2-1章『Ver2.00』好転しない未来

出会い

 これは固定された未来、2042年の話。



 疑問があった。


 未来から情報を得られるこの『Hereafter Apollyon Online』というゲームが存在し、様々な情報が現在にもたらされた。それはオレンジが得た情報だけではない。各組織は少なくはあるが未来からの情報をそれとは別に入手することに成功している。


 では何故未来は好転しないのだろうか?


 答えは目の前にあった。新聞記事だ。大臣二人が自殺。自衛隊のトップ、統合幕僚長は強姦後に拳銃で頭を貫こうとしたところを取り押さえられた。


 日本だけの話ではない。アメリカ、ロシア、中国、フランス、ドイツ。どの国でも上層部に近い人間ほど死ぬか、もしくは未来を放棄したような振る舞いを見せている。


 それを見ながら男は静かに自らの胸に拳銃を向ける。心臓を通れば改造人間であったとしても即死は免れないが故に。最期に家に設置していたVR機器に目をやり、無言で引き金を引く。滴る血液が無表情に床を濡らしていた。


 2040年の3月のメンテナンスからはや2年。『Hereafter Apollyon Online』は今日も再稼働していない。



 ◇


 2040年4月6日。大学の入学式が終わった3日後の事である。俺はあれから何事もなく、ぬるりと大学生になっていた。


 入学式、なんていっても大したことはない。せいぜい皆で集まって話を聞くだけの儀式だ。こう言ってしまえるのはオンラインでの授業に慣れすぎたかもしれない。集まる必要あるか?と思いながらネクタイに四苦八苦し、結局紅葉に手伝ってもらった記憶がある。


 この時代、大学の授業は基本的にオンラインだ。実験や本人確認を兼ねたオリエンテーションを除いて大学にて他の学生と顔を合わせる機会は殆ど無い。だからこそ紅葉とレイナが同じ大学であることに喜んだのだ。


 そう、ボッチ問題である。一人だと余りにも情報が無いのだ。例えば。


「講義の登録、どうやればいいんだ……?」


 こういった問題である。通常のサービスとは違い大学生のみ、しかも学科ごとに何を取るかが違うため情報が回ってこないのだ。


 文系の外国語学部なら留学するのが一般的だよ、とか理系ならとにかく授業を詰め込まないと留年の危機もある、とかそういった類が一つもこないのである。そのため学内掲示板が存在するのだが答える人も多くなくたまに嘘や古すぎる情報が混ざるのでこれも難あり。


 そこで登校、リアルで接触するという選択肢が出てくるのだ。各サークルは正に今新入会員を集めている真っ最中である。そこに潜り込んで情報を集めよう、というわけだ。とはいっても入りたいサークルがあるわけではない。だから聞くだけ聞いて早く離脱したい、というのが本音であった。


 ……本当のことを言うと紅葉やレイナに聞けば終わりなのだが欠片だけ残った俺のプライドがそれを許さなかったというか。流石に最近世話になりすぎていると感じるのだ。



 そんなわけで周囲を見渡す。それぞれのサークルは教室を出し各々勧誘を行っている。学生番号とパスワードを入力すればそれぞれの活動場所を中継している様子が見えるというのだから便利なものである。だが肝心の人はあまり多くない。最盛期とは異なりサークル文化がインターネットに吸収されていくことで規模が小さくなっているのだ。



 体がそこまで大きくないこともあり体育会系には声をかけられないし、かといって文化系はどこか入りにくい空気が残っている。ゲーム部、とはいっても最近メジャーゲーはやってないしなぁ。『HAO』はメンテナンスが最近終わったけれどいつサービス終了するかわからないのでログインしていない。端末に表示されるようなメジャーな協力型ではなく一人向けの積みゲーを静かに崩しているのが最近の俺である。


 どうしよう、と悩んでいる俺の前を存在感のある二人組が通り過ぎていく。いかにも真面目そうな眼鏡の背の高い男と俺より背の低い、こう言っては何だが遊んでそうな派手な女という組み合わせであった。そして男のカバンには今日買ったのか教科書が複数あり、そのうち1つのタイトルが見える。『機械工学基礎Ⅱ』。俺の使う予定の一つ先の教科書である。


 それを見た瞬間俺は立ち上がっていた。彼女の前なら後輩に親切にしてくれるだろうという下心だらけで眼鏡先輩に話しかける。


「すいません、ちょっと聞きたいことがあるんですが……」


 偶然とは面白いものである、と後から振り返ってそう思わざるをえない出会いであった。声をかけられた眼鏡先輩は不快そうな様子はなかったがどこか気難しそうな雰囲気であり、そしてもう一人は目を見開きか細い声を絞り出す。


「……オ、レンジ……?」


 そう、今日の服はオレンジ色なのである!

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