第108話 なんで!

「すいません。いろいろあって……」


「いろいろって何よ」


「いろいろはいろいろです」


 何でしょうか。すごく既視感を感じます。前にも先輩とこんなやりとりをしたような……。


「……そういえば、お姉さんは?」


「…………え?」


「だから、お姉さん」


 先輩の言葉に、僕の心臓が、急激にその鼓動を速めていきます。ドクドクというその音は、とても不快に感じられました。


「…………いま……せん」


「そう。今日も仕事が遅くなるの?」


「じゃ……なくて……いないん……です」


 僕の口は、上手く言葉を紡ぎ出してはくれません。認めたくない事実を口にする。それがこんなにも苦しいなんて。


「…………? どういうことかよく分からないんだけど」


「つ……まり……えっと……」


「……晩には帰って来るんでしょ?」


 プツン!


 僕の中で、何かが切れるような音がしました。


「だから、いないんですってば!」


 僕は、先輩に向かって叫びます。自分の心を埋め尽くしている黒い何かを全てぶつけるように。


 その時、先輩の顔がぐにゃりと歪み始めます。自分が泣いていることに気がつくのに、数秒の時間を要してしまいました。


「なんで!」


 この思いを先輩にぶつけても仕方がない。そんなことは分かっています。分かっては、いるのですが……。


「…………」


「なんで!」


「…………」


「なんで! こうなったんですか!」


「…………」


「僕、何か悪いことしましたか!? 何がいけなかったんですか!? 何をどうすればよかったんですか!? 本当に、本当に…………」


 不意に、僕の両肩に優しい感触。ハッと我に返る僕。目の前には、僕をじっと見つめる先輩。


「…………詳しく教えなさい。少しでも誤魔化したりしたら怒るわよ」

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