第111話 そして再び仮面を着ける

「っらぁ!!!」


 ありったけの殺意と、自分の限界を引き上げてくれた好敵手に感謝を、他にも様々な思いを、まさに万感の思いを込めて刀はイーデンの大剣ごと彼の身体を貫いた。

 剣脊を貫通し防御を打ち破る、それは壊れることの無い刀に全力で強化を施し、その上で持ち主の力を上乗せすれば可能になる話だった。

 あり得ないと、おかしいと言い切ってしまうことも出来るが、そもそも壊れない刀を使うという前提条件が壊れているのだ、今更だろう。


「B5!首を刎ねろ!」


「ああ!」


 この敵は心臓を貫いた程度では死なない。

 スキルが働き、たちまち治癒してしまうのだ。

 だとしたら、再生が効かないくらい、再生中に再度破壊できるくらい切り刻み、力尽きるのを待つほかない。

 首を刎ねる、元の世界では非常に難易度が高く、高度な訓練を積んだ処刑人ですら刀で首を綺麗に刈り取ることは難しいとされていた。

 しかし、異世界では、魔力が、スキルが、クラスが存在する世界ではさほど難しくなく、しかも今回は綺麗に一太刀で飛ばす必要はない。

 まずは一度刀を引き抜いて、そう彼が武器を貫いたものから抜き取ろうとした時、それはビタリと硬直し動かなくなった。


「くっ……くっそ」


 敵はまだ死んではいない。

 死後硬直はまだ始まっておらず、しかし体から刀が離れてくれない。

 筋肉、魔力、そして刀身を両手で掴み、その上貫通した大剣がストッパーの役割を果たしている。

 これでは刀を抜こうにも、その先でとどめを刺すことも出来ない。

 ルカは未だ【第4袋】に対抗してその場を動けず、アラタも動けない。

 アラタが刀を放せば、その隙にイーデンは体を治癒させて再び攻撃してくるだろう。

 そんな隙を与えずに殺しきる為には、アラタが自力で刀を引き抜き、そのモーションで切り裂くしか道はない。


「おおおぉぉぉ! 放せっ、こなくそぉぉぉ!」


「ぐふっ、アラタ君、心中するとしようじゃないか」


 無数の刃はアラタをロックオンした状態で止まっている。

 ルカが押さえているから膠着状態にあるが、彼女の限界がくれば剣は彼を刺し殺すために殺到する。

 それはアラタのすぐそばにいるイーデンとて同じこと、先ほどの攻防でこの距離を綺麗に外す技量がないことは把握済みである。


 こいつ、正気かよ!


「放せ! 死にてえならてめえ一人でくたばれ!」


 まずい、B2が限界だ。


 じわじわと狭まる亜空間、スキルにレジスト、抵抗するのも限界だ。

 アラタの視界に入るだけ、正面だけでも数十本、つまり全方位で100本以上の刃物が彼に向けて撃ちだされるのだ、躱しきれるものではないし、結界術で防御しようにも敵がこれほど近距離にいれば魔術効果減衰で正常に効果を発揮できない。

 ここが限界、分水嶺、正念場、クライマックス、彼の脳裏にそれらの言葉が浮かび上がった時、彼が思いついたものと、彼の目の前で起こった事象は全く同じ、同一のものだった。


 斬首。


 胴と首が別たれ、肉体は力を失う。

 刀身を万力のように握りしめていた手はだらんと垂れさがり、岩のように頑強だった大胸筋は緊張を解き、先ほどまでの抵抗が嘘だったかのように刀を解放した。

 大剣は相変わらず突き刺さったままだが、アラタが乱暴に足で押しながら引っ張ると存外簡単に引き抜くことが出来たのだ。


 ルカがしゃがみ込み、ゼエゼエと息を切らしている。

 だがフレディのように倒れて動けなくなるほどではないようだ。

 垂れる鼻血を拭き、アラタの方へとゆっくり歩いてくる。


「大丈夫か」


「はい、B2は?」


「問題ない。それより、エクストラスキルを持っていたとは。道理でスキルを隠していたわけだ」


「どういうことですか?」


 ルカの話は素人には少し難しく、アラタは追加の説明を求めた。

 しかしその相手はルカではなく、イーデンの首を刎ねた人物、B分隊分隊長のクリスだ。

 最後の最後まで潜伏し、ここぞという所でとどめを刺したが、失ったものも大きい。


「エクストラスキルには他のスキルに抵抗する力がある。私の見立てが甘かったのだ、敵の力を過小評価していた」


 元々の手筈では、クリスは終始潜伏して気を窺い、敵にとどめを刺す役、そう決めていた。

 だからアラタは戦闘序盤で敵を串刺しにした時、クリスが出てこないことに違和感を覚えつつ、本気を出してきた敵を迎え撃ったのだ。

 その判断が完全な間違いだったとは思わない。

 ただ、あそこで首を刎ねていればロンは死なずに済んだのも事実、後からなら何とでも言うことが出来るが、そんな悔恨も生まれてくる。


 それもこれも、もう終わったことなんだ、そう自分に言い聞かせ、アラタはこの後の動きを聞いた。


「隊長、この後は?」


「まずお前は仮面を着けろ。そして遺体はアトラに連れ帰る」


「それは晒し物にするために?」


「いや、それは私のスキルで誤魔化す。丁寧に埋葬してやりたい、これ以上傷つけることなく首都まで連れ帰るのだ」


「酷いな、私はまだ生きているよ?」


 首がしゃべった、これは悪夢だろうか。


 そう思ったアラタだが、残念ながらこれは悪夢ではなく現実だ。

 どういった理屈で声を発しているのか定かではないが、イーデン・トレスという人間は人間を辞めていたらしい。

 首だけでは足りないらしい、そう判断しさらに切り刻もうと武器を取るアラタとルカ。

 それを制し首を蹴飛ばすクリス、遺体は丁重に扱うのではなかったのか。


「B2、首から下を見張れ。今なら結界も使える、やれ」


「はい」


 ルカが風属性の結界を構築し、アラタ、クリス、イーデンの首はその外側に隔離される。


「いくら自動治癒が高性能とは言え、貴様はもうすぐ死ぬ。何か言い残すことはあるか?」


「ない……と言えれば格好も付くのだろうが、少しアラタ君と話したい。いいかい?」


「私も聞かせてもらう。話せ」


「隊長、自分は話なんて……はぁ、聞きますよ」


 生首と会話を交わす経験など、出来れば一生無いままが良かったとため息をつくが、断れる空気でもないし、仕方ないかと肩を落とす。

 上司の命令は絶対、先ほど命令違反をしたばかりなのだ、これ以上の罰は受けずに任務を終わりたい。

 刀を鞘に納め、それを同意とみなしたイーデンの首は今際の際、最後の言葉を紡ぎ始めた。


「まず、家族についてだが、あれは何も知らない。風当たりが強くなるのは覚悟の上だが、必要以上に迫害されないようにしてほしい」


「隊長、どうします?」


「承った。続けろ」


「感謝する、猟犬殿。次はアラタ君、君は何者だい? 本当の君を教えて欲しい」


 クリスもいる。

 ここで話すのは無理か。


「俺はレイテ村出身、ただのアラタです」


「ふっ、まあいいか。君は正直すぎる、少しは汚れることを覚えたまえ」


「それは薬物を服用し、蔓延させ、治安を乱すことですか?」


「ははは、これは厳しいな。それに関しては申し開きのしようがない。初めはただ現実から目を背けたかった、その為に手を出した。そこから先は簡単さ、一度堕ちたら這い上がれない、堕ちて堕ちて、気付いたら身動きが取れなくなっていた」


「じゃあ汚れるとは?」


「自分に正直になる事だよ。清純であろうと、高潔であろうとすることは良いことだ、それは否定しない。ただ、多くの人はそこまで強くない、君だってそうだ。貴族の子女に気に入られ、身の丈に合わないクエストに挑む日々、それを死に物狂いで乗り越えて、彼女たちの生活の手伝いをして、必死に剣を振り、大公選の渦中に巻き込まれ、それでも君は彼女たちの前では笑っていた。もはや病的だよ」


「俺にはそれくらいしかできることが無かった。他に道なんてなかった」


「だが、現に君は彼女たちと袂を分かち、別の場所にいる。一体それは誰の為だい? もしそれが自分の為であるのなら、私は止めない、好きにすると良い。だが、それが自分ではない誰かの為であるのなら、君はいつかそこから離れることになるよ」


「……今の俺は、俺の意志でここにいます」


 彼は半分真実を言い、半分嘘を言った。

 彼がここにやってきたのは、特配課にいるのはエリザベスとの未来の為、言い換えれば自分の為だ。

 しかし、元を正せばレイフォード家に来た目的、それは間者として、スパイとして彼の意志とは関係ないものである。


「そうか、安心した。殺し合った仲だ、嘘臭く聞こえるかもしれないが、元Aランクだった私が言おう。君は強くなる、今よりもずっと、ずっと、比べ物にならないくらい強くなるだろう」


「覚えておきます」


「よし、それでいい。強くなった君が、私と同じ過ちを犯さないことを切に願っているよ。覚えておくと良い、死とは落差だ。親密な関係を築き、上がれば上がるほど、落ちた時の悲しみは大きくなってしまう。慣れろとは言わない、ただ、着地出来ない程高くまで登ることの無いように、気を付けたまえ」


「はい」


「………………」


「……死んだか」


「はい」


 死は誰にでも平等に訪れる。

 そんなこと、そんな当たり前の事、アラタはとうに知っているつもりでいた。

 この世界に来てすぐ、殺人を犯し、その後も合法的に人を殺してきた。

 相手は決まって苦悶の表情の中、溺れるように死んでいき、後悔、恨み、憎しみ、心残り、そんな感情が顔に張り付いていた。

 一つとして同じ顔はなく、それは今回もそうだった。

 今まで見たことない顔、表情。

 安らかで、首だけになっているというのに、全く痛そうにしていない。

 やることは全て完遂した、そう言わんばかりに達成感に満ちた表情と、薬物の製造流通で治安を乱した咎、その二つの乖離が彼の心を惑わせる。


「早く仮面を着けろ。身元が割れれば事だ」


「は、はい」


 アラタは仮面を着け、上着を着こみ、その上から外套を羽織った。

 認識を誤認させる効果を持つ仮面の下で、彼は一体どんな表情をしていたのだろうか。

 仲間の死、敵の死、その間にどんな違いがある?

 どんな落差がある?

 自問しても自答することは無く、一同はその場を後にした。


 二つの遺体を運ぶのだ、帰りはゆっくりと進むことになる。


「B5、来い」


 B1、クリス隊長に呼ばれアラタは馬を前方に寄せる。


「何ですか?」


「A1から言われた、心を鎧で覆い隠す話を覚えているか」


「ええまあ」


「奴、イーデン・トレスが言ったこともそれと変わらん。お前の心は無防備だ、傷つかない術を身につけておけ」


「はい…………終わりですか?」


「そうだ。文句があるのか?」


「い、いえ。失礼しました」


 アラタは馬を元の位置まで後退させ、揺られながら一人考える。


 自分に正直にって、意味わからん。

 心を鎧で覆い隠せって、例えが難解すぎる。

 死は落差って、死ぬことは死ぬことだろ。

 けどまあ、冒険者だった時、俺は何がしたかったのかな。

 ……まあいっか、今は特配課の一員として、エリーの為に出来ることをやるだけだ。

 確かに前は帰りたいって言いつつ、具体的なことは何一つやってこなかった。

 でも今は違う、俺は俺の為にここにいて、俺のやりたいことの為に働いている。

 それならもう何も考えなくていいだろ。

 クリスだって、何であんなこと言ったのか分からなかったけど、口下手なあの人なりに俺を励ましてくれたのかもしれない。

 色々ついてないけど、仲間には恵まれた、それでいいじゃないか。


 同日、複数個所で行われた取り締まりで多数の死者、逮捕者が発生、最終的な成果として、アトラの街から薬物取引は一掃された。

 多数の死者、その中に誰が含まれているのか、それをB,D分隊のメンバーはまだ知らない。

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