第160話 まっさらな自分を取り戻しに

「マジすか」


 ダオ村で本隊の到着を待っていた黒装束たちは、ハルツとの接触で旅の目的であるノエルの復活を知った。

 思わず聞き返すほどの驚きがそこにはあり、これで彼らの努力は報われた形となる。

 後は通常のクエストとして魔物を駆除して終了、めでたしめでたしだ。


「ただ、契約に関してはそのままだからな。レイテ村には向かうことになる」


「あー、例の【召喚術】ホルダーの?」


「そうだ。君たちには先行から後詰に配置転換して、ある程度魔物の数を減らしてほしい」


 黒装束は今まで、本隊から先行して現地調査や魔物駆除を行ってきたが、敵もいなければノエルも復活し、その意味も薄れた。

 本来なら合流して討伐任務に従事するところだが、黒装束の機密性からしてそういう訳にもいかない。

 ということで、ハルツと別れた後、黒装束たちは本隊が村を出るまで休息となった。

 自分たちが動くのは彼らが出ていったあと、抜かしてもらうために通過待ちをするのだ。

 ハルツとの接触ポイントからアジトへの帰り道、リャンは先ほどのやり取りについて聞きたいことがあった。


「アラタ、例の召喚術とは何のことですか?」


 一応森の中、索敵しているアラタは周囲を警戒しながら質問に答える。


「レイテ村に【召喚術】ってスキルを持つ人がいるらしいんだけど、ノエルが適当に結んだ契約を解除するきっかけになるらしい。俺も詳しくは知らない」


「召喚術師とは違うんですか?」


「違う。その人のクラスは【庭師】だから」


 そう言い終わると、アラタは雷撃を起動して走り出した。

 茂みの奥に雷撃が撃ち込まれると、向こうに入っていったアラタはやがてアルミラージを引きずって出てきた。


「今日のメシだな」


 こうして黒装束たちの任務は実質的にほぼ終了した。

 後はハルツ達が討ち漏らした魔物の駆除や、環境整備などを適当に行って帰るだけだ。

 滞りなく任務完了、ノエルも復活したようで、アラタの気持ちは晴れやかだった。


※※※※※※※※※※※※※※※


 1月18日、カナン公国西部。

 クレスト公爵家がマッシュ男爵家に管理を委託している村の内の一つ、レイテ村。

 一連の魔物討伐クエストの終着点であり、ノエルたちの最終目的地である。

 未開拓領域に近い開拓最前線と呼ばれる地域の中でも、一際西に踏み込んだ位置にあるその村は昔から魔物の脅威と戦い続けてきた。

 それゆえ村人たちは軒並み高い戦闘力を有し、彼らからの救援要請はかなりのピンチであることを意味していた。

 しかし、今回のクエストではレイテ村は最後に回されてしまう。

 それはなぜか、答えはそう、レイテ村以上に近隣の村落が危機だったからである。

 一番初めのサヌル村の近隣で出没する魔物の脅威度はほとんどがDランク以下、それに対してレイテ村ではおよそC、時期次第ではBランクまでになる。

 村人には今少し踏ん張るように返事が届き、ノエルの治療をしながら公国の国境を移動していく。

 その間に敵性存在である黒狼を排除、ノエルの治療もほぼ終わり後顧の憂いは断った。

 そこに到着するのはBランク冒険者ハルツ・クラーク率いる19名の戦力。

 後詰の黒装束と、増援と共に黒狼を移送中の1個分隊を除いた精鋭部隊が到着したのは、午前6時とかなり早かった。

 魔物の活動が鈍くなる早朝に時間を合わせて街道を抜けていく。

 ハルツ達の返り血はそれでも元気に喧嘩を吹っ掛けてきた魔物のそれだ。


「村長のカーターです。長旅お疲れさまでした」


「これはどうも。責任者のハルツ・クラークです。我々はすぐに出ます、ノエル様を頼みたい」


「ええ、こちらも準備は出来ています。あとはお任せを」


「頼みます。リーゼ! ノエル様に付け!」


 慌ただしく入村した一行は2名を残しすぐにまた出撃していった。

 残るノエルとリーゼにとっては思い出深い場所だ。

 契約を結び、暗黒騎士を撃破した土地。

 その一年後、異世界人アラタ・チバを拾った場所。

 そして、始まりのくさびを清算するためにこの土地に再度足を踏み入れる。

 アラタと出会った時とは別の季節で、畑には野菜が植えられている。


「お久しぶりです。半年……は経っていませんね。お元気そうで何よりです」


「カーターさんもお変わりないようで。早速ですがお願いしても?」


「もちろん。案内します、こちらへ」


 村は以前来た時と変わりなく、魔物を迎撃する柵や堀が設けられているのが普通の村とは少し違う所だ。

 人間にのみ門戸を開いている、村というよりは野戦陣地に近い。

 ハルツがカーターに2人を預けたのが村の入口、彼はそこから反転して魔物討伐に向かった。

 今3人は村の中心部へと向かっている。

 ど真ん中から少し逸れ、到着したのは綺麗な一軒家だった。

 敷地への入口の門をくぐると、そこには不思議な趣のある庭園が広がっている。

 冬でほとんどの植物は葉を落としてしまっている。

 だがそれも織り込み済みというか、受け入れているような美しさがあった。

 花が散り、葉が落ち、寂しさの中に制作者は何を見出そうとしているのだろうか。

 飛び飛びになっている石畳で舗装された通路を歩くと、ドレイクの邸宅に似たデザインの母屋が3人を出迎える。


「おはようございますキヨコさん。カーターです」


 不思議な響きの名前を呼ぶと、建物の中で気配を感じた。

 やがて引き戸がガラガラと開き、中からかなりの高齢に見える老婆が3人を出迎える。


「あらあら、珍しいお客さんが来たねぇ」


 キヨコと呼ばれた女性はノエルとリーゼの方を向いてそう言った。

 レイテ村では余所者の来訪は珍しい。

 2人が挨拶をすると、キヨコはノエルの方をじっと見つめる。

 目を逸らすのも変だし、とノエルもキヨコの方を見ること数秒。

 よく分からない時間が流れ、カーターが話しを前に進める。


「婆さん、今日はお願いしますね」


「ああ、任せておきな。あがってちょうだい」


 3人は玄関で靴を脱ぎ、ひざ下くらいの高さの段差を上がる。

 キヨコはかなり元気みたいで、結構ある段差をものともせずに玄関を上がると確かな足取りで廊下を進む。

 あまり見たことの無い家だ、とノエルは周囲をきょろきょろと見渡す。

 木が多く使われていて、ドアがあまりない。

 玄関のように引き戸や呼び方が分からない仕切りみたいなものが沢山あって、緑色のざらざらしているフローリングの部屋がある。

 縦長の紙にインクの濃淡で描かれた単色の絵画? が飾られていて、作者のサインは書き崩されているのか読めない。

 そんな感じで家の中を進み、到着したのはまさかの外、中庭だった。


「そこにサンダルがあるからね」


 灰色の砂利が敷き詰められた中庭には、木は植えられていない。

 代わりと言っては何だが、どこから持ってきたんだと思うような大きな石がいくつも置かれていて、インテリアのつもりらしい。

 中央にはゴザが敷かれていた。


「ここに寝て」


「え?」


「ほら、さっさと寝る」


「は、はぁ」


 ノエルはサンダルを脱ぐとゴザの上に立つ。

 地面の砂利の感触が伝わってきて、少し気持ちいい。

 言われたとおりに仰向けになると、今度はゴツゴツして少し痛い。


 ——ファサァ。


「え、え?」


「暖かくしないと風邪ひくからね」


 老婆心からなのか、キヨコは横になっているノエルに布団をかけた。

 毛布ではなく掛け布団である。


「……ふっ、ふふっ」


「笑わないでよ!」


「いや……お供え物みたいで、ふふっ」


 中庭のど真ん中で就寝する格好のノエル、しかも彼女は武装している。

 これ以上ないくらい噛み合わせの悪い光景はそう多くないだろう。

 思わず笑うリーゼに噛みつくノエルだが、キヨコは気にしないでどんどん準備を進めていく。

 土を掻くレーキのような道具を手にキヨコは立つ。

 やがて当たりを付けたのか、おもむろに彼女は歩き出した。

 ガリガリと道具で地面を掻き、彼女の通った後には砂利模様が浮かび上がる。

 真っすぐ、カーブ、ジグザグ、色んな軌道で彼女は庭を歩く。

 その足取りは確かで、見た目よりずっと健脚だ。

 ノエルを中心に、同心円状に描かれたいくつもの円。

 それを繋ぐように模様は続く。

 こうしてみると中庭はかなり広く、10メートル四方以上は確実にあった。

 最後の一掻きを終えると、キヨコはレーキをあげて自らも縁側から家の中に上がった。

 彼女はどこかへと行ってしまい、リーゼとカーター、そしてお供え物のノエルだけが取り残される。


「リ~ゼ~、そこにいる?」


「……………………」


「ねえ~。ねえってば!」


「うふふ、ちゃんといますよ」


「意地悪しないで!」


「はいはい」


 そんな感じで2人がふざけていると、少ししてキヨコは戻ってきた。

 靴を購入した時の箱くらいの大きさの入れ物。

 木をベースに要所を金具で補強、装飾された木箱だ。

 縁側にそれを置くと、キヨコは隣に座り、箱の錠を開けた。

 ガチャリと重めの音が鳴り、開かれた箱の中にあったものとは。


「剣、と玉ですか?」


「そうだよ。少し説明をしようかね。あなたも聞こえるかい?」


「聞こえる!」


 キヨコは箱の中から道具を取り出すとそれを閉じた。

 そして同時に出した布巾で道具を磨く。


「私のクラスは【庭師】。やんちゃだった私は【召喚術】のスキルを習得した」


 老人の思い出話は長いと相場が決まっている。

 リーゼは正座して聞いていたが、ノエルは布団のせいもあって今にも寝そうだ。


「昔は悪魔でも天使でも好きに召喚していたさ。でも、今はそんな力なんて残っちゃいない」


 リーゼの隣で立って話を聞いていたカーターは目を擦る。

 眠いからではない。

 景色が、キヨコを取り巻く景色がぼやけて見えたのだ。


「サクラ…………?」


 今は1月、あり得ない。

 そもそもこの中庭には桜はおろか植物は何も植えられていない。

 あるのはせいぜい岩にした苔くらい。


「召喚術は常ならざる者を呼び出すすべ。その対象は悪魔憑きにも及ぶ」


 ここまで言えばもう察しはつく。

 ルークが事前にこの村にやってきてまで頼んだのはこれだった。

 スキル【召喚術】を使って剣聖の人格を呼び出す。

 そして契約の破棄もしくは更改を行うのだ。

 自分勝手な呪いの人格では話し合いに応じることはまずない。

 ではどうするのか。


「始めるよ。召喚術、発動」


 瞬間、枯山水に水が満ちた。

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