第21話 鋼鉄の敵は獣に兜を譲る


『ニューワールドスポーツセンター』は、機人居住区の外れにある古い体育館だった。


 俺は煤けた控室の隅で、重吉と華怜が対戦相手の抽選から戻ってくるのを待っていた。


「決まったぞ、懺。今売り出し中の『アイアンウッドジム』の新人だ」


「相手の名前は?」


「ゲイル西崎。新人だがストリートファイトの猛者らしい。奴の拳は『ヤルングレイプ』と言って金属ボディの機人も砕くという触れ込みだそうだ」


「いきなり硬そうな相手ですね。公式グローブでも歯が立たなそうだ」


「そう言うと思って哉さんから『アイアンブラスト』を預かってきたわ」


 華怜はそう言うと、すっかり目になじんだオイル缶を俺の前の差し出した。


「気をつけろ懺。聞くところによると『アイアンウッドジム』の機人ファイターは全員、金属ボディらしい。人間が奴らのどこを狙ってくるかも研究済みだろう。容易に身体をこじ開けさせてはくれないぞ」


「まずは敵の拳を喰らわないことです。まともに喰らったら落とした果物みたいに一瞬でお陀仏だ。出来るだけ早めに、それもできるなら一発で沈めたい」


「できるか?」


「やってみせますよ。動きさえ速くなきゃ、この間の瀬戸ほど怖くはない。なにしろこっちは一度、あの開堂と戦ってるんですからね」


 俺は大口を叩くと、防具一式を抱えて廊下に出た。とにかく相手の姿を拝まないことには心の準備だって整わない。


 俺たちがリングに向かって歩いていると、ふいに脇のドアから見覚えのある顔が現れて俺たちに一瞥をくれた。


「……瀬戸?」


 俺が小さく漏らすと、数日前に戦ったばかりの男は「地獄で会おうぜ」というように口を動かした。だが奴の『予言』など今の俺には興味の外だ。俺は瀬戸を視野から追いだすと、歩調を速めた。今、俺が一番会いたいのは金属の塊だという『ゲイル西崎』だった。


 試合の会場に足を踏みいれた俺は、一癖ありそうな観客たち――おそらくはプロモーターたちだろう――を見てげんなりした気分になった。こいつらはできるだけ獰猛な、若いファイターを探し出そうとやって来ているのだ。


「重さん、一戦目で負けた奴はどうなるんだい?」


 俺が背後の重吉に問うと、「決まってるさ。即座にお引き取りだよ」と明解な答えが返ってきた。


「勝った奴は二回戦に上がれる。二回戦はほぼすべてのプロモーターたちがリングの周りを囲み、どちらがデビューさせるにふさわしいかを見極めるってわけだ」


「なるほど。二回勝てば、ファイターとしてのデビューはほぼ決定ってわけだ」


「そうだ。勝った方はその場でデビュー戦の仮契約を結ぶことができる。一方、負けた方はジムに戻って二番手、三番手のプロモーターに釣り上げられるのを待つしかない。……まあ、どっちにしても初戦を制さないことには話にならないがな」


 俺は「やれやれ、デビュー戦までの道のりは果てしないな」と肩をすくめ、リングに近づいた。


 反対側のリング下には敵ファイターと『アイアンウッドジム』のスタッフらしき人影がたむろしていた。ロープ越しに向こうを透かし見た俺は、ファイトの準備をしているいかつい男に目を奪われた。


 ――あれが『ゲイル西崎』か。


 西崎の肉体は一見、人間の身体と区別がつかないように見えた。が、その表面は金属特有の鈍い輝きを放ち、かなりの硬さであることが用意にうかがい知れた。

 今までの癖でどこかに開閉する部分はないかと敵の身体を注視していた俺は、西崎が突然とったある行動に「おや」と首をかしげた。


 西崎は一度つけかけた金属製のグローブをトレーナーに返し、なにやら説明を始めたのだった。


 ――まさか、相手が強化されていない人間と知ってグローブの装着を避けたんじゃないだろうな。


 俺は気づくとリングの脇を回って相手側のコーナーへと移動を始めていた。


「……よう、ゲイルの旦那。手加減するつもりかい?」


 俺はマナー違反と知りつつ、試合前の敵に声をかけたのだった。


「あんたは?」


「一回戦であんたの相手をする、『アイアンブロージム』の北原だ。人間だよ」


「そうか、あんたが俺の相手か。このグローブのことを言ってるのなら、お門違いだ。俺は手加減などするつもりはない。対戦相手を死なせないようにしているだけだ」


「どういうことだ?」


「この『ヤルングレイプ』をつけて人間の頭を殴れば、まず確実に死ぬ。ダウンさせるだけならただの拳で充分だ。別にハンデだと思う必要はない」


「なめられたもんだな」


「自衛策と言ってほしいな。……そら、ついでにこいつも貸してやる。『エギルス・ギア』だ。こいつを被ってれば、俺のストレートを受けても死にまではいたらない」


 西崎が俺に寄越したのは、金属製のヘッドギアだった。


「不要だと言ったら?試合中、顔面には一発もヒットはさせないつもりなんだが」


「俺の保険だよ。そっちは殴れらない自信があるかもしれないが、俺の方もお前さんを脳震盪でマットに沈める自信がある。普通のヘッドギアなら頭蓋骨が粉々になるからな」


「いいだろう、被ってやるよ。その代わり、お前さんもそのなんとかってグローブをつけろ。そいつでこいつを殴ったらどうなるか、お互いの身をもって実験しようぜ」


「面白い。万が一のことがあったら、悪いが天国行きの切符は自分で都合してくれ」


「気遣いは無用だ。俺には地獄で待ってる相手がいるんでね、どのみち天国へは行けない」


 俺は西崎から渡されたヘッドギアを携え、目を丸くしている重吉たちの元へ引き返した。


              〈第二十二話に続く〉

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