第236話 『精神世界』 蠢く呪い
――扉を開けた先に、プレデターはちゃんと居た。
無事とは言い難い。
黒椿に支えられるプレデターの瞳は虚ろで、見るからに苦しそうだった。
でも、ちゃんと生きている。
それを確認できただけでも、俺は満足だった。
そこから俺はプレデターに声をかけ続けた。反論を許さない。そんな気持ちを込めて矢継ぎ早にかたりつづけた。
生きる目的なんて要らない。
生まれてきた意味なんて無くたっていい。
他の誰でもない、父親である俺がプレデターに生きていて欲しいんだと伝えたんだ。
そんな俺の言葉が届いたのか、プレデターは泣きながらも”私も生きたい”とはっきりと言ってくれた。
その言葉を聞いて直ぐに、俺は娘を抱きしめたい気持ちに駆られたがそうもいかない。
何故なら――娘であるプレデターの体から禍々しい赤紫色の煙が這い出る様に現れたからだ。
「黒椿ッ!! プレデターは!?」
「だ、大丈夫!! かなり弱ってるけど、命に別状はないから!」
突如として現れた煙が上空へと集まり始める中、俺はプレデターの容態を心配して黒椿へと声を掛ける。そうして返って来た黒椿の言葉を聞いて安堵していたが……落ち着いていられる程、時間がある訳でもなさそうだった。
「藍様、あれが呪いの正体です」
「……あれが、呪い?」
隣に立つウルギアにそう言われて、俺は上空へと視線を向けた。
そこにはプレデターから漏れ出るあの赤紫色の煙が集まり、うねうねと動く球体が浮かんでいる。
不気味な球体、それだけの筈なのだが……どことなく悪寒を覚えるのは何故だろうか?
そんな疑問を抱いていた直後――
「藍様!!」
「ッ!?」
俺の名前を叫ぶウルギアに抱えられ、ウルギアは俺を抱えたまま後方へと飛び退いた。
いきなりの事に困惑したが、ウルギアに抱えられる前に俺が立っていた場所を見て、俺は感じていた悪寒の正体に気づかさる。
あれが立っていた場所には、上空から赤紫色をした煙が降り注ぐように地面へと落ちて来ていた。
やがて上空に浮いていた全てが地面へと降り立つと、地面を這うように蠢いて再び球体へと戻り始める。
「どうやら、間違いなく呪いは藍様を狙っているようですね……」
「プレデターの体から急に出てきたのも、俺が姿を現したからって事か……【漆黒の略奪者】の言う通りだったな」
そんな会話をウルギアとしていた俺は、視線を赤紫色の球体から黒椿が抱えるプレデターへと移す。
そこには黒椿によって神属性の魔力を少しづつ注がれているプレデターの姿があり、神属性の魔力が入るのと同時にその小さな体からは赤紫色の煙がまだ出続けていた。
どうやら、呪いはまだプレデターの体内に残っているらしい。
「ウルギア、どうやらプレデターの体内にはまだ呪いが残ってるらしい。出来るだけプレデターたちから離れつつ呪いの攻撃を退ける事は出来るか?」
「もちろんです。藍様に指一本触れさせはしません」
「はは、頼もしいな」
はっきりとした口調で言い切るウルギアに、自然と笑みが込み上げて来た。
そんな頼もしい女神と共に、俺は呪いの塊である球体と対峙する。
あまり距離を置いてしまうと、呪いがプレデターの元へ戻ってしまうのではないかと不安になったが、幸か不幸か呪いの俺に対する執着は強いらしく、プレデターたちの居る部屋の最奥から出入り口付近まで移動しても、問題なく呪いは浮上しながら俺へを狙って追いかけて来た。
蠢く球体からは触手の様な物が何本も伸びてウルギアが抱える俺を目掛けて襲って来る。それをウルギアは”転移魔法”を駆使して紙一重のタイミングで綺麗に交わし続けていた。
指一本触れさせないと豪語していた様に、俺に球体から伸びる触手の様な物が当たる事はなく、ウルギアの凄さを再確認することが出来た一幕となった。
そうして、ウルギアが呪いの攻撃をかわし続けていると赤紫色の球体が不気味に点滅し始め、俺目掛けて伸びていた触手の様な物も球体へと戻って行く。
「藍!! プレデターちゃんから呪いが出なくなったよ!!」
突然の球体の異変に困惑していると、黒椿から声が掛けられた。
どうやら、プレデターの体から完全に呪いが抜けたらしい。
視線をプレデターの方へ向けると、確かに赤紫色の煙が出ている様子は無かった。
「よし、よく分からないけど動いていない今がチャンスだな……」
そう判断した俺は、ウルギアから離れて立ち上がると腰に差していた双黒の封剣を手に取る。
そして、未だに不気味に点滅を続ける呪いに対して左手の外封の刃を向けて、その能力を発動するのだった。
外封の能力によって、赤紫色の球体を中心に半径5m程の結界が発動する。結界は静かに輝いていて、円状に張り巡らされた結界内の地面と天井には六芒星の様な模様が浮かんでいた。
「これが藍様の【神装武具】の能力ですか……」
そんな光景に隣に立つウルギアがそんな言葉を漏らす。
しかし、俺も初めて能力を使うので正直これで合っているのかどうか分からない。
心配になった俺が結界に近づいてみて手を伸ばすと、バチンと何かに弾かれる様な感覚を覚えた。
「藍様ッ」
「ああ、大丈夫大丈夫。どうやらちゃんと結界としての効果は出てるみたいだな」
慌てた様子でウルギアが駆け寄って来るが、静電気を喰らった様な感じだったのでそこまで痛くはなかった。
その事をしっかりと伝えると、ウルギアも自身の右手を伸ばして体験し、俺と同じような結果になってようやく納得してくれた。
まあ、それでも「自ら試すような真似はやめてください」と怒られてしまったけど……。
「とりあえず意外と簡単に結界内へ閉じ込められた訳だし、もしかしたらこのまま内封に封印する事も出来るかもしれないな」
てっきり、もう少し抵抗されたり暴れたりするものだと思っていたけど、現状そんな様子もなく呪いは唯々点滅を続けて天井近くに浮いている。
先程までの緊張から一気に脱力していた俺はそんな軽口を言えるくらいには落ち着いていた。
「それでは、試してみますか?」
俺の隣に並ぶウルギアにそう言われるが、その言葉に頷く事はなかった。
「いいや、とりあえずはプレデターの事が先だ。出来るだけ早く安全な外へ移してあげたい。ウルギア、黒椿の手伝いを頼めるか?」
「……」
俺が頼むと、ウルギアは俺と結界内に居る呪いを交互に見つめて心配そうな顔を作る。どうやら、なるべく俺の傍から離れたくない様子だ。
「大丈夫だよ。呪いも結界に封印出来たし、さっき試した通り結界はしっかりと機能している。今は一刻も早くプレデターの安全を確保したいんだ」
「…………わかり、ました」
本当に渋々と言った感じにウルギアは答えて、最後に「直ぐに終わらせてきます」と小さく呟いてから黒椿の元へと転移して行った。
その態度に若干呆れてしまうがウルギアらしいと言えばらしいので、別に怒るようなことではないなと俺は苦笑を浮かべて、プレデターの元へとゆっくりと歩き始めた。
――この時の選択を、俺は後悔する事になる。
パキ……。
――この時、ウルギアの懸念をもう少し受け入れていたら。
パキ、パキパキ……。
――先に呪いの処理を優先していれば……。
ガシャンッ!!!!
「なっ!?」
「「藍(藍様)!!!!」」
「二人とも、来るな!!」
――こんな結末に、ならなくて済んだのに。
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【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
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