第373話 僕の魂が叫ぶんだ

 第1192小隊の隊員たちは、アラタが笑ったのを久しぶりに見た気がした。

 隊長は、こんなにも明るく笑う人だったのか、そんな驚きが彼らの中に生まれている。

 そして、彼に釣られて隊員たちも笑った。

 仲間がこんなにも生き残っていたことを喜んだ。

 自分たちがハズレを引き続けていただけで、実際にはこんなにも多くの仲間がレイクタウンにたどり着くことが出来たのだと。

 1日中走り回って、人馬共にくたくたになっていた。

 それでも、目の前に広がる光景を目にすれば、もう少し頑張れる。

 捜索隊は東門に到着すると、そこで馬から降りた。

 それぞれが轡を引いて、街に入っていく。


「お前らは先に戻って休んでろ」


 アラタはそう言いつつ、隊列から外れた。

 出入り口で待っていたハルツの所に向かうためである。


「お疲れ様です」


「ご苦労だったな。なんだ、随分くたびれた顔をして」


「いえ、実は——」


 アラタは今日の成果を報告する。

 こんなにも多くの将兵が街に到達したにも関わらず、自分たちが出くわして救出したのは200と少ししかいなかったことを。

 だからもうダメかと思っていて、帰ってきてみたらこんなに多くの人々が生きていてホッとしたことを素直に伝えた。

 それを聞いたハルツの反応は、清々しいくらいに笑い転げるという物だった。

 始めはムッとしたが、そんなに笑うかなと不思議に思えてくるほど彼は笑っていた。


「なるほど、持っているのか持っていないのか。とにかくよかったなぁ」


「えぇ、本当に」


 アラタが訊いたところによると、ハルツは彼よりも1時間以上早くレイクタウンに戻って来ていた。

 陽が落ちかけていたというのもあるし、ハルツ視点ではすでにかなりの数の公国兵が街に集結していることが分かっていたから。

 捜索も重要だと理解しつつ、集まった兵士のケアにも人員を割かねばならないとの判断だ。

 現在把握できているだけでも、敗残兵の数は3千。

 民家を接収すれば収容可能な規模感だが、流石にそれには二の足を踏む。

 自国民の財産を我が物顔で使うほど、公国軍は無秩序ではない。


「とまあ、こんな感じでな。だからこうして街の外で待機する兵士もいるわけだ」


「しょうがないですよね。まあ、ここに入るかどうかは指揮官の判断次第でしょうけど」


「その通り。これから会議だ、来い」


「疲れました」


「関係ないな」


「ブラックすぎる」


 こちとら朝4時起きだぞと心の中で悪態を突きながら、アラタは諦めて街の中心部に向かっていった。

 時刻は8時丁度。

 作戦開始からすでに15時間が経過していた。


「ギルド支部ですか」


「そうだ。開戦してからは無人だがな」


 ハルツは自身の所属する組織の所有する建物の扉を開いた。

 首都にあるアトラ支部とは違って、非常に小さく、簡素な造りをしていた。

 冒険者ギルドは地球に存在するほぼすべての国家に存在していて、国内にも支部が大量に点在している。

 ここは冒険者ギルドサタロニア第5支部、通称レイクタウン支部だ。

 相変わらず魔物討伐などの依頼がメインだが、未開拓領域のクエストを受けず、ダンジョンも存在しない分活動は非常に小規模だ。

 首都と比較して土木工事や街道のパトロールなどの仕事が多い。

 クエスト一覧を掲示しておくクエストボードには、ギルドが営業していた時の空気感がそのまま保存されている。

 無造作に打ち付けられた羊皮紙のクエスト。

 ほとんどがDランク以下の依頼で、報酬が安い分危険度も低い。

 単発依頼の報酬の最高額は日給で銀貨4枚、日本円にして2万円。

 のどかなところだったのだと、それだけで冒険者組は推察する。

 2人は警備の兵士に挨拶をしつつ、クエストボードのある受付付近を通過していく。

 廊下を歩くと、奥の部屋から光が漏れていた。

 お目当てはここらしい。


「お歴々は気が立っているかもしれん。あまり刺激するなよ」


「了解です」


 木製のドアと金属の蝶番を軋ませながら、2人は部屋の中に入っていった。


※※※※※※※※※※※※※※※


 ハンモックは快適だ。

 ゆらゆらと揺れる感覚は他に代えがたい癒しを与えてくれるし、地面から離れている分汚れることも無い。

 いまディランがしているように、上をケープで屋根のように覆ってしまえば虫の心配も少ない。

 パチパチと木が弾ける。

 その傍にちょこんと腰を落ち着けて、火の番をしているのはアリソン・フェンリル。

 魔術師として超一流の彼女は、焚火をするために魔術で着火した。

 どちらも同じ物理現象のはずなのに、魔術よりこちらの火の方が温かみがある気がする。

 一説によると、焚火には1/f揺らぎという自然的な強弱が存在していて、それが人間からすれば落ち着くらしい。


「ねー」


 アリソンが懐中時計を取り出しながら話しかける。


「んー?」


 けだるそうな返事をしたディランは、何かの本を読んでいた。


「時間無いんですけど」


「かもね。勝手に出てもいいけど、それだと中将殿が何を言い出すか」


「あんた、あの人嫌いでしょ」


「いんや? 僕は人間好きだよ?」


 またおかしな会話を、とアリソンの追っかけもとい守護を司る騎士団の連中たちは思っていた。

 アリソンの天然というか、少しズレているところが推せると彼らは言うが、奇天烈具合では彼女よりもディランに軍配が上がる。

 彼女は極度の人見知りをする上その立場も相まって、普段はショーウインドーに飾られたドレスのような近寄りがたさがある。

 しかし、自分よりも更に変な人に出会えば、彼女とてツッコみ役を放棄するわけにはいかない。

 あなた本当に人間? あたりがベタだろう。


「あなた本当に人間?」


「人の子だよ。ごく普通の」


「どうだか」


 長い付き合いになるアリソンとディランだが、彼女は未だにディランの底というものを見たことがない。

 戦闘面の実力もそうだし、人間性の深層にも潜ったことがない。

 飄々としていて、常に複数人と交際していて、強く、切れ者で、そして精神異常者。

 でも彼の根底にあるものを一度たりとも看破できたことはない。

 だからこうして彼女はたまに、ディランのことを試すような質問をする。


「あと3日くらいしか残ってないけど。どうする? 帰る?」


「はは、まさか」


 男はハンモックから起き上がり、足を下ろした。

 腰はハンモックの縁に落ち着けていて、焚火の方を向く。


「時間は使い切らなきゃ。これが終わったら来年いっぱいは国内にいた方がいいらしいしね」


「巫女の予言?」


「いんやぁ、あの子にそんな力は無いよ」


「じゃあ何なのよ」


「そうだな、強いて言えば…………」


 ディランはハンモックから立ち上がり、その辺に落ちていた小枝を拾った。

 パキパキとそれを折りたたんで、最後は火の中に放り入れた。


「その方が面白くなりそうだと、僕の魂が叫ぶんだ」


※※※※※※※※※※※※※※※


「市街地戦だ」


 まあそうなるよな、とアラタは自分の考えとの一致点にただただ頷くばかりだ。

 アラタも知っている上級将校、第3師団長ブレア・ラトレイア少将はそう言い切った。

 今のところ特に異論は無いらしく、誰も反抗しない。


「それしかないだろうな」


 第2師団長マイケル・ガルシア中将も同意した。

 この場にいる中で階級の高いトップ2人が同調したのだから、事実上作戦は決定したようなものである。

 もし仮にここで残る部下全員が反対したとして、指揮権的には2人が無理矢理押し切ることが可能だ。

 アラタはハルツの方をちらっと見て、瞬きで合図をする。

 この部屋に入る前、絶対この話の流れになるとアラタが言ったとおりだ。

 ハルツはそれを見て、やや不機嫌そうにクイッとあごを前に突き出した。

 いいから集中しろとでも言いたげだ。


「あの、よろしいでしょうか」


「貴官は?」


「私は軍人ではありません。この街の顔役を仰せつかっているラパンという者です」


「おい誰だ。軍事機密に該当する会議だぞ」


「すいません、俺です」


 えっ、とハルツは思った。

 隣で手を挙げながら名乗り出たのが、アラタだったから。

 お前会議がある事すら知らなかったじゃないかと。

 なのに何でこんな部外者を参加させたのか、ハルツは今すぐにでも問い詰めたかった。

 だが、彼がそうするまでもなく、ガルシア中将が詰問した。


「中隊長、この会議の重要性を理解しているのかね?」


「勿論です。重要だから、参加願いました」


「ラパン殿にはその資格は無いと考えるが?」


「俺はあると思ってます。みなさん市街戦には賛成のご様子ですが、それを避難した住民に納得してもらうつもりはありましたか?」


「納得も何も、必要が無いだろう。どうせ軍からの要請で通るんだ」


 ネルソン大佐はそう断言した。

 彼の右腕は包帯で肩から吊るされている。


「命令だからと押し通すつもりなんですね」


「どうとでも取りたまえ。結果は変わらん」


「結果は変わらなくても、プロセスは大事にすべきです」


「甘いな。いくら銀星と言ってもまだ若い」


 会議室に嫌な空気が立ち込める。

 開始当初から肩身の狭かったラパンは、ホットサンドメーカーで押しつぶされたハムパンのようになっていた。

 渦中のアラタはどこ吹く風といった態度が、より一層険悪さを増加させる。


「貴官も市街戦には賛成しているのだろう? 何を今更」


「住民の納得が得られなければこの作戦を行うことは出来ない」


「関係ないな。勝たねばならんのだ、その為に手段を選んでいる場合ではない」


「違いますね。守る為に戦い、守る為に勝つのだから、守るものを見失ってはならない」


 静かに、かつ濃密な魔力を漂わせながら、アラタは机に手をついてそう言った。

 ハルツは、また驚いている。

 今度はアラタという人間の変化について。

 前はこんなことを言う人間ではなかった。

 もっと適当でこだわりがなかったし、人の命も倫理も無頓着だった。

 それが、どうしてこの短期間にここまで変わったのか。

 理由を考えたが、分からない。


 ——いや、理由などどうでもいい。

 アラタの考えがどうであれ、政治的に不安定な東部住民の反感を買うような行動は得策ではない。

 たとえ不成立に終わったとしても、住民説明は必要だ。


 ガルシア中将、ネルソン大佐がアラタに詰め寄る。

 2人ともアラタより背は低いが、風格は十二分に備えている。


「中途半端に話し合いを求めて、住民が敵に寝返ったらどうする?」


「それは勝手に話を進めた場合も同じですか?」


「だから時間を与えずに行動に移そうというのだ」


「平行線ですね」


「平行線なら、引き下がるのは貴官の方だ」


「負けたからってカリカリしないでください」


 地雷を踏んだ。

 ハルツがそう判断するよりも速く、ガルシア中将の拳がアラタを襲った。

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