第146話 馨香望郷

「えー! ダイフクは一緒じゃないの!?」


「当たり前だろ。それにキィお前、遊び相手になるだけで全然世話しねーだろ」


 リビングでは遠足もとい任務のブリーフィングが行われていた。

 だが、話の内容は猫を連れていきたいだのおやつはいくらまでだの、小学生の遠足レベルだ。

 それが許されるのは本当にそれくらいの年齢であるキィだけだが、クリスもアラタも一緒になってふざけている。

 リャンが頭を抱え、ドレイクが静観するいつも通りの構図だ。

 それでも最近黒装束の指揮を執っているアラタはおふざけモードを終了し、必要事項について伝達する。


「いいか、俺たち以外にも護衛は多数いる。けど彼らの協力は基本無いものと思え」


「何で?」


「俺たちの任務はノエルの護衛、これは他の人たちと同じだけど、あの人たちは魔物を相手にするノエルのサポート、俺たちは魔物をけしかけたり操ったりする奴らを片付ける」


 そう言うとアラタはテーブルの上にジャラジャラと石を転がした。

 形は様々、特に意味などはなさそうで、パッと目に付いた石を手に取ると、それを中央に据える。

 どうやら一番大きな石がノエルを意味しているようで、それを取り囲むように石を配置していく。

 同心円状に配置された岩石、その一番外側に法則から外れた4つの石。

 これが彼ら黒装束のようだ。


「何事も無ければ俺たちの出番はない。でも、この時期にこんなことやって、何も起こらないはずがねえ。全員、気を引き締めろ」


 こくりと頷く3人。

 それを見て、アラタは石を並べ替えた。


「ノエルの側にリーゼ……ハルツさんの姪がつく。そしてハルツさんのパーティー、これが常に護衛する。そしてクラーク家とクレスト家から依頼を受けた軍の部隊が4個分隊、1個小隊つく」


 並べ替えられた石は各組織の規模を表しているようで、小隊の石は適当にたくさん集められている。

 ハルツ達のものが5つ、黒装束が4つだ。


「知ってると思うけど、軍の人たちはあの人たちの戦い方がある。トラップも含めて、あの人たちの邪魔はしない様に」


「それは私たちが仕掛けるものという意味か?」


「それもあるし、警戒範囲は教えてもらうからその範囲内には入らないようにする」


 つまり、護衛する範囲を棲み分けることで余計な衝突を避ける狙いがあるのだ。

 彼の言ったように、軍隊には彼らの流儀と洗練された戦術がある。

 冒険者と彼らは別の生き物なのだ。

 彼らが全方位を広くカバーするには、彼らのやり方に任せるのが一番だ。

 よってそれより外側で行動するアラタ達が内側に動く際には厳しい制限が付いて回る。

 だがそれもやむなし、そう割り切り単独行動を想定して物資の検討に移っていった。


 大体必要な物資が固まり、今あるもの、そうでないものを調べ終えるとクリスとキィは資材調達に、アラタとリャンは別件で出かけた。

 クリスとキィの組み合わせは、相性はともかくよくあるペアだったが、残る2人の組み合わせは何というか、異色だった。

 元々そんなに口数の多くない2人が黒装束を着て街中を歩くと、それはもう無言の移動にしかならない。

 この2人の厄介なところはそれでも特に苦痛を感じない性格で、当事者たちはそれでよくても見ていて非常につまらない。

 別に面白さ追求してねーし、アラタならきっとそう言うだろう。

 2人の目的地はアルベルト・モーガン子爵邸、先日大砲の弾として撃ち込まれた屋敷だ。


「私はここで」


 守衛に取次ぎをお願いしている間、唐突にそう言った。

 報告に来ただけなので一人で事足りると言えばそうなのだが、別に遠慮することは無いとアラタは2人で来たと守衛に伝える。

 やがて門が開き、中に招かれると執事が出迎えてくれた。

 人に見られてはいけないので仮面を着けたままだが、魔道具のスイッチは切っている。

 傍から見れば怪しい黒装束2人組が邸内に案内されているように映るだろう。

 その正体がアラタとリャンであることがバレなければヨシ、そういうことだ。

 執事の名前はトーマス・モーガンと言い、名前の通り子爵家の分家筋に当たる人間だという。

 彼は先代の子爵の頃から筆頭執事を務めた使用人の中でも特に長いキャリアとそれに見合った能力を持つ人物だった。


「そんなに長い間責任ある役職、大変じゃないんですか?」


「いえいえ、私にはこれしかありませんから」


 そう笑っている彼の足は義足である。

 アラタは歩き方が変だなくらいにしか考えていないが、リャンははっきりと彼の右足が作りものであることを見抜いていた。

 そしてそれがどういうことを意味しているのかも。

 執事の頬に入った傷、そして義足。

 おおよそ日常とはかけ離れた状態に身を置いたことがあるのだろう。

 そして、その契機となったのは恐らく。


 …………帝国人がこれを見たらなんというのでしょうかね。


 4階まで上がり、奥まった一室に案内された。

 通された部屋にリャンは初めて入ったが、アラタは2回目だ。

 前回とは違い、初めから部屋を満たす食べ物の香り。

 アラタはこれがレモンティーではなくストレートティーであることを覚えている。

 だが何の茶葉なのか、それは……そんな状態だ。


「やあ。忙しいのにすまないね」


「いえ。ここが最後の休息です」


 装備を外し、2人はソファに腰を落ち着けた。

 最近まで食べ物に興味はなかったと言っていたモーガンだが、客人をもてなす姿は板についているし、何より楽しそうだ。

 香り高い茶葉は標高の高い山の空気を感じさせる、と言ってもアラタには想像すらつかない。


「ダージリンのセカンドフラッシュだ。私もまだ勉強中だからこれくらいしか分からなくてね」


「へ、へぇー。セカンドがフラッシュサインですか~。なるほどなるほど」


 適当なことを口走っている彼を横目に、リャンは一口飲むと、故郷を思い出す。


 家族は元気にしているだろうか、皆は私がウル帝国を出たことすら知らない。

 今もグランヴァインで輝かしい仕事に就いていると思っているはずだ。

 私は今、西の地で呑気に紅茶をいただいている。


「懐かしい味がしたかい?」


 ふと我に返ると、テーブルに茶菓子を置きに来たモーガンと目が合った。

 アラタは菓子に手を付けていてそれどころではないが、彼にはリャンの考えていることが分かるみたいだ。


「君の髪色、そして顔つき、知っている人は知っている。団結した民族、いや、団結させられたグエル族かな」


 リャンの深い碧色の髪は帝国南部に位置する山岳に古くから住む民族の特徴。

 そして彼の緑色の眼はその中でも色濃く祖先の血を反映する一族の象徴。

 リャンは無言でカップを置き、立ち上がった。

 隣でアラタは不思議そうな顔をしていて、2人がどういうやり取りをしているのか分かっていない。

 モーガンは自分の席に戻ると、自分の紅茶を飲み、先日とは違う菓子を口に放り込む。

 全て見透かされている、そんな感覚の中、リャンは再び着席した。

 懐かしかった香りのはずなのに、それがどこか遠くにある気がして、もう手が届かない気がして、そう言われた気がして、酷く虫の居所が悪い。

 こんなことなら外で待っておけば良かった、後悔したリャンは口を噤み、下を向く。


「それでアラタ君、結果はどうだった?」


「それがですね、マリルボーン伯爵は白、その長男のえっと、メイソン・マリルボーンが黒って感じでしたね」


 リャンの少しおかしな様子には2人とも触れず、話の本題に移っていく。

 魔道具師であるメイソンが父親に魔道具を使い、モーガンの元へ渡るように仕向けた。

 それほどの自由度を持つ魔道具が製造されたことにモーガンは心底驚いていたが、同じ派閥の仲間内で全面戦争に発展しないことが何よりの朗報だと胸をなでおろした。


「まあ捕まえたのは末端の末端ですけどね」


 自分も大きな被害を被った魔道具事件とあってアラタは忌々しそうにチョコパイを頬張った。

 機嫌が悪そうに見えて、この男は既に拳大の菓子を5個以上平らげている。

 リャンの分まで手を付け始めた彼だったが、時間も迫っているということでお暇することになった。


「任務頑張ってくれ。うちには好きな時に来るといい、いつでも歓迎しよう」


「ははっ、毎日こんなおいしいもの食べてたら太っちゃいますよ」


「私も気をつけるよ。リャン君も任務頑張ってくれ」


「…………は」


 こうして屋敷を後にした2人は任務に必要な道具を集め、帰路につく。

 夜に出発するのだからまだまだ時間があるが、のんびりしているとクリスがうるさい。

 年末が近く、寒さも相まって2人の歩く速さはやや速い。


「リャン」


 不意にアラタが声を発した。


「何ですか?」


 黒装束を着ているとは言え、市中のど真ん中でアラタが声を発することは珍しかった。


「帝国に帰りたいか?」


 彼でなくとも、ドレイクやクリスあたりからこの話題が振られることは予想していた。

 リャンは何度も考えた未来を返す。


「今の私は半ば裏切り状態ですから。帰ることはできませんよ」


 敵に情報を漏らすくらいなら死を選べ。

 出発前、キィの監察役に言われた言葉だ。

 今の私たちは命令違反状態にある。

 帰ったところで魔術検査を行った状態で質問されれば嘘を吐くことはできない。


帰れない、それが彼の答えだ。


「はぁーあ」


 アラタは周囲に聞こえるかヒヤヒヤするくらい大きなため息をわざとらしくついてみた。

 勘の良い人間だったら2人の存在に気付くだろう、それくらいの危険性が彼の吐息にはあった。


「アラタさん、しーっ!」


 リャンはアラタを諫めたが、彼は言うことを聞きそうにない。


「リャン、俺は帰りたいかどうか聞いたんだぜ?」


「それは…………」


「俺も遠いところから来たからさ。ノエル、ノエル・クレストに同じことを聞かれた」


 クリスもそうだが、黒装束はお互いの事をほとんど知らない。

 出会った時からの印象が彼らを形作っており、それ以前の彼らを彼らは知らない。

 誰だって過去はあるが、アラタの口からそれを聞いたのは初めての事だった。


「一度目は嘘、っつーか適当なことを言った。でも、今はやっぱり帰りたい、そう思っている。お前はどうなんだよ、リャン」


「それは……」


「住みやすいとか金が入るとか、それも重要だけどさ。俺たち人間なんだし、やっぱり誰といたいか、暮らしたいかって結構大事だと思うけど?」


 …………キィ。

 父さん、母さん、弟たち、妹たち。

 ババ様も、皆も、首都にだって大切な人はいる。

 でもやっぱり、私は——


「帰りたい……かもしれません」


 持ち上げた仮面の隙間から、アラタがニカッと笑った。


「じゃあ帰りたくなった時に帰れるように、しっかり働かないとな」


「解放してくれてもいいんですよ?」


 仮面の奥の笑いが零れることはなかったが、彼らの中は笑いで満たされていた。


※※※※※※※※※※※※※※※


「それじゃあ先生、行ってきます」


「うむ。しっかりな」


「大福ぅ! いじめられたら大きくなって反撃していいからな!」


「ニャーン」


 どこにそんな金があったのか、これでもかと猫グッズを買い漁り大福に与えている彼はもう手遅れかもしれない。


「あれ、長男は?」


 大福との別れを惜しんでいるアラタは場所を変えた引きこもりの姿が見えないことに気が付いた。

 辛辣な態度を取ったアラタとクリスに近づきたくないのかと思ったが、ドレイク曰くそうではないらしい。


「まずは魔道具の回路をいじるよりも先に一般教養を身につけようとしておる。誰かの助言かのう」


 アラタ、クリス、キィの3人はぽかんとしていたが、リャンは口元がにやついている。


「どうしたのリャン?」


「いや、なんでもないです」


「よし、行ってきます!」


 午後11時、4名はドレイクの家を出発、未開拓領域に向けて出発した。

 まずはカナン公国南西部の集落を目指す。

 馬でおよそ2日間、彼らの新たな任務が幕を開けた。

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