第384話 内臓の強さは肉体の強さ(レイクタウン攻囲戦9)

 オリバ・スチュアートを片付けた後、アラタたちは一度拠点に戻った。

 追跡の可能性は十分に警戒しての帰投であり、到着するなりアラタは武装を解いた。


「おーリャン、全員いる?」


「あの場にいた隊員は全員無事です。そっちは?」


「全滅させた。あのジジイ結構強かった」


「そうですか、状況は?」


「これから聞こうと思ってる」


「それでは私も一緒に」


「おっけー」


 つい先ほどまで命のやり取りをしていたとは思えない程緩いやり取りを交わすと、リャンも装備を解いて木の椅子に腰かけた。

 アラタたち301中隊が一時的に間借りしているこの民家は、周囲にあるそれと比べて2回りくらい大きかった。

 流石に中隊員全員を収容することは無理でも、1192小隊のメンバーくらいなら楽々集合できる。

 逆に、そういうところに目星をつけて攻撃してくる可能性もあるのだと、リャンは頭の片隅で考えていた。

 キィ、カロンやシリウスの第4分隊など、一時退却して体勢を整えたり、補給にやってきたりする部隊は意外と多い。

 常に全兵士が前線で戦っているわけではないのだ。

 特に今日は、長い戦闘時間が想定されている分、ずっと戦い続ける意味はない。

 とまあ水分補給や軽食を取ってくつろいでいる彼らの元に、血まみれになったアーキムがずかずかと入り込んできた。


「治療が必要か?」


 アラタはアーキムの姿を見るなりそう訊く。

 問題なさそうに見えても、すぐに限界が来て意識喪失という例は枚挙に暇がない。


「問題ない。返り血だ」


「あっそう」


 ひとまず負傷の線は消えたとの事で安堵したアラタに、アーキムは次の悩みの種を持ち込んできた。


「戦場全体で公国軍が押されている。俺たちもあまり悠長に構えるわけにはいかないと思う」


「マジ? ここはうちのホームだぞ?」


「それでも帝国軍の方が強いんだ。正直お手上げなまである」


 少し投げやりというか、自暴自棄になっているアーキムの隣で、バートン・フリードマンが居心地悪そうな顔をしていた。

 あまりに助けを求めるような表情をしていたので、アラタは目で合図して彼を呼び寄せた。


「なに?」


「我々が戦っている間に勝手に味方が下がり始めたんです。おかげで我々は孤立しかけました」


「それは酷いな」


「でしょ? アーキムは半狂乱になって槍を振っていましたが、正直疲れました」


 この距離感、2人のやり取りは当然アーキムにも聞こえていて、包み隠さず全て報告したバートンに冷たい視線を向ける。

 対するバートンも、いや、報告しないわけにはいかないだろと言った表情。

 お互い言い合ったりはしないものの、それなりにストレスがかかっていることはアラタも察した。


「とりあえず、第2分隊は休憩。アーキムは水浴びして来い。バートンは手伝ってやってくれ」


「了解。おら行くぞ」


 アーキムは無言のまま、バートンに押されながらリビングを退室した。

 中々にお冠だったみたいで、何事もなく報告が終わったことを内心みんな喜んでいた。

 ただ、味方の気分に一喜一憂しているような楽観的な状況ではない。


「デリンジャー、ウォーレン、シリウス、あとエルモ……はいいか。3人の中でいる奴だけでいいから呼んできてくれ」


「エルモさんはいらない?」


「いらない」


「はーい」


 キィの残酷な質問方法により、明示的にエルモが不要であることが明らかになってしまったわけだが、彼なら特に問題は無いだろう。

 もしかしたら1人の時に少し傷心に浸るかもしれないが、些事だ。

 結局、アラタの指定した3人のうち拠点にいたのはウォーレンだけで、アラタ、リャン、ウォーレンとの3名で会議を始めることにした。


「戦況は知ってる?」


 リビングに呼ばれるなりいきなりそう聞かれた中隊の頭脳は、首を横に振る。


「おっけ、リャン頼んだ」


「はい、中隊が担当している個所は順調に勝ちを重ねることが出来ているのですが、それ以外の場所が芳しくありません。第2分隊の担当箇所で友軍の勝手な退却が発生、同様の現象は他の地点でも確認されているようです」


「質問いいですか」


「はいどうぞ」


 アーキムやその取り巻き連中が、ああ見えて結構感情的な思考回路をしていることを、ウォーレンは知っていた。

 従って、彼らからもたらされた情報には少し問題があるのではないか、そう疑ってかかるところから始めるべきだとウォーレンは考えた。

 精査した結果、問題なければそれでいいじゃないかという思考だ。


「勝手に退却っていいましたけど、合図も何もなかったんですか? 戦闘が激しくて気付かなかったとかは?」


「知ってる人います?」


 リャンは周囲に問いかけたが、その場にいた人間は誰もいない。


「キィ、バートン呼んで来い」


「僕ばっかり」


「今度はカロンにやってもらうから」


「……分かった」


 難しい年頃なのかな、とアラタは少年の後ろ姿を見送った。

 出会った時はリャンの意思決定がすべてといった感じで、ある種ロボットのような性格をしていたが、好ましい変化に思える。

 まるで反抗期を迎えた親戚の子供を見ているような気分だ。

 まあ彼にそんな親戚はいないのだが。


「えー、アラタ、とりあえず保留でいいですかね?」


「いいんじゃね? ごめんなウォーレン」


「いえ、話の腰を折ってすみません」


「それでは続けますね。公国軍が押し返されたところで、帝国軍も一定の距離を保って停滞、その後ろ側で着々と家の解体が進んでいるという状況です」


「はい、ご苦労様」


 リャンを労いつつ、アラタにバトンタッチだ。

 彼は椅子から立ち上がると、木箱に入れられていた食料に手を付けた。

 戦場なので保存食が大半、彼が手にしたのはなんの肉か分からない燻製だった。


「まあとにかく、俺たちだけ突出しても意味がない。周りの部隊と連携するわけだから、必然的に少し下がることになると思う。1つ後ろの集合場所は全員分かってるな?」


 問いに対する否定が無いことを確認すると、アラタは燻製肉を齧りながら指示を出した。


「ここは放棄して撤退する。荷物を持ち出す時間は十分にあるから、第2と第3分隊は荷物の搬出に当たれ。残りの中隊の人間も好きに使え。第1と第4は殿しんがりだ、いいな!」


「「「おう!」」」


 ——なーんか雲行きが怪しいなぁ。


 帝国軍は必要以上に押してきている訳でも、必死に戦って前線を維持している訳ではないのに、こちらの損害は想定以上になる見込み。

 やはり兵士1人1人の能力差が市街地戦で大きく影響しているのか。

 そんなことを考えると、悪いところばかりが目に付いてしまう。


 アラタは一応警戒態勢の中、中隊の最後尾を歩いていく。

 道中には味方を追い越す場面もいくつかあり、食事中の部隊もあった。

 だが、どうにも箸が進んでいない。

 箸を使っていないので表現としては不適格かもしれないが、意味は伝わるのでよろしい。

 どうにも激しい運動の後で、肉体が食事を受け付けないらしい。

 アラタはふと、自分の手に持っている燻製肉が気になった。

 何の気なしに食べていて、さっきから数えて3つ目になる。

 それでも彼の肉体は兵士として十分な筋肉と脂肪を蓄えたうえで、筋骨隆々という表現が似合う。

 これくらい食べなければ、戦場でやっていけないとも言える。

 1192小隊の人間も、もっと言えば301中隊全体でもアラタくらい食事はしっかりと摂る。

 それがどうだろう、一般部隊ではやれ腹が減ってない、食欲がない、運動したばかりで食べられない、殺し合いをした後にそんな気になれないとほざく連中が後を絶たない。

 激しい運動の後にガッツリとしたものを食べるのは少々問題かもしれないが、そんなことを言っていては戦場で生き残れない。


 アラタはこの光景に、昔言われたことを思い出していた。

 まだ彼が中学生に上がりたての頃、指定された量の食事を食べきることに苦労していた時の話だ。


 『内臓の強さは肉体の強さ』


 何言ってんだこのコーチボケは、そう睨みつけながら涙目で白飯をかき込んでいたアラタ(12)は、異世界に来てようやく理解した。

 食事ひとつとっても、人間としての強さを示すバロメーターであり、食の細い人間では満足な筋力も体力も戦闘力も精神力も発揮できないという事だ。

 厳しく聞こえるかもしれないが、戦闘センスがあっても肉体がついてこなければただの曲芸師に過ぎない。

 友軍の醜態を見てこんなことを再認識するなんて、アラタも思ってもみなかっただろう。

 アラタは食事からこの戦争の厳しさを感じ、同時に食べられない苦しみも少しだけ共有していた。

 そして思う、あの時食べる訓練をしておいてよかったと。

 歩んできた道は間違いではなかったと納得しつつ、競技の為に身につけた技術を人殺しの為に使う矛盾を孕んでいる。


「習慣って大事だなぁ」


「何の話ですか?」


「いや、こっちの話」


 彼の隣を歩くリャンは不思議な顔で何か達観しているアラタのことを見つめた。

 リャンも一応元帝国側の工作員、戦闘面で見劣りすることは多々あるが、それでも基礎はしっかりしている。

 彼もアラタと同じように、カバンからむき出しの燻製を1つ取り出すと、硬い肉に思い切りかぶりついたのだった。


 それから約1時間後、アラタたちは知ることになる。

 レイクタウンに立て籠もる公国軍の置かれている、絶望的な立場というものを。

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