第119話 でも……

 その時でした。あの言葉を思い出したのは。


『ねえ、君、死ぬ前に私と将棋しようよ』


 それは、死神さんと僕が初めて会った時、死神さんが放った言葉でした。


「……お義母さん」


「……何かしら?」


「僕は、今すぐにでも死神さんと会いたいです。でも……」


「でも?」


「…………死ぬことは、できません」


 きっと、死神さんがいなくなったすぐ後にお義母さんの誘いを受けていたならば、僕は死ぬことを選んだかもしれません。ですが、先輩の言葉通り、前を向いていたからでしょうか。本当にするべきことは何か、僕ははっきりと理解していました。


 そう。僕は、生き続けなければならないのです。


 僕の言葉に、お義母さんの口角がスッと下がりました。今まで見たこともない、真剣な表情です。


「……どうして? 死ねば、すぐにあの子に会えるわよ」


「それはそうかもしれません。けど、死神さんが、僕が死ぬことを望んでいるなんて思えないんです。だって……」


 それは、死神さんが死ぬ前の将棋にこだわった理由。あの日、死神さんが僕に語ってくれたこと。







「僕が死んで魂になっちゃったら、死神さんと将棋ができないですから」







 僕と死神さんをつないでくれた将棋。僕が死ぬことは、同時に、将棋というつながりを失うことでもあるのです。そんなの、僕も、きっと死神さんも、嫌に違いありません。


 部屋の中がしんと静まり返ります。ポカンと口を開けて僕を見つめるお義母さん。グッと全身に力を入れながらお義母さんを見つめる僕。そこに会話はありません。まるで、僕たちの間だけ時が止まってしまったかのようでした。

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