第235話 『精神世界』 時、満ちる。
青白い光の道を進み続けた俺達は、やがて巨大な両開きの扉の前へと辿り着いた。
漆黒の扉には幾重にも漆黒の鎖が巻き付けられている。それはまるで、何かを封印している様にも見えた。
俺は見覚えのある漆黒の鎖を見て、【漆黒の略奪者】へと声を掛ける。
「なあ、この鎖って……」
『ん? ああ、これはオレの能力の一部だな』
「【漆黒の略奪者】って魔力を解放する以外にも戦い方があるのか?」
『いや、オレも能力とは言ったが実際の所はそんなに大層なもんじゃねぇよ。要は【漆黒の略奪者】を発動している最中に相手へ向ける魔力を”魔力装甲”で物質化しているだけだからな』
「ああ、そう言う事か」
【漆黒の略奪者】の話は俺にとっては盲点だった話であり、納得のいく説明だった。
今までは膨大な魔力を対象にぶつける事で奪う能力を発動させていたけど、その本質は俺の漆黒の魔力に【漆黒の略奪者】の能力を加えた物……つまりは魔力である訳だから”魔力装甲”を応用すればどんな形でも扱う事が出来るのか。
いや、そもそも【漆黒の略奪者】を発動した直後に俺の体を覆う漆黒の装備も”魔力装甲”で物質化した物なんだから気づけよって話だけど……。
でも、この漆黒の鎖が【漆黒の略奪者】の能力だと言う事は……。
「……此処なんだな? プレデターが居るのは」
『ああ、この先に居る』
確認の為に【漆黒の略奪者】に聞くと、【漆黒の略奪者】は真っ直ぐに扉へと視線を向けてそう答えた。
そうして、俺達が複雑な心境を胸に扉を見つめていると――扉の向こうから何やら叫び声が聞こえて来る。
『――!! 私は――ら!!』
「プレデターッ!!」
「藍様! お待ちください!」
『たく……』
聞き覚えのある懐かしい声に、俺は扉の直ぐ側まで近づき聞き取りずらいその声を聞こうと耳を澄ます。
そんな俺の背後には、心配そうに俺に駆け寄るウルギアと呆れながらも俺と同じように扉に耳を傾ける【漆黒の略奪者】の姿があった。
扉に近づいた事によって、中から聞こえていた声がさっきよりも聞こえやすくなった。
どうやら、既に内部に侵入している黒椿とプレデターが言い合っているらしい。内容からして、俺の行動を止めなかった黒椿に対してプレデターが怒っている様だ。
二人の言い合いはどんどん加速して行き、次第にプレデターの声が悲痛なものへと変わっていった。
『――どうして……どうして私なんかの為に、パパが傷つく必要があるの!?』
『分からないの!? 君の事が大切だからだよ!! 守りたいって思ったからだよ!! だから僕も、藍も、こうして必死に君を守る為に動いているんだ!!』
泣いているのだろうか?
プレデターが泣き声混じりに声をあげる。
そんなプレデターの言葉に黒椿も必死に声を上げて返していた。
『そんな必要はない!! 私は元々、生まれる筈の無かった存在……無価値で、無意味で、何の使命も持っていない……生まれた理由すらない存在なんだから!!』
「ッ……」
その言葉を聞いて、俺は握りしめた拳に強く力を込めた。
『行くのか?』
「ああ……母親である黒椿が頑張ってるんだ。俺もあの子の父親として、ガツンと言ってやらないとな」
『そうか……なら、後は任せたぜ?』
俺の肩を掴み、そう告げる【漆黒の略奪者】に俺は強く頷く。
そして、腰に差していた内封を取り出して、俺は【漆黒の略奪者】へと向けた。
『なあ、一つ聞いていいか?』
「なんだ?」
『正直に答えろ……お前、最初に行う策が成功する確率はどれくらいだと思ってる?』
……その質問の真意に、俺は察しがついている。
誤魔化す事も出来るんだろうけど、俺は【漆黒の略奪者】の真剣な様子を見て、嘘を吐いてはいけないと思った。本当に感覚的な事だから上手くはいけないけど、俺の魂から生まれた存在であるこいつには、これ以上嘘を吐き続ける訳にはいかないと思ったんだ。
「……正直、一割もないと思う」
そんな俺の言葉に【漆黒の略奪者】の背後に立つウルギアが悲し気な表情を浮かべている事に気が付いた。
驚くのではなく、悲しんでいると言う事は、ウルギアも薄々は気づいていたのかもしれないな。
一方で、俺の本心を聞いた【漆黒の略奪者】はというと……。
『くっくっくっ……あははは!! そうか! 一割か!!』
「貴様……何がおかしい!!」
楽し気に、それも満足そうに笑っていた。
その笑顔は今までの様な不敵な笑みではなく、本当に楽しそうに笑っている。
しかし、俺の不幸ともいえる事実に対して楽し気に笑う【漆黒の略奪者】をウルギアは許せないとばかりに怒っていた。
そんなウルギアの叱責に、意外にも【漆黒の略奪者】は素直に謝罪をするのだった。
『悪い悪い、別に馬鹿にした訳じゃねぇんだ。嬉しかったんだよ。オレの基となった存在であるこいつが――”制空藍”という人間が、オレと同じくその命を懸ける行為に出たとしても……プレデターという一人の子供を救う為に動く奴なんだって分かって、嬉しかったんだ』
「【漆黒の略奪者】……」
『約束する、外の事は任せておけ。お前がプレデターを守るのなら、オレが外の全てを守る。だから……頼んだぜ、藍』
「ああ、プレデターの事は任せろ。だから、みんなの事は頼んだぞ――相棒」
そうして、俺は【漆黒の略奪者】へと短剣の刃を向けて内封を発動させる。
やがて【漆黒の略奪者】の体は粒子の様に細かい光へと変わっていき、短剣へと吸収されていった。
そして、【漆黒の略奪者】が封印されたのと同じタイミングで目の前に立ち塞がる漆黒の鎖は粉々に砕ける。
「……行くぞ、ウルギア」
「はい、どこまでも御供致します」
漆黒の鎖が消えた扉を前に、俺はウルギアへと声を掛ける。
両手で扉に触れた俺は――全てを力を出し切る様に両開きの扉を開くのだった。
――私は……何の為に生まれたのだろう。
そんな疑問を持つようになったのは、パパを守る為に自分自身を漆黒の鎖で縛りあげた頃からだったっけ?
もしかしたら、それよりも前からずっと考えていたのかもしれないけど、もう思い出せない。
痛みも、憎しみも、苦しみも、段々と薄れて行ってもう体の感覚すらあまり感じない。
それでも、パパとママの事は考えていた。
大好きなパパとママ。
二人が幸せに過ごしてくれるなら、私はそれだけで満足だった。
幸せだった。
幸せだった……。
幸せ……だった……のに……。
いつからだろうか――そこに、私も一緒に居たいなんて思い始めたのは……。
パパと一緒に遊びたい。
ママと一緒にお風呂に入りたい。
パパとママと一緒に暮らしたい。
そんな叶わぬ望みを抱く様になったのは、いつからだっけ……。
でも、私には使命が出来た。
私が生まれた理由が出来てしまった。
パパの身代わりになるという、大事な使命であり理由である役目が出来てしまった。
だから、私は諦める事にしたんだ。
幸せな生活を、私がパパとママの傍にいる幸せで……温かい生活を、諦めたんだ。
それなのに……。
「どうして……パパを止めてくれなかったの!?」
「……止める理由が、僕には思いつかなかったからだよ」
諦めた直後に、ママは笑って”パパを止められなかった”と言ったんだ。
私は怒りが込み上げてきた。
せっかく私が身代わりになったのに……私が消える事で、パパが救われるのに……どうしてママは私の使命を邪魔するのだろうかと。
そんな私の怒りに対して、ママは何故か笑みを溢していた。
「ッ……何で笑っていられるの? パパが死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「……大丈夫だよ、プレデターちゃん。藍はかっこよくて、優しくて、頼りになって、誰よりも強い――君のパパなんだから」
優し気に笑うママに、私は混乱していた。
どうしてママは、パパを守ろうとしないの?
ママにとって、パパが一番なんじゃなかったの?
「どうして……パパが傷ついちゃうかもしれないんだよ? 死んじゃうかもしれないんだよ?」
「大丈夫……君のパパはとっても強いから。そりゃあ傷ついちゃうかもしれないけど……全てが終わったら、僕が治しちゃうから大丈夫!」
私の望む答えを返してくれないママに、イライラとした気持ちが込み上げてくる。
憎い、どうしてわかってくれないの?
私は……パパの身代わりになる為に生まれたのに!!
「私の事なんてどうでもいい!! 私はパパの身代わりになる為に生まれたんだ!!」
「ッ……」
「――どうして……どうして私なんかの為に、パパが傷つく必要があるの!?」
私は怒りに任せて声を荒げてしまう。
だけど、怒りに満ちていると思っていた私の額には、何故か涙が流れていた。
あれ……?
どうして、私は泣いてるの……?
そうして、私が自分の感情が滅茶苦茶になっている事に気づいた直後、ママがさっきまでの笑顔を消して私を睨みつけて来た。
「何でって……分からないの!? 君の事が大切だからだよ!! 守りたいって思ったからだよ!! だから僕も、藍も、こうして必死に君を守る為に動いているんだ!!」
その言葉を聞いて、私は胸が締め付けられる様に痛くなった。
これは……どうして痛いの?
嬉しい? 悲しい? 分からない。
でも、憎い、憎いという気持ちが込み上げてくる……。
「そんな必要はない!! 私は元々、生まれる筈の無かった存在……無価値で、無意味で、何の使命も持っていない……生まれた理由すらない存在なんだから!!」
私がそう返すと、ママは何も言葉を発する事はなかった。
でも――目の前に居るママの顔を見て、私は驚いてしまった。
ママは……寂しそうな顔をして泣いていたんだ。
どうして、ママは泣いているんだろう。
私は、本当の事を言っただけなのに。
そして、どうして泣いているママを見ていると、こんなにも胸が苦しくなるんだろう。
――どうして、私は自分の発言に対して後悔しているんだろう?
「――生まれた理由なんて、無くたっていい」
「ッ!?」
その声が聞こえた瞬間、部屋の中にあった全ての漆黒の鎖が砕け散った。
そして、私の体が空中から地面へと落下する。
もう体に力が入らなくて、地面にぶつかると思ったその時――私の体を柔らかくて温かい物が支えてくれた。
「マ、マ……」
「大丈夫……もう、大丈夫だよ……」
私を抱きしめたママが泣きながらそう呟き続けていた。
でも、私にはそれよりも気になる事があって、視線を部屋の出入り口である扉の方に向ける。
そこには、開かれた扉が映った。
そして、二人の人影が見える。
「――生きる意味とか、使命とか、そんな物を
ああ、そっか……やっぱり、そうなんだね……。
「――そんな物無くたって良い」
歩いて来るその人が見えた瞬間に、私の視界は涙でぼやけていく。
ずっと会いたかった人。
ずっと触れて欲しかった人。
ずっと抱きしめて欲しかった人。
私が……傍に居たいと思った人。
「――お前に生きていて欲しいと……俺が思ったんだ」
「ぱぱぁッ……」
そこには、大好きなパパが居た。
優しい笑顔で、私の事を見ている。
その笑顔を見た瞬間、私の中の苛立ちも、憎しみも、怒りも、全てが消えた。
「――後悔なんてさせない、悲しみに暮れさせなんてしない。こんな事になるまで気づいてやれなかった駄目な父親だけど……娘の為に命を張る覚悟はある!!」
私は何も言葉を返すことが出来なかった。
涙と嗚咽で、上手く声が出せない。
それでも、パパは変わらず笑って私を見守ってくれていた。
「――助けてなんて言わなくていい。とにかく生きろ!! お前に生きていて欲しいから、俺はここまで来たんだ!!」
「わだしも……ばばどいぎだいぃ……!!」
そうだ……本当は、ずっと待ってたんだ……。
パパが助けてくれるのを、ママが助けてくれるのを、ずっと待ってたんだ。
胸の中にあった苦しみが抜け出る感覚がした。
でも、もう私の視界は真っ暗になっていて、何が起こっているのか分からない。
気づけば周囲も無音になっていて、意識も朦朧としてきた。
そうして、私は意識を手放した。
最後に見たパパの笑顔を、この胸に噛みしめながら。
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【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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