第353話 3人1組
戦いの舞台となるのは、いつもと変わらず大きめの石がゴロゴロしている河川敷。
アラタ達はそこを見下ろす土手の上からひとまとまりの集団となって吶喊した。
先頭を走るのは中隊長アラタその人。
公国軍の中でも無類の戦闘力を持つ集団のお出ましだ。
「ぶっ潰せ!」
第301中隊の中で、離脱しなかった半数ほどの兵士が斬り込んだ。
まるで無数の棘を持つ山嵐が突っ込んできたかのような荒々しさ。
それも金属の刃で形作られた棘でだ。
横陣の薄くなった箇所に突っ込んだアラタ達は、初めからフルスロットルで飛ばしている。
彼らが戦闘に参加した瞬間に、戦場にこだまする悲鳴と怒号の量が2割増しに、命の散る速度がほんの少しだけ上昇した。
それに伴って戦場全体が僅かに熱を帯びる。
残夏の正午が近づいてきて、物理的な暑さの中に精神的な熱さが追加される。
金属、皮、布、とにかく鎧を着こんで厚着をしている兵士たちには堪える熱量。
その中で、最も熱い場所では日本刀が煌めいていた。
その刃は、血を求める。
「囲んで押しつぶせ!」
「負けるな! 壁ェ!」
「おぉう!」
帝国兵の最小組織単位は分隊で、その数は4名か5名。
対してアラタ達の中隊は、再編成に付き1班3名。
行動を共にする人数では、彼らは劣っていた。
だが、別にこれ自体が悪手というわけではない。
むしろ旧第1192小隊の人間が部下の様子を見つつ戦うためには、必要な措置だ。
1人で3人の面倒を見るのは中々に大変だが、2人の面倒なら何とかなりそう。
そういったノウハウというか経験則が、同部隊の中に着実に蓄積されていたから、彼はこんな指示を出したのだ。
実際、面倒を見てもらう側の2名の内、1人がまあまあそこそこ動けるのなら、負担はさらに軽くなる。
そして、彼らも一応はスカウトを受けて中隊に参加してきた人間なのだから、全く使えないという事は少ない。
つまり、第301中隊はこの形が非常に安定している。
と、ここまでは戦闘状態を維持するための工夫と知恵。
そして、勝つためにはただ状況を維持するだけでは足りない。
そう、敵を殺さねば勝つ事なんて夢のまた夢。
その理想を現実に持ってくるための剣を、アラタ達は振りかざす。
「崩したぞ!」
「了解ッ!」
「ウォーレン動け!」
「は、はい!」
「シリウスは間を詰めろ! そこ入り込んで押し広げろ!」
「了解!」
中隊の戦場単体で見れば、アラタをはじめアーキムやリャンは非常によくやっている。
特にアラタは、自分がフルで戦いながら指示を出しているのだから、いよいよ化け物じみてきている。
そしてまた敵兵の腕が飛んだ。
【身体強化】をかけたうえで魔力で武器を強化すれば、骨だって一刀両断できるのだ。
「……怪物」
戦場で後れを取る者は、死ぬ。
わずかに盾によるガードが下がったところを、アラタは見逃さない。
しっかりと踏み込んでから首を飛ばすと、隣にいた敵兵の盾を蹴飛ばす。
しっかりと支えているだけあってびくともしないが、流石に腕と肘をクッション代わりにして衝撃を吸収する必要があった。
つまり、体の位置が変わらないにもかかわらず盾の位置は少し体に寄っている。
それではガードが空いてしまう。
アラタは敵の足を思い切り踏みつけた。
優しさなんてこれっぽっちも入っていない、一切の手加減をしていない本気の地団駄。
人の身体を慮ることなくそんなことをすれば、足の骨がどうなっても知らない。
ペキペキと嫌な音を立てながら、兵士は苦悶の表情を浮かべる。
苦しそうな顔をするだけで盾を手放すでもなく、転げまわろうともしない敵兵は十分称賛に値する。
現に味方がアラタに反撃する時間をほんの少しだが稼いで見せた。
「お前らも頑張れよ」
「すいませんすいません」
「アラタさんおねシャッス!」
中隊長のことを押し包んでしまおうとした敵との間に割って入ったのは、公国軍正規兵の装備に身を包んだ2名の若者だった。
彼らは今回のスカウトで加入した人員で、予定では単独で動くはずだったアラタの下についたイレギュラーである。
彼らを加えてトータル52名で戦闘を開始、今に至るわけだが、この2人も中々に動ける。
アラタに迫る敵の槍を大ぶりで長方形の盾でガードしつつ、刃渡りが短く刀身が太い山刀のような剣を振るう。
今回のように密集している状態では、間合いが短くても十分戦えることを証明した形だ。
アラタが動く時間とスペースが出来た。
銀星のアラタ、舞う。
「グフッ……」
知らぬ間に喉元を裂かれた兵士が一人。
「きさ……敵!」
今度は背中を斬られ、喉を串刺しにされた兵士が一人。
「あ゛っ!!!」
筋肉の硬直で固まってしまった刀を引き抜こうとしつつ、開けた右手で眼球を潰す。
この人口密度の中無理を押して魔術を起動しようとした敵に対しては、こちらも魔力を放出することで魔術干渉を引き起こし、魔術阻害ついでに顔面を蹴り上げた。
そうしている間も彼の部下は敵と互角の押し合いを演じていて、少し手を貸してやるべきかと決断を下す。
彼の選んだのは飛び道具によるサポート。
アラタは体勢を低くして右手一本で足元を薙ぎ払うように動くと、その一連の動きの中で採取した石を握り締めた。
今なら、この世界ならもっともっと野球を続けることが出来たと、彼は今でも後悔している。
今ならもっと速く、コントロール良く、多彩な変化球を投げることが出来たはずなのに、それを人殺しの道具にしている自分には心底嫌気が差していた。
ただ、だからと言って手を緩めることはあり得ない。
「ぐっ!」
「がぁっ!」
アラタの部下たちとぶつかっていた敵は、側頭部に岩石による攻撃を受けて昏倒した。
もしかすると頭蓋骨陥没骨折や脳内出血も併発しているかもしれない。
一刻も早く病院で診察と治療を受けることをお勧めしたいが、ここは戦場、そんなものは無い。
辛うじてあるのは司令部付近に存在している救護所くらいのもので、彼らの命はもう助からない。
目の前の敵の命の灯が消えようとしている時、またアラタが動いた。
全てこれは演技で、映画の撮影で、殺陣のシーンだったと言われた方が納得できる戦闘。
敵の繰り出した短剣は、首から上を倒したアラタに躱されて、お返しとばかりに柄を顔面にめり込ませる。
痛みなど疾うにどこかに忘れてきた兵士は、顔面が修復不可能な状態になりながらも勘だけでアラタに縋り付く。
そうすることで自慢の機動力と間合い確保に影響を与え、全員で殺してしまおうという算段だ。
名もなき兵士と同じ釜の飯を食ってきた同僚たちは、男の生き様に涙しながらアラタに襲い掛かる。
その一部は3人1組の新米たちに阻止されて、残る3名が刃を届けるために命を燃やす。
最も速く
何かの拍子に兜は脱げていて、遠くから見ると灰色に見えないことも無い頭部が露になっている。
そんなに無防備でいると、日に焼けて頭皮の皮が剥けかねない。
そして、戦場において兜を付けないリスクについても同様に把握しておくべきである。
明瞭な視界と引き換えに犠牲にしたのは、頭頂部の安全性。
彼の頭を一本の杭が掠めた。
「ッッ…………!」
「チッ」
コントロールミスをしたアラタは小さく舌打ちをする。
しかし、そう言ったミスも織り込んだうえで行動するのが彼という人間だ。
敵の頭皮をわずかに傷つけて通過した杭の端には、細い糸が結ばれている。
カナン公国アトラダンジョン、第4層で収穫可能な、暗室カクレハエトリグサの繊維で編みこまれた極細ロープである。
特徴は、脆く、魔力伝達性が高い。
少し引っ張るとすぐに千切れてしまう耐久力の低さと引き換えに、魔力の通り道として非常に優秀な性能を持つ。
そして、杭に雷属性の魔力が流された。
…………バツン。
何かが断ち切られるような、弾け飛ぶような、断線したような音が鳴った。
それは、開発意図に組み込まれた使い方ではない。
ただ、こういう使い方も出来ると事前に知っていただけの話。
魔力の伝達性能が良く、魔術回路に使うには耐久力が足りない。
そんなロープは、しばしば研究開発中の事故を引き起こしてきた。
具体的には、ロープに魔力を限界まで流した状態で断線させると、断線箇所から魔力が放出され周囲に影響をまき散らす。
そうして兵士の首元で、雷撃が炸裂した。
「ノーリス!」
名前を呼ばれた時には、ノーリスは既に意識を失っていた。
首元の損傷が激しく、もう助からないだろう仲間は、無残にも倒れていく。
しかし悲しみに浸る暇はない。
ノーリスをやった憎き公国兵を殺すまでは、悲しむのはナシだ。
なおも足を止められたアラタは、2人の敵を対処する。
槍を突き出してきた女の攻撃は左手の前腕に装備している黒鎧で外側に弾き、右手一本で握った刀は大上段から振り下ろされた両刃の剣を受け流す。
それだけで動体視力、【身体強化】ありの膂力、正確に攻撃を受け切る身体操作能力が桁違いであることが見て取れる。
始めはこうではなかった、もっと弱かった。
ただ、異世界に来るまでの18年間の研鑽と、異世界にやって来てからの命懸けの1年間は、彼を常識の外側へと運んでいく。
通り過ぎる槍に導かれるように敵兵はアラタへの距離を不用意に詰め、【感知】によってノールックで首元を掴まれた。
「カッハッ! ガッ……!」
「貴さ——」
大上段からの一撃にも関わらず、アラタの思い通りに攻撃を受け流された男は、そこまで大した使い手ではなかった。
これが剣聖オーウェン・ブラックだったなら、真っ二つになっていたのはアラタの方だっただろう。
しかし、これが格の違いだ。
アラタから見て右横に受け流した敵の攻撃はもう当たらない。
返す刀で首を飛ばす方が速いから。
「レ……ァ……」
流石に片手はきつかったか、首を刎ねることは出来なかった。
それでも首筋に入った赤い線は致命傷として十分すぎる。
その頃には人外の握力で握りつぶされた首の持ち主は、生命活動を停止していた。
残るは足元に縋る彼だけだ。
「……し、死——」
「敵が追加される前に出来るだけ減らすぞ!」
何の感傷もなく、息を切らすことも無く、ただ無機質に、瞬く間に敵を葬った我らが中隊長を見て、新入りたちは奮い立った。
敵ならどんなに怖いか想像すらしたくないが、味方であればこれほど心強い上官もそう多くない。
彼らの握る武器に力が籠る。
そして背中を後押ししてくれる雰囲気は伝染する。
僅かな風が、公国軍を押し始めた。
乱戦の形勢が、傾き始めた瞬間だった。
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