第20話 人に似た敵は獣の心を粉砕する


「着いたわよ。案内するからついてきて」


 俺と華怜を乗せたトラックが停まったのは、場末の修理工場を思わせる作業場だった。


「ここは?」


「ニコの知り合いの機人再生工場よ。今日は貸し切りにして貰ったから誰にも気を遣う必要はないわ」


「機人再生工場だって?頭脳を他のボディーに移し替えるって事かい?」


「逆よ。ここは重傷や不具合で休止状態になった機人が体を新調した後、不要になったボディを購入して再利用する工場よ」


 俺ははっとした。壁際にうず高く積まれたスクラップは形状こそ重機のような物、鎧のような物など様々だが、よく見ると確かにどれも『人の身体』に違いなかった。


「こんなところに連れてきて、いったい何を見せようってんだい、お嬢さん」


「華怜でいいわ。実はあなたのために一体、特別仕様の再生機人を購入したの」


「機人を購入した?マザーファクトリーの許可なしに機人の人身売買をすることはできないはずだぜ」


「ごめんなさい、正確に言うと購入したのは機人の『身体』だけ。つまり前の持ち主の頭脳を外した身体に戦闘用AIを入れた機人そっくりのロボットを購入したってわけ」


「機人じゃない?……つまりスパーリングロボット同じってことか?」


「そういうことになるわね。見た目は人間っぽいけど、こう見えてもボディは金属よ」


「金属……」


「もうわかったでしょ。お披露目試合で金属ボディの新人と当たったら、嫌でも『アイアンブラスト』で中身をこじ開ける戦いになるわ。そのための訓練をしに来たの。人間そっくりの機人に穴を開け、中のケーブルを引きずりだす訓練をね」


「……なるほど、それで俺にこいつを持ってこさせたのか」


 俺はポケットからオイルの缶を取り出すと、華怜の前で振ってみせた。『アイアンブラスト』は試合で必要なとき以外、哉に預かって貰っている。持ちだすのは三日ぶりだった。


「そうよ。『アイアンブラスト』を装着したらロボットのスイッチを入れるわ。後は相手の動きが完全に止まるまで攻撃を続けるだけ」


「おい、ちょっと待ってくれ。途中で止めたいときはどうするんだ」


「どうすれば相手が止まるかって?それを見つけ出すのがファイターの仕事でしょ。……じゃあ、対戦相手を紹介するわね」


 華怜はそう言って作業場の隅に足を運ぶと、放置されている一体の機人ボディーに起動キーを差しこんだ。機人ボディーはまだAIが動いていないらしく、ぎこちない動きでやって来ると俺の正面で足を止めた。


「こいつが、スパーリングの相手か。……まるで人間だな」


 俺の前に立ったスパーリングロボットは精悍な男性で、肉体もトレーニングで鍛えた人間のアスリートに似ていた。だが、華怜によればその肉体は金属なのだという。


「準備はいい?プログラムを作動させるわよ」


 なんとか『アイアンブラスト』をつけ終えた俺に、華怜がゴング代わりの言葉を放った。


 気乗りしないまま俺が身構えるとロボットは両目を光らせ、前傾姿勢を取った。


「来いよ。金属野郎」


 俺が挑発すると、相手は無表情のままいきなり俺に向けて拳を放った。


「――遅い!」


 俺は相手の繰り出すジャブを交わしながら、目で弱点を探った。攻撃の単調さからすると、どうやら搭載されているのは安物のAIのようだ。


 ――だが、問題はこっちの攻撃がどのくらい響くかだ。


 俺は相手の素人のような攻撃をやり過ごしながら、最初の一打を打つタイミングを計った。打とうと思えばいつでも打てるが、金属のボディーを打った時のダメージが想像できない。拳を固めたままためらっていると、ふいに脳裏に波の顔が浮かんだ。


 ――あなたなら、最強のファイターになれると思うからです。


 そうだ、相手が金属だからと躊躇っていては、開堂と互角に戦うことなど夢物語だ。


 俺は覚悟を決めると、一瞬の隙をついてがら空きの胴にブローを叩きこんだ。


「――うっ!」


 金属を殴った衝撃が拳に伝わり、俺は思わず呻き声を漏らした。痛さはさほどでもない。……が、こんな硬さの物を打ち続けていたらすぐに拳が駄目になってしまう。

 俺は焦った。機人は人間のように決まった場所に内臓があるわけではない。ひたすら打てばダメージが溜まるわけではないのだ。


「こうなったらわかりやすい部位を狙うしかない。だが――」


 俺は顔面を打たれぬよう、右に左にとディフェンスを繰り返しながらストレートを放つタイミングを計った。問題は、いかにロボットとはいえ人間そっくりの顔に『アイアンブラスト』を叩きこんでよいものか、ということだった。


「気をつけて懺君。速度を上げてくるわよ」


 華怜が言った次の瞬間、ロボットが予想外の速さで拳を繰りだしてきた。俺は紙一重のところで相手の攻撃をかわすと、フックを相手の顔面に叩きこんだ。拳がめり込み、歪んだ相手の顔を見た瞬間、俺の中に一つの映像が甦った。


 ――おじさん、ごめんなさい、ごめんなさい――


 軟質素材らしい相手の顔面は俺の一撃に大きく歪み、鼻血らしき物が飛び散った。その顔がかつて俺が殺めた機人アスリートを想起させ、俺はほんの一瞬、十五年前に戻っていた。


 俺が思わずガードを解き、空白が生じた瞬間、鋼鉄の拳が唸りを上げて俺の顔面を直撃した。


「――うっ!」


 金属の塊をまともに食らった俺はそのまま仰向けに倒れ、床に後頭部を打ち付けた。


 ――幻だ。『あいつ』とロボットが似ているはずがない。


 俺はかろうじて立ちあがると、再び人間そっくりなロボットと向き合った。


 ――今度はためらわないぞ。恐らく胸の中心がハッチだ。


 俺は相手の繰り出す拳をかわすと、『アイアンブラスト』を相手の胸元に叩きこんだ。


「ギ―ッ!」


 俺の一撃を喰らった瞬間、相手の身体に無数の『継ぎ目』が現れ、鈍い光を放った。


「――そこだっ!」


 俺は胸元に現れた太い継ぎ目に指を突き立てると、強引にボディーをこじ開けた。


「ギ……ギ……」


 広がった裂け目の奥に見えたのは、無数の精密機械とケーブルの束だった。俺は一番手前にある装置を鷲掴みにすると、絡みついているケーブルごと力任せに引きちぎった。


「ぎゃあああっ!」


 俺の腕を電流が走り抜け、装置をむしり取った裂け目が火を噴くのが見えた。

 俺が離れると相手の目が光を失い、俺より頭一つ分大きな身体が音を立てて床に崩れた。


「……やったわね、懺君」


「ああ。……だが対戦には嫌な現象が伴うこともわかった」


「どういうこと?」


「奴が最後にはなった悲鳴が、俺にはこう聞こえたんだ。「死にたくない――」と」


 俺はたった今倒した相手を見下ろし、自分が受けたダメージに戦慄した。マシンファイトで相手を叩きのめすことは、己の精神を少しづつ破壊する危険と表裏一体なのだ。


              〈第二十一話に続く〉


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