第84話 君とたくさん将棋してきたからかな?

 死神さんの指した2二飛。それは、『鬼殺し向かい飛車』という戦法です。


 『鬼殺し向かい飛車』は、マイナーな奇襲戦法ではありますが、プロが実践で指したこともあるのです。個人的には、相手がこちらの狙いにのってこなくても戦いやすい優秀な戦法だと考えています。


 ここで、お互いに睨み合っている角を交換すれば、乱戦になってしまいます。僕は、それを避けるために、6八玉と玉を斜め上に一つ上げました。


 以前の死神さんなら、「角を取ってくれない」と困惑していたことでしょう。ですが、今の死神さんは冷静です。慌てることなく、4二銀と銀を進めます。


「角を交換するのは嫌だった?」


「そうですね。まあ、そもそも、僕はゆっくりした将棋が好きですから。死神さんは僕と真逆ですよね」


「そうだね。私は、序盤からガンガン殴り合うような将棋が好き。乱戦上等って感じだよ。でも……」


 死神さんは、ゆっくりと、噛みしめるように言葉を紡ぎます。


「最近は、ゆっくりした将棋も好きになったよ。君とたくさん将棋してきたからかな?」


 二ヒヒと笑みを浮かべる死神さん。気のせいでしょうか。死神さんの笑顔が、いつもよりも眩しく見えます。その背後からは、淡いピンク色のオーラが……。


「……君、どうかした? 何だか顔が赤いけど……」


「き、気のせいです! さ、さあ、続けましょう。次は僕の手番ですね」

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