第126話 送り送られ
ノエルはベッドに横になり、脱力して天井を見上げていた。
これからどうしたいのか。
どうしなければならないのか。
剣を取り上げられて、冒険者として生きることすらできなくなって、みんなに迷惑をかけて、それでも私は何をしたいのか。
ノエルは迷っていた。
彼女が何かを求めれば求めるほど、それは困難な道へと姿を変え、周囲に災厄を振りまいてしまうから。
冒険者になった時、リーゼは傷つき、レイテ村の住人にも死者が出た。
出ていったアラタの影を追いかけて、追いつけなくて、突き放された結果、多くの人が傷つき彼女も剣を失った。
自分が何かをしようとすれば、周りは不幸になり、迷惑をかけてしまう。
そんな自分に何かを成し遂げることなどできるのか、何かをしたいと願う権利などあるのか。
1人で悩んでいると、どうしようもないくらい寂しくなる。
リーゼが隣にいてくれたら、アラタが側にいてくれたらよかったのに。
そんな時扉が開いた。
誰だろうか、もしかしたらアラタが戻ってきて、そんな彼女の期待は入室してきた老人の姿を目にして打ち砕かれたが、彼に非はない。
時系列的には特務警邏の長官、ダスター・レイフォードと話をつけてきたその直後、恐らく家に帰ることもせず直行してきたのだ。
老体に鞭打って東奔西走するこの男、ドレイクに疲れは見えないが間違いなく体力をそれなりに消耗しているはずだ。
「ドレイク殿……」
「ノエル様、答えを聞きに参りました」
部屋に置かれた椅子に腰かけ、長期戦になると思ったのか懐から葉巻を取り出す。
入室次第間髪入れず火を点けようとしたドレイクだが、ノエルはそれを咎めようとしない。
これからどうしたいのか、定まっていない答えを考えることで精一杯で気付いていないのかもしれない。
その様子を見つつ魔術で指先に火を起こしたドレイクは、何を思ったのか火を点けるすんでのところで魔術をキャンセルし、喫煙することをやめた。
後でリーゼかシャーロットあたりにどやされると思ったのだろうが、葉巻を木の箱に押し込み、未だに答えの出ていないノエルを見てどうしたものかと思案する。
もしノエル様が、傷つけたアラタに対して思う所があって、クローンとはいえ奴を処刑したらまずいじゃろうなぁ。
さて、あまり時間もない、どうしたものかの。
両者沈黙すること約数分、たった数分という時間は大したことないと思うかもしれないが、2人きりでこれだけの時間何も言葉を発しないのはかなり辛いものがある。
もしアラタがドレイクと同じ状態で放り込まれれば、気まずさと面倒くささのあまり、彼は数十秒で退出するか話を切り出すことだろう。
それでもドレイクは彼女が話し始めることを待った。
これからの彼の行動がノエル次第で大きく変わることを差し引いても、彼女に対する純粋な興味が彼にはあった。
事ここに至ってしまったこの少女が、一体ここから何を始めようとするのか、老人は興味をそそられたのだ。
だから彼は待つ。
彼女が自分から話を切り出すまで待つ。
「……………………」
いやもう無理じゃ。
「ノエル様、問いを変え——」
「待って! もうすぐ出るから!」
生来我慢強い性格の彼だが、どこの弟子に似たのか最近は少しせっかちになっているきらいがある。
話題を変えようとしたがノエルに止められ、いつになるか分からない答えを待つ羽目になってしまった。
残された時間は多くないというのに。
こんなことならば初めからこうしなさいああしなさいと言う方が簡単だったと後悔するが、それでは成長しないことくらい誰でも分かるし、自称世界最高の魔術師で、世界最高峰の頭脳の持ち主であることを主張するこの老人は諦めて待つことにした。
さらに考えること数分、焦燥感にかられる彼だったが、もしこの場で答えが出るのなら後の予定を多少押しても是非聞いておきたい。
そんな葛藤の中扉は開いてしまい、シャーロット、ハルツ、リーゼが入室してきた。
「ドレイク殿、そろそろ時間が」
「うむ。ノエル様、少し出ましょう」
「出ていいのか? いや、分かった」
どうしたいのか、それに対する答えは出ないまま、4名の護衛兼監視役に連れられてノエルは屋敷を出た。
ハルツ邸は流石一等地にあるだけあって、街の主要な施設とかなり近い好立地だったが、ドレイクを先頭に歩く方向はそれらの建物とは真逆の方向だ。
彼女にはこの先にあるものに心当たりはない。
しかしどうせ何もできないと導かれるまま歩き続けると、坂を上りアトラが見渡せる高台に到着した。
訳も分からぬまま連れてこられたノエルは説明を求めたかったが、それよりも目についたものがある。
それはアトラの中心部にある貴族院、その前にある広場に集まっている民衆の姿だった。
「リーゼ、あれは何だ?」
リーゼは何も言わず目を逸らした。
ハルツも、シャーロットも目を逸らす中、ドレイクだけがノエルの方をしっかりと見つめていた。
答えは自分から話すと言う意思を込めて彼女を見つめるドレイクの眼は決して優しいものではなかったが、それでも3人とは違い自分の知りたいことを教えてくれるだろう賢者に縋るほかない。
優しくはなくとも、この人は自分に誠実でいてくれる、そんな気がした。
一呼吸置き、杖を手にする。
「アラタは、正確にはそのクローンは、今日処刑されるのじゃ」
「………………分からない」
聞き取れなかったのではない、分からなかったのだ。
彼女の耳にはしかと聞こえていた、アラタは処刑されると。
ドレイクは再度現実を突きつけるように、ノエルに向けて伝える。
「奴は生きております。じゃが指名手配されていては思うように行動できぬと頼まれたのじゃ。今日はその執行日なのです」
「なんで? アラタがいったい何をしたというんだ?」
アラタが一体、だってアラタは、だってだって、アラタは……
「それは貴方もよくわかっているはずじゃ。エリザベス・フォン・レイフォード暗殺未遂、犯罪組織ティンダロスの猟犬構成員の逃走幇助、目撃者も大勢おる、極刑は免れなかった」
リーゼはその場にいることが出来なくなり退場、ハルツとシャーロットもノエルの顔を見ては耐えられないと目を逸らし、街を見下ろす。
「あやつが死ぬわけではありませぬ。じゃが何も知らず処刑の情報がノエル様の耳に入れば今度こそ耐えられないと判断いたした次第です。お許しくだされ」
ドレイクの行動原理は徹頭徹尾、ノエルとリーゼを護ることだ。
別に彼女たちに好かれる必要はないし、場合によっては恨まれ役も喜んで買って出る。
今彼が一番懸念していること、それはノエルの人格が負け、討伐対象になる事だ。
そうならないように、爆発する前にストレスを掛けてしまうのも彼の役目、そのせいで嫌われるのも彼の役目、仕方のないことだった。
ノエルは黙ったままだが、それに反して眼下に広がる街では2人の死刑囚に罵声を浴びせる民衆が所狭しと溢れていた。
ほとんどが狂信的なレイフォード派閥の支持者であり、彼らからしたら神にも等しいエリザベスを害そうとした2人を吊るせ殺せと叫んでいる。
彼らの視線の先には、ボロボロになって血だらけ痣だらけのアラタの姿があった。
あれは本人ではない、そう言われたとしても、それが事実だったとしても、見た目はアラタそっくりなのだ、ノエルが、リーゼが何も思わないわけがない。
あまり交友関係の広くないノエルにしては珍しく気に入っていた異邦人。
こんな仕打ちに耐えろと言う方が無理である。
それはノエルを取り巻く3人も同じ考えで、ドレイクが杖を抜いたように残る2人も剣聖の暴走に備えて戦えるように構えている。
恐らくノエルは気付いていないだろうが、そのさらに周囲にはハルツのパーティーやクレスト家お抱えの軍2個分隊が控えており、有事の際はいつでも拘束できるように待機していた。
しかしいつ暴走するか分からない、周りの予想というか評価とは裏腹に彼女の頭の中は状況に反してクリアだった。
「ドレイク殿、いいか」
「なんなりと」
「私、やっぱりアラタに謝りたい。謝って仲直りして、また一緒にクエストに出かけたい。剣聖の呪いなんて関係ない、もう1人の私がアラタを殺そうとしているのなら、何としてでも抑え込んでみせる。それが私の答えだ」
そう言いながら街を見下ろすノエルの眼は、およそ健康な人のそれではない。
叩き潰されて
「ノエル様がそうおっしゃるのなら、ワシ等はそのお手伝いをさせていただくとしましょう。皆もそれでよいな?」
「ええ、勿論であります。リーゼ共々、クラーク家はノエル様と共にありますから!」
「私も力を貸すよ。何より稽古はまだ途中、剣聖の力をコントロールできればあんたはもっと強くなれる」
「みんな…………ありがとう」
その時、街の観衆の声が一際大きくなり、一同の視線もそちらへと向く。
その先ではちょうどクリスのクローンが死刑執行された瞬間があった。
次はアラタの番だ、本物ではないと知っていてもあんなに痛めつけられて、その上殺されてしまうなんて、どうにかなってしまいそうだ。
でも私にはその裁定を何とかする権力も無ければ、戦うための剣もない。
「私は……無力だな」
「執行!」
処刑人の斧がアラタの首元を捉えて鮮血が散った。
民衆の興奮はピークを越え大騒ぎになっている。
戻ってきたリーゼを合わせて4人は彼女が暴走していないことをお互い確認すると歩き出した。
これからアラタとクリスは目的の為に独自に行動することになる。
そしてクレスト家はノエルの父シャノン・クレストを大公に据えるべく活動を続ける。
ノエルは剣を取り上げられ、冒険者ではなくなった。
それぞれの思惑が交差する中、偽の首は貴族院前の広場に一日晒されたのち、処分される。
その首は右目がなく、左目は左へと向き、歯を食いしばって苦悶の表情を浮かべていた。
※※※※※※※※※※※※※※※
「死んだな」
「ああ、そうだな」
「行くか」
「おう」
広場からそう遠くない民家の屋根の上で、二つの影が動き始めた。
その顔はフードと仮面に隠れて確認することはできなかったが、処刑されたはずの2人の顔に驚くほどよく似ていた。
大公選まであとおよそ4カ月、最終的にどんな結末になるのか、どんな国が始まるのか、だれにも分からない。
しかし、この大公選が混迷を極めることだけは皆分かっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます