第145話 プォォォォオオオオ!!!
「返してきなさい」
「イヤです。大福は子爵からの下賜ですから、返せるわけないでしょ」
「名前まで……全く、自分で世話しなさい」
「はーい」
アラタがモーガンから渡されたバスケットの中身は猫だった。
寂しいのか狭いのが嫌なのか、帰り道の道中でも偶に鳴いていたのだが、大福と名付けられた純白の猫は今は寝ている。
初めは返してこようかと迷っていた彼だったが、バスケットの隙間からその毛玉を覗き見ると、物の数分で陥落した。
厳しさを増す任務、心休まらぬプライベート、枯れた彼の心は癒しを欲していて、ここに需要と供給が成立したのだ。
屋敷を出るときはクッキーとバスケットだけだったのに、彼はこうして飼育に必要だと思われる道具をありったけ抱えている。
それでもまだ足りないものは多く、有識者の知恵を借りて揃えようというのだが、一番問題なのは飼育費用と飼育スペースである。
一文無し、宿なしでドレイクの家に居候している彼にはどちらの条件も満たせず、就労も不可能となれば将来的に満たせる可能性もほぼない。
だが、彼の雇用主的位置づけのドレイクは首を縦に振るほかなかった。
決して彼も白いケットシーにハートを撃ち抜かれたとかでは断じてない。
ひとまず空き部屋に入れておくように言われたアラタは大福を籠から出してやった。
初めての場所に連れてこられた猫は大体警戒してケージなどから出たがらないものだが、そう言う性格なのかケットシーはそうでもないのか、トテトテ外に出た大福は大きく伸びをして、それから周囲の見回りを開始した。
「ほんにおみゃーは可愛いなぁ」
床に寝っ転がって同じ視線で大福を見ていたアラタは、まだ痩せているが元気そうにしている地下の主を愛おしそうに見つめている。
アラタと剣を交えた時は熊よりも大きな身体をしていたのと言うのに、今は普通の成体猫くらいの大きさに収まっている。
魔物の中でも亜人寄りの種族、人語を理解するが操ることが出来ない生き物。
大福に対してアラタは後でご飯を持ってきてやるから待っていろと言い、猫は意味が分かっているのか座って彼の方を見つめていた。
そして、にやける顔を仮面で隠し、彼は地下訓練場への階段を降りていく。
地下には既に照明が点いていて、彼を除いた3人の黒装束は既に集まっている。
アラタがクッキーでサボった任務は既に完了したようだった。
「土産は?」
第一声がそれか、と彼女の食欲に呆れながら、アラタは手に持っていた箱を持ち上げて見せる。
タリキャスの製品を子爵がライセンス生産したもの、そう言おうとしたが、それより前に箱は彼女の手の内に収まった。
「ふむ、ダニッシュクッキーか。ヨシ」
何が良しなんだと思った彼は、食べ物のことは一度忘れることにして、椅子に座らされている小太りの男に眼をやる。
「K、伯爵は?」
子爵との茶会で得られた情報で、同じクレスト家派閥に所属するオイラー・マリルボーンから催眠の魔道具を譲り受けたことは裏が取れている。
アラタはてっきり伯爵がここに縛り付けられているものとばかり考えていたのだが、今目の前で泣きそうになっている男は見たことが無い。
答えはすぐにリャンが出してくれた。
「この方は伯爵の長男、メイソン・マリルボーン様です。魔石の無許可取り扱いでご同行願いました」
「へー」
捕まえてきたのが伯爵ではなく、拍子抜けしたアラタの返事は心底興味なさそうだった。
興味がないのは本当だったし、正直魔道具を作った人間を捕まえたところで、そう思っていた。
しかし取り調べ自体はする必要があるので、警邏に持って行かれる前に情報を抜き出すべく話しかける。
「これのオリジナルを作ったのは貴方ですか?」
「……これ、術師通りの婆やの作品か?」
質問を質問で返されたアラタは少しイラっとしたが、審美眼の正しさに免じて答える。
「そうだ。もう一度聞く、知っているか?」
「ああ、それは僕が作った」
確定した。
親の面影をそっくり残したこの男が魔道具の製作者、この事件の重要参考人だ。
キィはドレイクに報告しに上へあがり、残る3名は引き続き聞き取りを行う。
「これがどんなものか分かっていたな?」
「ああ」
「なぜ作った」
「……仕事、だから」
クリスの舌打ちが訓練場に響いた。
その迫力にメイソンはちびったんじゃないかと思うくらい震えている。
焼けていない、真っ白でクリームパンみたいなフォルムをしている手を見て、アラタはインドア派なんだなと判断する。
正直アラタは彼が何者なのか、何故魔道具を作ったのか、そんなものには心底興味が無かったし、それよりも早く大福と遊びたいと考えていた。
しかし、リャンの言葉でその希望は打ち砕かれることになる。
「K、穏便に行きましょう。メイソン様、貴方の作った魔道具は非常に多くの人に好ましくない影響を与えました。それを後ろめたいとお考えなら、私たちに事のいきさつを教えてはくれませんか」
引きこもり魔道具師の顔がみるみる明るくなる。
それと反比例するように、アラタとクリスの顔がみるみる暗くなる。
「聞いてくれますか」
「え、これ回想入る感じ?」
「5分で終わらなかったら貴様をチャーシューにして販売する」
「2人とも!」
※※※※※※※※※※※※※※※
僕は、魔道具が好きだった。
人間そのものがエネルギー源になる、魔力には他のエネルギーにない魅力があるんだ。
僕は昔魔石の取り扱う不注意で資格を剥奪されていてね、魔石の調達にも苦労する毎日だったのさ。
そして父さんは毎日毎日、
「父さん! 僕の作った魔道具をどこにやったんだ!」
「あんなもの魔道具ではない! いいから現実見て働け!」
「働いているじゃないか! 魔道具は人の役に立つ!」
「それは普通の魔道具師の方々だ! お前の魔道具は誰にも使われていない!」
「そんな……そんなこと言わなくても」
「仕事をしろ、出なければ出ていけ。いいな?」
これが伯爵とその長男のやり取りなんだから、笑っちゃうよね。
それでも僕は、いつか凄い魔道具を作って父さんを見返してやろうと頑張ったんだ。
でも、
「僕の魔道カッターがない! あれがないと魔石が加工できない!」
そう言いながら屋敷中を探し回り、庭に出たんだ。
そうしたら父さんが馬に乗っていて、
「父さん! また僕の邪魔をするのか!」
「お前は仕事をしていない、伯爵家に怠け者はいらんのだ!」
「父さん! それは僕のだ! 何するんだ!」
「何って、こうするんだ!」
父さんは馬に引かせたそりで僕の仕事道具を壊したんだ。
「プォォォォオオオオ!!!」
こんな調子で父さんはいつも僕の邪魔ばかり、ついに僕は家出したんだ。
でも1人で生きていけるわけなくて、僕はフリードマン伯爵家に流れ着いた。
フレディ伯爵は僕に気前よく最新の魔道具関連の道具をくれて、仕事もくれた。
これで大手を振って家に帰れる、こうして僕の望みは叶った。
父さんも喜んでいたし、家の収入に比べれば大したことないけど、それでも僕の使ってきた分くらいの稼ぎはあったんだ。
催眠魔道具の仕事が来た時、それは迷ったさ。
技術的に凄く難しいプロジェクトだったし、セーフティが仕様書には無かった。
でも、この仕事を失ったら父さんは今度こそ僕を許さない、それに失望する。
それが怖くて、僕は仕事を受けた。
父さんに渡して、子爵の所に流れ着くように魔道具も使用した。
元々落ちこぼれだったから廃嫡されていたんだ、もう命は無いだろう。
※※※※※※※※※※※※※※※
「さあ、これが全てさ。殺すのか? 殺すといい」
ひとしきり語り終えたメイソンは満足げだった。
しかし、聞くに堪えないニートの戯言を2人が文句ひとつ言わず邪魔しなかったのには理由があった。
「2人とも! 終わりましたよ!」
「うん、お疲れ」
「……10分以上寝ていたのか、チャーシュー行きだな」
寝ていれば不快にも感じない。
本人にとっては悲しく切ない身の上話だったが、その手の話はあいにく二人とも興味ない。
話せといっておきながら仲間一人残して居眠りをする酷過ぎる所業に、メイソンのクリームパンはプルプル震えているが、アラタ達はどこ吹く風と言った様子で大福の話を始めている。
クリスが次の任務について説明があると言い、2人は階段を上がって行こうとする。
「ま、待て!」
「「あ!?」」
早く猫吸いなるものに挑戦してみたいアラタとクリスは呼び止められて苛々きている。
その迫力に押されながらも、メイソンは絞り出すような声で自分の行く末を尋ねた。
「僕の、僕のことを殺すのか?」
殺してやりたいのはやまやまだが、アラタは自分が魔道具による集団催眠事件で酷い目に遭ったので当然ながらそう前置きしたうえで、
「殺さねーよ。あとのことは先生に聞け」
そう言うとさっさと大福の元へと行ってしまった。
余りにも適当な返事に呆然とするメイソンだったが、縛られていた縄をリャンが外してくれると、うっすらと縄の痕がついた手を撫でる。
「倫理観は学べます。でも魔道具造りは天性の才能が不可欠です。今一度、何のためにその手を使うのか、考えるべきなのではないですか?」
そう言い残すと、リャンも練習場を後にして出入り口は閉められた。
地下にはローブや刃物、木剣や真剣などが腐るほどあり、その気になれば自殺することも出会い頭に攻撃することも簡単にできる。
メイソンは自分の手を見つめる。
「僕、何をしていたんだろう」
※※※※※※※※※※※※※※※
新しい家族である大福をしこたま可愛がった後、2人は黒装束についた白い毛を取りながらドレイクの所でクッキーを開けて食べていた。
「アラタ貴様、向こうで好きなだけ食べたんだろう」
「卑しいやつだな。少しくらいいいだろ」
「2人ともその辺に。ドレイク様が困っています」
忙しい日が続くと攻撃的になり気味な特配課の2人をリャンが宥めている。
キィは今大福と戯れている最中だ。
ドレイクは2人に茶を出し、それと合わせて数枚の紙を渡した。
「先生、これは?」
「次の任務じゃ。詳細はここにある」
「魔道具関係はどうするんです?」
「ワシが出る。お主たちは」
そう言いつつ、ドレイクもクッキーを一枚手に取り、零れないように上手く口に運ぶ。
「未開拓領域付近に赴き、ノエル様の護衛をせよ。勿論護衛対象に気付かれてはならぬ」
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