の金色の目が丸くなった。わたくしはペンを置いて、ほらっと指を立てる。


『今日、わたくしツェルド様に抱っこしてもらったじゃないですか。ツェルド様と神様って、身長は同じくらいですから。でも、神様はなんだかできなさそうだなぁって』

『は?』


 ふふっ。神様の整った眉根が、不機嫌そうに寄りましたわ。そうこなくては。


『だって神様、『長身痩躯』といえば聞こえがいいですが……筋肉なさそうじゃないですか。だからきっと、縦に長いだけで力はないんじゃないかと――』

『ほんとーに失礼な子だなぁ! 持てるから、自分だってきみくらい!』

『まあ、本当ですの?』


 わたくしは立ち上がって、神様の近くで腕を広げてみせる。持てるものなら、持ってみやがれですわ。そう挑発するように見下ろせば――神様もおもむろに立ち上がって、わたくしの膝と背中に手をかけた。


『超常的なお力はなしでしてよ?』

『そんなずるいことしないってば』


 よっ、とした一声とともに、わたくしの足は地面から離れた。

 あら、案外普通に持てますのね。特に腕や足が震えている様子もありません。『どうですか、お姫様』なんて口角を上げている顔も、無理に引きつっている箇所がございませんわ。


 でも……やはり乗り心地といいますか。安定感はツェルドさんに劣りますわね。

 だから多少わざとらしくても、わたくしは神様の首に手を回してみせますの。


『きゃ~、こわ~~い♡』

『……楽しそうだね?』


 迫真の演技、バレていますか?

 わたくしはさらに体を引っ付けながらも、口を尖らせる。


『あら、わたくしなりに神様にときめいてもらおうかと思ったんですけど』

『どうしてそーなるの⁉』

『だって、わたくしがツェルド様を弄んでいたのが面白くなかったのでしょう?』


 それに、神様は答えない。

 見上げてみせれば、わざとらしくわたくしから視線を逸してらっしゃるの。

 ふふっ、お可愛いわね。

 だから、わたくしはますます神様の胸元に寄りそう。


『どうですか? 心臓が高鳴って苦しいですか?』

『まぁ、苦しいのは事実かな。無理して明るく振る舞っているきみを見ているのが苦しい』

『……神様は本当につまらない方ですわね』


 わたくしは神様からぴょんと飛び降り、自分の席へと戻る。

 ……何よ、そんなことわざわざ言って来なくてもいいじゃない。

 どこかの知らない恋人たちに温情をかけるくらいなら、わざわざわたくしの不安を煽るような意地悪しなくても……。


 ふてくされたまま再びペンを持てば、神様も椅子に座りながら、頬杖をついた。


『大丈夫だよ。今回の勝負は自分の完勝だから。明日そのわからない問題、兄王子に教えてもらっといで』

『勝手なことおっしゃらないでください』

『勝手だよ。だって自分、神様だもん』


 ……もうっ。神様なら、『だもん』なんて可愛い語尾を使わないで。

 そして、そんな優しい目で見つめて来ないでください。気が散りますわ。 

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