第381話 乱戦上等(レイクタウン攻囲戦6)
「あー、くそっ」
サイロスはまたも空振りに終わったことを嘆いた。
先ほどからずっとこんな調子で、彼の上官であるアラタは非常にイライラしている。
まあそれもこれも、全ては横一列で歩調を取らなければならないという制約があるからなのだが。
「シリウス、なあ、これどういう事なんだ?」
「どういう事って?」
「そりゃあ、こっちが近寄れば相手が下がる件についてだよ」
「まあ、そうだな。張り合いがないな」
こんな不毛な会話しかできないくらいには、相手の動きに張り合いがなかったということだ。
レイクタウン側から出撃してきた公国軍に対して、帝国軍は作業を放棄してまで下がろうとする。
しかし公国軍も1箇所だけ突出するわけにはいかないので、結果として深追いできないことになる。
そうしている間に、別の場所が削られていく。
じゃあ全部一気に攻めればいいじゃないかという話の流れに当然向かうわけだが、これはあまり良い策とは言えない。
解体工事をしている敵兵の、そのさらに前を守る敵軍の規模は1千以上1千5百未満。
彼らで作業部隊を取り囲むように、薄く広く展開している。
じゃあ破るのは簡単じゃないかと思うのだが、これが意外と難しい。
公国軍の迎撃戦力は総数3千。
その中で敵への攻撃に回すことのできる戦力は1千のみ。
単純に、包囲されると辛いのだ。
それに同時攻撃しても数の不利を覆すのは簡単ではない。
ともなれば、今のように住宅が破壊される様を遠巻きにして眺めるしかなくなってしまう。
彼ら301中隊も、先ほどからの度重なる攻撃命令と停止命令にいい加減うんざりしていた。
その中で最も堪え性のないのはやはりエルモだ。
「おい、もう少し前に詰めるぞ」
「5分後には退却だろ? 俺はここで待ってる」
彼の管理管轄はアーキム・ラトレイア。
そろそろ彼の頭の血管が心配になって来るレベルで、エルモはアーキムのことをイラつかせていた。
「御託は良い。動け」
「断ーる」
「集団の歩調を乱すのならここで斬り捨ててもいいんだぞ?」
「集団で自殺するならご自由に」
「このっ!」
流石に刃物まで持ち出しはしないアーキムの拳が迫る。
エルモはそれをひらりと躱して、アーキムから距離を取る。
「お前もさ、もっと自由に動きたいだろ?」
「何のことだ」
「大隊以上で動けば俺たちの強みは消える。そうアラタに言いに行ってやるって言ってんの」
「必要ない。今日の作戦は集団行動だ」
「無理だと思うけどなあ」
アーキムは時折、目の前に立っているこの男が酷くムカつくことがある。
まさに今、絶賛殺したいモードに頭が切り替わっている状態な訳だが、これは必ずしもエルモだけの問題ではない。
一部からさぼり魔、風見鶏、日和見主義と蔑まれながらも、自分のやりたいようにやり、それを通すだけの確かな能力を持つ特務警邏の男。
悔しいが、アーキムもエルモの実力は認めている。
アーキムは、自分が認める力の持ち主がそのような世間的評価を受けていることが我慢できなかった。
彼は、それでも飄々としているエルモが理解できなかった。
全てを俯瞰して達観したように振る舞い、何事も腹八分目で収めてしまう彼のことが許せなかった。
そして何より、そんな彼に対して間違いを指摘できない自分の言語化能力の低さが許せなかった。
そして彼は今日も、エルモを自由にしてしまう。
「勝手にしろ」
「どーも」
前に行く気はないと言いながら、前線にいるはずのアラタの方へと進んでいく。
アーキムは彼のことを少しだけ睨みつけながら、自分の指揮する部下たちの方へと別方向に進んでいくのだった。
「よーアラタ。どう?」
「どーもこーもねーよ。早いとこ状況を打開しないと、マジで丸裸にされるぞ」
「だな」
「エルモお前、なんかねーのかよ」
「無茶言うなって。そういうのはウォーレン辺りに訊けよ」
エルモはあまり、自分からこうしたいと話を切り出すことは多くない。
先ほどアーキムと交わした会話的に、彼がアラタの所にやって来たのは、アラタに独自行動の判断を促すため。
でも、初めからそうは言わない。
回りくどくても、そんな気持ちになるように土台を整えてから話を始めたがる。
「どうせあれだろ。アーキムに怒られでもしてこっちに流れてきたんだろ」
「何で分かった?」
「逆に何でばれないと思ったんだよ……まあとりあえず、早く持ち場に戻れ」
「どうせ戦わないんだから関係ないだろ」
「戦うかもしれないだろ」
「本当にそう思ってんのか?」
エルモの問いに、アラタは沈黙する。
沈黙こそ答え、そういうことがアラタは多い。
「大隊以上の戦闘単位じゃ、俺たちの強みは生かせないと思うけどな」
「んなことは分かってんだよ。だからってどうしようもないだろ」
アーキム同様、アラタもこの戦況には思うところがあるのは明白。
心の中では一刻も早く敵を斬りたいに決まっている。
だが、それは手段であって目的ではないから、目的を達成するために我慢している。
勝利が目的で、戦闘は手段。
今は様子見という手段を取っているが、それも最適解とは言い難い。
だから中隊全体、もっと言えば公国軍全体の空気は重い。
「エルモお前、大隊長のとこ行ってこいよ。作戦変えろって」
「無茶言うなよ。アラタが行けよ」
「俺はいま、あんまし作戦立案とかに関わりたくないんだよ。ただでさえ司令部と折り合いがつかないのに、これ以上敵を作りたくない」
「嫌われてるなぁ」
「うるせえ」
2人の前数百メートル先では、帝国軍がこちらの様子を窺っている。
アラタたちが動き次第、彼らも退がる算段なのだろう。
ムカつくことこの上ないが、これが帝国軍にとっての最善の策だ。
むしろ二の足を踏んでいるのは公国軍である。
コートランド川での2度の大規模な戦闘、結果は1勝1敗だったが、先に負けた帝国軍の方が立て直しが速く、正確だった。
そこが今になって明暗を分けようとしている。
戦略レベルでは帝国軍が勝ち、圧倒的有利に立っている。
では、公国軍が今から戦況をひっくり返すにはどうしたらいいか。
取るべき行動は数あれど、共通項が1つ。
リスクを冒さなければ、彼らに勝利は無い。
「お前行ってこいよ~」
「やだなぁ、アラタが行けよ~」
徐々に集中力が切れてきて、真面目な会話が続行不可能になった2人がじゃれ合っている。
何の需要もない組み合わせでふざけている時に、不意に転機が訪れた。
「伝令! 伝令だ道を開けろ!」
「おー、何か来た」
「アラタ中隊長はおられるか!」
「オレオレ、オレだよ」
「あっ、馬上より失礼する。司令部より、攻撃部隊は総員突撃、乱戦も辞さぬとのことだ」
「へー」
「号令はかかるが、急いで準備されたしとのこと! では!」
それだけ伝えると、伝令係はまた走って行ってしまった。
正直司令部から来る命令としては予想外の一言。
一体どういう会議の流れでそうなったのか、実に興味深いところである。
しかし、今はそれどころではない。
「エルモ」
「あぁ。やっとだな」
「お前らも聞いたな! 分隊行動で互いに背中を守り合え! いいな!」
いよいよ、2日目の本格的な戦闘の幕が明ける。
※※※※※※※※※※※※※※※
「団長、そろそろですかね」
「そうだな。敵もそろそろ我慢の限界だろう」
「工事の進捗はどうなんですか?」
「可もなく不可もなく、といった所だ。まあどちらにせよ、完全破壊が目的ではないのだからそこそこにすればいいんだよ」
「確かに」
「お嬢とレン殿は?」
「今日は来ないみたいです」
「……はぁ」
それを聞いた団長——モルトクは露骨にやる気が下がってしまう。
アリソンのいない場所で戦うなんて、何のメリットもない。
「ほらほら、今日頑張れば帰ってからお嬢が褒めてくれるかもしれませんよ? よしよしって、頭を撫でてくれるかもしれませんよ?」
「……………頑張るか」
モルトク団長、ちょっとキモいよなぁ。
アリソンの護衛を務める騎士団に所属している以上、彼女に対する忠誠心は全員カンストしている。
それでもモルトクの狂信っぷりに敵うと自負する団員は誰もいない程度に、彼の信仰心は厚い。
今日も今日とて、お嬢の為に。
狂戦士の出陣である。
※※※※※※※※※※※※※※※
「ねえねえアラタ」
「なに?」
「僕たちはいかなくていいの?」
曇りなき目でそうキィは訊く。
301中隊をはじめとして、攻撃部隊は皆戦闘を開始している。
そんな中、アラタ率いる1個分隊、リャン、キィ、カロンの4人だけが屋根の上から様子を窺っている。
黒鎧を起動しているので、普通の人間には感知は難しい。
ただでさえ大人数でごった返している戦場で、4人ばかり消えた事なんて気にする人間がいるとは思えない。
「3人ともよく見とけ。危なそうなところ、敵の弱点らしき場所を見つけたら、俺たちが突っ込む」
そう言いつつ、彼自身も眼を光らせる。
先ほどとは一線を画す勢いで吶喊した公国軍が、下がり気味だった帝国軍とかち合ったのが5分前。
そこはまだ解体工事の完了していないエリアな訳で、大通り以外は極めて小規模な戦闘が発生している。
縦に厚みを作っても何にもいいことは無いので、アラタの指示した分隊行動は理にかなっている。
しかし、それはそれで戦力が分散してしまうという弱点があるわけで、まあ早い話フォロー役が必要な戦術だった。
「アラタさん、シリウスさんのところが押されてるかもです」
「どこ?」
「ほら、緑の屋根が3つ並んでいるところの右の……」
「あぁー……行くか」
「了解です」
どうにも帝国軍の意図を図りかねている感が否めない不安の中、アラタたち前線部隊は乱戦状態へと突入していく。
五里霧中の中を目隠しして、彼らは戦いを進めていくのだ。
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