第325話 良く言えば、悪く言えば
「ハルツさん、また何かやらかしたんですか?」
「失礼な。俺から言い出した話だ」
「本当かなぁ」
疑問符を付けながらアラタは探るような表情をした。
最近になってようやく、彼の中でハルツ・クラークという人間がどんな性格をしているのか固まってきた。
貴族、それも大貴族クラーク伯爵家の次男として生を受け、武門の家柄という事もあって士官学校に入学、それから公国軍に入隊。
リーバイ・トランプ中佐らと同期で、順調にキャリアを重ねて行ったにも関わらず、ある時突然除隊した。
それからは冒険者として生計を立てる傍ら、プライベートでは結婚と子供に恵まれ今に至る。
だがまあ、その性格や行動にスポットライトを当ててみると、あまり順風満帆とは言えなかったようだ。
軍の中では優秀で通っていたが、上官との折り合いが悪く出世にも響くように。
相手が一人なら相性の問題で片付けられなくもないが、それが悉くそうなるのだから、今となっては彼の方にも問題があったと考えるのが自然だ。
それから冒険者に転職したが、ギルドとも事あるごとに揉め、中々ランクが上がらない日々を過ごす。
結婚したはいいが、伯爵家からは勘当同然の扱いを受けていて、実兄のイーサンが家督を継承するまで家の人間とは不仲な状態が続いていた。
今のハルツを見ているととてもそんな風には見えない、そう多くの人が言うだろう。
実際彼は誠実で信頼できる人物だし、冒険者ギルドにおける等級もカナンでは最上位のBランクだ。
ただ、アラタから見ると、少し今までの評価にも納得できる部分もあった。
良く言えば実直で真っ直ぐ、悪く言えば融通が利かない頑固者。
社会的地位のある今ならまだしも、若いころはとにかく周囲と衝突したであろうことは容易に想像がつく。
アラタも同じだったから。
甲子園優勝経験もある高校で、1年生にしてベンチ入りをするだけではなく、大会途中からエースとして活躍、甲子園で鮮烈なデビューを飾った。
仲間からの信頼も厚く、特に問題も無いかに思えた彼の野球人生だが、メンバー外との仲はすこぶる悪かった。
偉大な3年生の薫陶を受けて夏の間に一回りも二回りも成長した彼と、応援に徹していた彼らでは認識にずれがあったのだ。
別にアラタが悪いわけではない、人数の多い部活動ではそう言ったことはよくある話だ。
だが、結果としてチームは一度甲子園を辞退し、バラバラになりかけた。
だから彼は分かるのだ、ハルツの考え方や行動の意味が。
それはもう痛いくらいに。
だから、また誰かとぶつかってこんな任務に宛がわれたのではないかと、普通に心配していたのだ。
しかし、それを表に出すのもなんだか気恥ずかしくて、茶化しながら聞いた。
またやらかしたんですか、と。
ハルツ率いる第206中隊は現在、ミラ丘陵地最奥に位置する一番砦よりもさらに西にいた。
任務の内容は物資の運搬、元から彼らに任されていた輜重隊としての正規の仕事だ。
輜重は軍の兵站、物資輸送を司り、名目上冒険者大隊は全員がそこに所属している。
この戦争が終われば軍務からは解放される彼らを正規軍の中に組み込むのは、あらゆる意味で合理的でないから。
便宜上配分された役割でも、たまには仕事をしないと方々に面子が立たないというのが大きい。
じゃあ冒険者大隊の中で誰がそれを請け負うのかという話になると、誰もこんな面倒な仕事はやりたがらないからハルツ殿、そういうことになる。
そこでハルツが快く引き受けてしまうものだから、押し付けた側も少しの罪悪感が心を刺す。
「隊長、ちょっといいですか」
ハルツから離れたアラタの所に、部下のウォーレンがやってきた。
「いいよ」
「我々は街で物資を受け取り、それを前線に送る、それが任務ですよね?」
「そうだよ」
「中隊規模では少し人数が足りないのでは?」
「運搬業者は別にいるんだからいいだろ」
アラタの言うように、中隊の彼らが馬車を引くわけではない。
公国と契約を結んだ商会や個人事業主や地方の冒険者たちが、荷物を運んでくれる。
中隊はそれを護衛し、襲撃があればそれを退けることが任務になる。
何もおかしなことはないはずだった。
ただ、ウォーレンは少し思うところがありそうだ。
「今回の責任者、クラーク殿でしたか。あの方は兵站に関してどれくらいの経験がおありで?」
「さぁ? 前は軍にいたって聞いてるけど何してたかまではしらないな」
「兵站部門ではないのですね?」
「確証は無い」
ウォーレンは息を吐いた。
「隊長、今からあまり気持ちの良くない話をしますが、いいですか」
アラタは周囲を見渡し、問題ないことを確認する。
「いいよ」
そうウォーレンに話を始めるよう促した。
「あのですね、物流系は基本的に糞です」
「すごい色んな所から抗議が来そうな……」
「事実ですから。横流しなんて当たり前、着服、横領、不正売買、架空取引、なんでもござれです」
「へぇ~」
アラタはレイフォード物流事業部特殊配達課を思い出していた。
基本任務が優先とはいえ、一応物流に携わることもあった。
特に不正だとかは無かったはず、と思っている。
実際そういうことは特配課に限っては無かったが、彼らの名前にもあるように彼らは少し特殊なのだ。
ウォーレンの言う一般論に当てはめてはいけない。
「つまり、責任者もかなりボンクラやクズが多いです。例え戦時中だったとしても」
「大変だなぁ」
「
「見逃せってこと?」
ウォーレンは頷いた。
「俺は別にいいけどなあ。目に余るようならシバけば解決するし」
彼の中には、未だに昭和的スポ根規律でがんじがらめ超縦社会の倫理観がインストールされたままだ。
「隊長は今回責任者ではありませんから。問題は中隊長です。そういう事が出来るようなお人なのですか?」
「うぅーん…………」
アラタは乗馬した状態で腕組みをして考え込む。
悪い人ではないけど、機転はあまり利かない。
そう考えた。
「ダメかもな」
ウォーレンは溜息をついた。
これから起こるかもしれないいざこざを解決する役割は、軍関係者の彼やカイ、サイロスたちだ。
「隊長、結構大変な仕事になりそうですね」
「まだ相手がそうだって決まったわけじゃないだろ」
「東部は特に腐敗が酷いんですよ」
そう溢して、彼はまた息を吐いたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
カナン公国サタロニア地方、レイクタウン。
そこが今回206中隊が物資を受け取る場所だ。
戦場からそれなりに近いものの、未だ市民は逃げていないようだった。
木の柵や一部石垣に覆われたこの都市は、おそらく軍に攻められれば容易に陥落する。
むしろ初めから逃げることを念頭に置いている分、一般人が多く残っているのかもしれない。
ハルツたち前線の兵士にとって、それは現状好ましい状況だった。
後方がスカスカで兵站に問題がでるより遥かに歓迎すべき状態。
ただし、今の状態においてはという但し書きがつく。
もし仮に公国軍が敗れ、それなりに後退せざるを得なくなった場合、足の遅い一般人は確実に前を詰まらせて軍の行動を阻害する。
両取りはなかなか難しいから、現状望むべくを取りに行くしかない。
撤退するときのことはその時考えればいい。
「アラタ! ちょっと来い!」
「はい!」
責任者のハルツが彼を呼んだのは、街に到着してから2時間ほど経った時だった。
タリアの治療の順番が回って来たアラタは、すでに骨折も裂傷も治療済みである。
荷物の積み込みや集計を周りに任せてハルツの元へと向かった。
「どうかしました?」
「ラパン殿をどう思う?」
そう言いながら、ハルツは少し遠くに見える禿げ頭のでっぷりと太った中年男性を目で指した。
彼は今回の物資運搬に関わる民間事業者の現場責任者で、ウォーレンのいう通りなら最も注意しなければならない相手だ。
「どうと言われても。俺はまだ話すらしていないですし」
「じゃあ少し話してこい。そしたらもう一度俺の所に来るんだ」
「はぁ……」
それだけ言うと、ハルツはさっさと自分の仕事に戻ってしまった。
お前も早く指示されたとおりにラパンの所へ行けと、そう言われている気がした。
ウォーレンの話を聞いた手前、あまり気が進まなかったがこれも自分の役割と諦めたアラタは、適当にあたりをぶらつきながら男に接近した。
彼ももっぱら仕事の最中で、書類とペンを片手に忙しそうにしていた。
「すみません、ラパン殿でお間違いないでしょうか」
「えぇそうですよ。どうかなされましたか?」
振り返った肥満男性は、柔らかな物腰でアラタに接してきた。
今のところ特に変な箇所や気になることは無い。
「その、あ、私206中隊付きの小隊長アラタといいます。移動中の警備に関して何かこちらで出来ることは無いかと思いまして」
我ながら良い切り出し方だと、アラタはそう評した。
話しかけたいものの、特に話す用事もないので適当にでっちあげた話題にしては、まあまあ良くできている。
大して中身のないところがポイントだ。
相手もどう切り返していいか迷っている。
「えーそうですね……さしあたりこちらから注文を付けるようなことは……」
ラパンも何か考えてはくれているのだが、いかんせん質問の内容が軽すぎる。
意味合い的には『いい天気ですね』くらいの言葉に対して、どう答えろと言うのか。
「些細な事でいいんです。我々は戦場に戻るわけですから、皆さんを危険から遠ざけるのなら何でもしますので」
アラタは口から出まかせを吐き続ける。
きっと彼なら部隊が危機に陥った時、業者を荷物ごと見捨てるくらいのことは平気でする。
ただ、彼の言葉はラパンに刺さったようだ。
「そこまで言っていただけるとは有り難いお話です。実は少し相談というかお願いがありまして……」
「何ですか?」
「ここではなんですからあちらの方で少し」
そう言いながらラパンは喫茶店を指さした。
戦時中の戦場からほど近い場所だと言うのに、まだ営業しているらしい。
「自分から話しかけて申し訳ないのですが、長くなると中隊長にどやされてしまうので」
「あぁ、ご理解がなさそうですからな」
「え?」
「あ、いや、何でもありません。すぐ済みますから」
——風向きが変わったかもな。
そこはかとなく
初対面の小隊長にこう言ってしまうあたり、かなり問題があるのかもしれない。
「それならお言葉に甘えて」
「それは嬉しい限りです! ささ、どうぞこちらへ」
よく見たら目がきたねえ色してるんだよなぁ。
俺と同じだ。
アラタは彼に自分と近しい何かを感じ、それが決して良くないものだと察していた。
あとはどこまで引き出すか、そう考えながら彼はラパンの後についていったのだった。
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