番外編

『鬼殺し』を教えてくれたおじさん

「わしにもついにお迎えが来てしまったか」


 目の前のおじさんは、何かを決意したようにそう呟いた。ベッドに横になった彼の目からは、一筋の涙が流れ落ちていく。彼は、これから病気で死ぬことになっているのだ。


「じゃあ、あなたの魂、回収させてもらうね」


「ああ」


 頷く彼を見て、私は手のひらを天井に向かって突き上げた。次の瞬間、その手に光の粒が大量に集まり始め、一つの形を形成していく。それは、私たち死神の必需品。


「痛くないからね」


 私は、手に持った鎌を彼に向かって振り下ろした。







「魂の姿になっても、会話はできるのか」


「ふふ。すごいでしょう」


「どうして君が自慢げなんだ」


 呆れたような彼の声。だが、その姿はただの魂。すでに表情は読み取れない。


「死神世界までにはまだ時間があるから、何かお話ししない?」


「お話?」


「そう。例えば……あなた、人間世界に何か未練とかあるの?」


 我ながら、最低なことをしていると思う。死んだ人間に対して、人間世界での未練を聞くなんて。でも、ここで未練を語ることによって、思いを吐き出すことによって、心が軽くなる。そう私は信じている。


「未練……か……。まあ、数えきれないほどある。もっとうまいもの食べたかったとか、あの時あの人にお礼をちゃんと言っておけばよかったとか。でも、やはり……」


 ここで彼は少し言いよどんだ。よほどの未練があるとき、人間はこういう反応をするのだ。


「やはり……何?」


「…………あの子を救えなかったことかな」


 彼は語る。親戚である一人の男の子の話を。


 男の子は、親戚たちに、生まれた時から『鬼の子』と蔑まれていた。どうやら、男の子の父親が、親戚の反対を押し切り、自分の愛した女性と結婚したことが原因らしい。男の子の父親と仲が良かった彼は、蔑まれ続ける男の子を何とか救おうとしたが、無駄だったようだ。


「あの子はいつも暗い顔をしていたよ。どうやら、学校でも酷いいじめがあったみたいでね。あの子と同じ学校に、親戚の子も通っていたんだよ。きっとそのせいだ」


「…………」


「でも、わしが教えた将棋をするときだけは、目を輝かせていたな」


「……将棋?」


 思いがけない言葉に、思わず聞き返す私。


「もしかして、君は将棋を知らないのか?」


「いや、一応知ってるけど……やったことない」


 時々、死神世界には人間世界の文化が入って来る。どこかの死神が、気まぐれで輸入するためだ。将棋も人間世界から持ち込まれた文化の一つ。だが、死神世界では、人間世界ほど一般的なものではない。まあ、死神と人間では価値観が違うのだから当たり前ではあるが。


「将棋はいいぞ。人間一人の心を軽くしてくれるからな。少なくとも、あの子にとっての将棋は、そういうものだった」


「心を……軽く……」


 それは、私が、回収した魂に未練がないか聞く目的と同じ。将棋とは、それほどまでにすごい遊戯なのだろうか。


「死神の君もやってみるといい。そうだな……死神だから、『鬼殺し』とかがピッタリじゃないか?」


「え、何それ、すごくかっこいい名前!」


「お! 興味が出てきたようだな」

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