第396話 流石は俺の部下たちだ(レイクタウン攻囲戦最終話)
「おや? おやおや」
徒党を組んで勇者をボコる。
文面にすると、こんなにも悪役感満載。
だが、この場合侵略を受けているのは公国軍であり、勇者レン・ウォーカーこそが簒奪者だ。
「バッ、来るな!」
撤退の鐘が鳴り響く中、アラタとレンの間に割って入って来た兵士たちを怒鳴りつけた。
アラタはもうふらふらで、レンの間合いに侵入した仲間を庇う余裕は無い。
「グフッ……逃げて!」
第301中隊に新規加入した兵士が叫んだ。
レンはアラタの攻撃を片手に持った剣でうけ、貫手を使って兵士の心臓を破壊した。
目の前で仲間の命が散る。
一種のトラウマがトリガーとなり、アラタは再び【狂化】を起動しようと試みる。
だが……スキルは応えない。
スキルに感情は無く、励起するのに十分なエネルギーが注がれなければ、それは動かない。
電圧が足りなければ満足に家電が動かないのと同じように、何の代価もなしにスキルは効果を発揮しない。
アラタはもはや、暴走することすらできなくなっていた。
1192小隊のカイがアラタの前に立ち、ウォーレンが敵から彼を引き剥がした。
せめて、もう一撃、そう掌をレンに向けて雷撃を起動しようとしたが、手の上でパチパチと火花が弾けるだけで、静電気くらいの電力しか放出できない。
すでに黒鎧に対する魔力供給は終了していて、ボロボロの身体はいたるところから出血していた。
そしてまた1人、命が消える。
「テッ……ド…………」
つい先ほど約束したことが嘘だったかのように、レンはテッドの身体を斬り裂いた。
だがよくよく思い返してみれば、彼はこう言っていた。
殺さないのは温情で、アラタが彼のことを失望させるなら、アラタが本気を出せるまで仲間を殺して回ると。
「アラタ、今日僕は素晴らしいものを見せてもらった。だからこそ、ここで終わるのはもったいない、終わらせたくない。君という食材をさらに熟成させるために、心ばかりのスパイスを」
「……殺す」
「はは、いい感じだ」
「殺す! 絶対に殺す!」
「隊長! 早く!」
崩れ落ちるテッドの亡骸の死角から、カイとバッカスが挑む。
少し立ち遅れたカイに向けてレンが攻撃しようとしたところを、バッカスが横から剣とナイフで絡みつく。
しかし、バッカスはアラタほど戦えるわけではない。
クロスレンジに持ち込めば敗北するのは彼の方だ。
レンの裏拳が顔面に入る。
前歯が折れ、鼻から血が噴き出る。
それでも目を閉じなかったバッカスの左目は網膜剥離を起こしていて、すでに正しい像を結んでいなかった。
眼球破裂まで重症化しなかったことが幸いだが、戦闘に支障をきたす負傷であることには変わりない。
「カイィ!」
「応!」
短く、取り回しと従来の利点を共存させた短い槍で一突き。
ただ、相手は金属の鎧、きちんと面に対して正面から打撃を当てなければ貫通しそうにない。
レンの金色の鎧に切り傷を入れたところで、今度はカイに斬撃が飛んでくる。
「隊長! 勝ってください!」
槍の柄で剣を受けたカイ、勇者の攻撃を受けて槍が折れず斬れなかったことは称賛に値する。
しかし、これは試合ではない。
死合いだ。
剣が受け止められるやいなや、レンは刃を柄に沿って滑らせた。
その先にあるのは、カイの指。
理想を言えば、手をグーにして握るのではなく、敵の刃が触れないようにパーにして受けるのが好ましい。
だが、それでは力負けして叩き斬られる。
だから、仕方が無かった。
右手の親指以外の指が、全て斬り落とされた。
それでもまだと、カイは左手で強引に剣を抜いた。
カイとバッカスによる捨て身の攻撃、それに続く301や152中隊。
戦死したベロン第152中隊長に代わって指揮を執るフォックス少尉も、自らハルバードを握り締めてアラタの前に立った。
「まだだ……まだ俺は!」
「隊長」
半狂乱になって叫んでいたアラタを落ち着かせたのは、たったそれだけの言葉、単語だった。
問題は言葉の中身ではなく、誰が言ったのか。
今まで必要なこと以外何もしゃべらなかったヴィンセントが口を開いたことに、アラタは驚いているのだ。
「止まれ」
アラタを担架に乗せて搬送する兵士を先導するバートンが制止をかけた。
このタイムロスがあとで命取りになる可能性は頭にあったが、それでもバートンは必要だと判断した。
「ヴィンお前、話せたのか」
「……苦手です」
蚊のような声で言うと、ヴィンセントは硝子細工の玉をアラタの手に握らせた。
「これは?」
「母の仕事……です。身体が弱いから、外で働けなくて、闇金から借金もあった。…………でも、隊長が全部壊してくれたから、今はなんとか生きていける。ありがとうございますと、ずっと言いたかった。でも、俺は人と話すのが苦手で……」
爆発音や建物が崩壊する音のせいで、ヴィンセントがなんて言ったのかほとんど聞き取れない。
それでも、口の動きで何を言っているのか理解することは出来る。
特配課の訓練も捨てたものじゃないと、アラタは笑った。
「口下手でも、みんなお前のことは認めてる。だから、死ぬなよ」
「…………はぃ」
「もう無理だ。出せ!」
バートンの指示で再び担架は動き始めた。
アラタは朧げになる意識の中で、ヴィンセントの大きな背中が見えなくなるまで戦場を見つめていた。
「相乗りで馬に乗せろ! ドバイは準備出来てるな!」
「いけます!」
「よし出せ! 隊長だけじゃない、出来るだけ多く逃がすんだ!」
アラタが意識を喪失してからすぐ、レイクタウンにいた公国軍全体が撤退を開始した。
殿を務めるのは第3師団、そしてディラン改め勇者レン・ウォーカー、アリソン・フェンリル、フェンリル騎士団らを抑えるのは、5個中隊からなる特別チーム。
アラタの離脱と共に脱出した隊員たちも勿論いて、殿軍と言っても301の全兵力ではない。
少数精鋭、死ぬことを受け入れた選りすぐりの兵士だけがそこに残り、敵の相手をする。
というのも、第2師団長兼臨時司令官のマイケル・ガルシア中将にはある計算があった。
敵の増援合計5千が来たというのは想定外だったが、時間を稼ぎさえすれば帝国軍は撤退するだろうという目算があった。
だから、予め話の分かる人間たちにはこの情報を伝えておいた。
301中隊にはアラタではなく、アーキムに直接伝えもした。
アラタのことだから、どうせ逃げろと言われても逃げないことが分かり切っていたから。
10月10日、公国軍の撤退に伴ってレイクタウン陥落。
街は内も外も燃え上がり、焦土と化したことで一応の決着を見た。
そして、追撃部隊も途中で諦めて本隊の所へ帰投するに至った。
レイクタウン攻囲戦、これにて終結。
※※※※※※※※※※※※※※※
アラタは異世界にやって来てから時折、おかしな夢を見る。
日本で普通に大学生として暮らし、一度別れたがまた付き合っている彼女の清水遥香と楽しく日々を過ごしている。
友達と遊び、勉強をして、最近はプロ野球の球団事務所に出入りもしている。
異常に鮮明で克明なその夢は、アラタの希望を盛り込んだものなのだろうか。
しかし所詮夢は夢、醒めるときはいつだって突然だ。
「…………ディラン、お前は」
真っ暗なテントの中で、彼は意識を取り戻した。
最後に見ていた景色は酷く色褪せていて、夢だったのか現実だったのか、それ単体では区別できそうにない。
切り傷の類は軒並み消えていたものの、内部に響く鈍痛が記憶が現実のものであることを物語っている。
アラタは自分が治癒魔術による施術を受け、それでも骨折などは治療しなかったのだと判断した。
【痛覚軽減】が正常に起動することを確かめ、立ち上がり、外に出る。
外は明かりがついていて、地べたに座っていた数名の兵士の顔には心当たりがあった。
「リャン……無事でよかった」
その声に反応して、上を見上げたリャンは目を丸くして、まるで幽霊でも出たような顔をした。
「アラタ! 大丈夫ですか! 目は醒め……てますよね、体は! あと——」
「落ち着け。お前だと話にならない。アラタ、どこまで覚えている」
「アーキムも生きてたのか。ディランに負けて、皆に逃がしてもらったところまで覚えてる」
「やはりそうか」
頭に包帯を巻いているアーキムは立ち上がると、ポケットから1枚の紙を取り出した。
「1人で読め」
「どういう意味?」
「いいから。向こうは川が流れていて人が少ない」
「はぁ」
アラタは言われるがまま、闇の向こうへ消えて行った。
再びアーキムが座ると、向かい側にいたキィがぽつりとつぶやく。
「アラタ、受け止められるかな」
「乗り越えるしかない」
「アーキム、それは少し酷なんじゃねえか?」
「お前はあんなにイキっておいて生き残ったのか。恥を知れ」
「おうおう、ほんとはエルモさんが生きててよかったーって思ってんだろ? なあなあ」
「近づくな鬱陶しい」
アーキムは体を寄せてきたエルモを押し返しながら、火の中に枯れ枝を放り込んだ。
「俺たちの隊長だ、乗り越えられるさ」
暗闇でも、アラタは転ばないし歩く速度も変わらない。
それはこの世界に来て2番目に会得したスキル【暗視】によるものだ。
暗闇の中でも昼のように明るく見えるこの能力は、現代に存在している暗視スコープのさらに上を行く。
暗視スコープは明るいところでは逆に視界を損なうが、【暗視】は全く問題ない。
つまり、スキルの切り替えによる不利益がほとんど存在しないのだ。
アラタはアーキムに指示されたとおり、誰もいない河川敷で腰を落ち着けた。
紙は2つ折りになっていて、それを開くとびっしりと文字が書き込まれている。
暗闇よりも、慣れない文字を読む方が一苦労だ。
ゆっくりと、分かる部分から、アラタは読み進めていく。
今日の日付、10月15日。
レイクタウン陥落から5日後。
3千いた公国軍はその数を2千にまで減らしながら、西へ撤退した。
その道中、公国軍の援軍5千が出現、これに吸収される形で安全が保障された。
追撃班にはディランやアリソン、騎士団が確認され、援軍は到着早々に戦闘、大損害を出した。
それでもアラタまで辿り着くことが出来ないと判断したのか、彼らは戦場を後にした。
今は何もない平野に陣地を形成し、これをナリリカ砦と呼称する。
そして…………
テッド
バッカス
カイ
ヴィンセント
ギャビン
ウォーレン
ダリル
合計7名が死亡。
第1192小隊の生存者と戦闘継続可能人員は10名。
第301中隊全体では生存者が42名、戦闘継続可能人員は25名。
100名を基本とする中隊が1/4に減少。
虎の子の1192小隊も半数が死亡、脱落。
そこまでの犠牲を払ってようやく敵軍を追い返すことが出来た。
未確定情報だがレン・ウォーカー、アリソン・フェンリル、フェンリル騎士団は帝国首都への帰路についたらしい。
残る軍も援軍を含めて膠着状態が続くとのことで、この戦線は一時停滞することになるというのがガルシア中将の見立てだ。
大半の内容を読み終えて、最後にアーキムの署名まで見終わったところで、アラタは紙を折りたたんだ。
目の前を流れる川の水は美しく、星の光でほんの少しだけ輝いて見えた。
アラタは【暗視】を終了して立ち上がる。
立ち上がったが、立ち尽くしてしまう。
あの戦場で、あれだけの被害でここまで漕ぎつけたのだから、十分合格点を貰っていいはず。
後世の歴史解釈ではそのような評価が下されているが、当の本人がそう割り切れるものでもない。
試験に合格したからと言って、仲間の命が返ってくるわけではないから。
加えて、相手に十分な手加減を施してもらってこの結果という条件が付く。
ディラン・ウォーカーは正直なところ、本気を出していたとは考えにくい。
その上で、彼のやりたいようにやられ、彼の意思一つで多くの命が失われた。
アラタは俯くと、心が足元に広がる闇に吸い込まれそうになる。
また何もできなかったと、後悔する気持ちだ。
ただ、切り替えなければならないことも分かっている。
まだ戦争は終わっていないのだから、次に向けて備えなければならない。
アラタは溢れないはずの器から零れ落ちるものを拭い、満天の星空を見上げた。
「流石は俺の部下たちだ」
そう自身に言い聞かせ、別れに華を添える。
死んだ命は回帰しない。
それを嫌というほど分かっているから、死んだ部下を褒めるくらいしか、彼には思いつかなかった。
【
何回も涙を流し、もうこんな思いは2度としないと決意を籠めてスキルを使うことで、ほんの少しだけ強くなるのだ。
コートランド川の戦いから続く第2、第3師団の戦いはこれでひと段落することになる。
多くの命を犠牲にして、公国軍はようやく帝国軍を押しとどめることに成功したのだった。
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