第19話 予言者と名乗る男は火花を放つ


「俺の名はウィーゼル瀬戸。お披露目試合のファイトで会う前に、腕を見させてもらうぜ、北原懺」


「馬鹿なことを言うな。公式ファイト前の手合わせはご法度だろう。ばれたら出場資格をはく奪されることもあるんだぜ」


「ちょっとしたおふざけさ。この程度の軽いトレーニングで怪我をするようなら、そもそもエントリーしない方がいい」


「今すぐ出て行け。さもないと警察を呼ぶぞ」


「いいとも、好きなようにしてくれ。ただし、その前に――」


 瀬戸が最後まで言わずに動くのを悟った俺は、左からきたフックらしき拳を上体をのけぞらせてかわした。


 ――速い。……だが開堂ほどじゃない。


 俺が次の攻撃に備えると、今度は敵がストレートの構えを見せた。俺がカウンターのタイミングを計った瞬間、来るはずの拳が空中で消え、同時に瀬戸の姿も目の前から消えた。


 ――何だ?


 俺が訝った直後、左の脇腹をこん棒で殴られたような衝撃が見舞った。


「……ぐっ」


 よろけながらもなんとか堪えた俺の鳩尾に、今度は敵の膝が襲い掛かった。深々とめりこんだ膝が消えると俺はその場で身体を折り、呻きながら膝をついた。


「なぜだ……二発とも、見え……なかった」


「あんたの戦い方は俺の記憶回路にインプット済みなのさ、北原懺。俺の情報処理能力は普通の機人の三倍以上だ。あんたが少しでも動けば、俺はその先を読んでフェイントをかけることができるってわけだ」


「まさか最初のフックも、その次のストレートも気配だけだったってのか」


「そうだ。あんたは俺の攻撃を決して予測することはできない。もしお披露目試合で対戦したとしても、あんたは俺に一撃も浴びせることなくマットに沈むだろう。これは予言だ」


「あいにくと予言や占いの類は信じないたちでね」


「そうか。なら仕方ない。今、この場で信じさせてやることにしよう」


 しゅっという呼気と共に瀬戸の姿が消えた瞬間、俺は思いきり重心を低くした。


 ――上か?……横か?


 俺が『本体』の気配を見きわめようとした、その時だった。鉄の塊で殴られたような衝撃が俺の後頭部を襲い、俺は前方に吹っ飛んでそのまま顔面から倒れ込んだ。


「うう……馬鹿な」


「俺の動きを読めるとでも思ったのか?予言したはずだ。お前は俺に触れることなく倒されると」


「予言はもう結構だ……」


 俺はどうにか立ちあがり、瀬戸の方に向き直ると何度目かのファイティングポーズを取った。


「いいだろう。軽い手合わせのつもりだったが、そうまでこの俺を軽んじるなら予言を現実にしてやる。お披露目試合に出られなくても文句は言うなよ」


 瀬戸が重心を下げ、左手を引くような仕草を見せた。――違う、左じゃない。


 俺は身を引きながら視線を右下に移動した。――来る、蹴りだ!


 俺が咄嗟に身体を捻った瞬間、瀬戸の右脚が消え失せた。――しまった、これも幻だ!


 本能的にのけぞろうとした俺の左側で何かか唸る気配があった。


 ――フックだ、間に合わない!


 俺が直撃を覚悟した、その時だった。ふいに拳の気配が消え、「ううっ」という瀬戸の呻き声が聞こえた。前を向くと、瀬戸が拳を固めたまま小刻みに震えているのが見えた。


「……一体、何が?」


 俺は周囲を見回し、やがてジムの裏手に見える物体に目を止めた。それは動作不良を起こして火花を散らしている、スパーリングロボットだった。


 ――あれが原因か。……何か、機械同士で見えない影響を及ぼし合っているのか?


 俺がそんな風に事態を理解しようとした時、ふいに近くで「――懺、これ!」という華怜の声がして何かが投げつけられる気配があった。


「――これは!」


 俺が反射的に受け取ったのは、マシンファイト用の公式グローブだった。俺が慌ただしくグローブをはめた瞬間、「くそっ、今度こそフィニッシュだ!」という声が間近で響いた。


 俺が声の主――瀬戸に向き直った直後、なりふり構わぬストレートが眼前に迫るのが見えた。だが、獣が危機を察知するように俺の腕が一瞬早く伸び、敵の顔面を捉えていた。


「――がっ!」


 クロスを浴びた瀬戸は後方に吹っ飛び、コンクリート製の物置に激突した。壊れた人形のように崩れた瀬戸はしばらく手足を伸ばしじっとしていたが、やがてむくりと体を起こすと「まさか……この俺が反撃を喰らうとは」と憎悪に満ちた呟きを漏らした。


「スパーリングロボット……ジムの備品が俺を助けてくれたんだ。予言が外れたな」


「覚えてろ、お披露目試合で対戦する時は、一発も喰らわずにお前を沈めてやる」


「また予言か。いくら言っても効果はないぜ。人間の耳ってのは、悪い知らせを聞かないようにできてるんだ」


 俺がそう言い放つと瀬戸は「お前はデビュー戦の前に消されるだろう、北原懺」と不気味な捨て台詞を残し、ジムの敷地から立ち去った。


「ふう……まったくデビュー前からアクシデント続きだな、このジムは」


 俺がグローブを外しながらぼやくと、華怜が「まだまだ所の口よ」と言って瀬戸が立ち去ったあたりを見つめた。


「でも懺君、あなたならああいう連中を黙らせてのし上がることができるわ。強敵を倒すのに遠慮はいらない。マットに沈むのは対戦相手の方よ、いい?」


 たった今ダウンしかけた男に檄を飛ばす華怜に俺は「せいぜい、努力するよ」と気のない態度で応じた。


「兄さん、無理はしないで。ぼろぼろにされるくらいなら、負けたってかまわないわ」


 俺は不安げな哉の肩を叩くと、「大丈夫だ、予言しといてやる。俺は必ず勝つ」と言った。


              〈第二十話に続く〉

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