第110話 前を向きなさい

「前を向きなさい」


「……前を……ですか?」


「ええ」


 力強く頷く先輩。その目には、メラメラと燃える炎が映っているように見えました。


「えっと……具体的には……」


「簡単よ。朝はちゃんと起きる。ご飯はちゃんと食べる。学校にはちゃんと行く。夜はちゃんと寝る。要するに、これまでと同じようにちゃんと生活するってこと」


「それが……前を向く……」


「そうよ」


 先輩の言っていることはよく分かりません。どうして「前を向く」=「ちゃんと生活する」になるのでしょうか。もしかして、ちゃんと生活することで辛いことを忘れろという意味だったり……。でも、それは……。


「ちなみに、お姉さんのことを忘れろって意味じゃないから」


「……違うんですか?」


「当り前じゃない」


 どうやら、僕の考えていることは、先輩に筒抜けだったようです。


「じゃあ、どういう……」


「人間はね、ちゃんと生活していないと、どんどん心が弱って後ろ向きになっちゃうの。そうなると、自分が次に何をすればいいのか、見逃しちゃうのよ。でも、ちゃんと生活していれば、心を強く保てる。前を向いていられる。その状態なら、自分がするべきことを見逃さずにすむわ」


 先輩の口から飛び出す言葉には、確かな重みがありました。まるで、先輩自身の体験談を語っているかのような……。

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