第106話 星空の下で

 日が落ち、灯りが必要になった時、ある人は蠟燭に火を点け、ある人は魔術、光明を使用し、またある人は魔道具で視界を確保する。

 詰め所には蝋燭、魔術を使える人間、魔道具がそれぞれ一定数確保されていたが、彼らが普段から使用しているのは灯りを点ける魔道具だ。


大きなテーブルにはアトラの地図、分隊長たちが明日以降の予定について会議をしている間、アラタ達は道具の手入れ、馬の世話などを全員で行い、それから食事を摂っていた。

 詰め所には台所があるが、普段彼らは大したものを食べていない。

 常備している非常食で十分と言い、いつも冷えた携行食糧を口にする者、腹に入れば同じと見た目も味付けも出鱈目な料理を口にする者、30人弱もいて彼らの食生活はそろいもそろって終わっていたのだ。

 それを一人の新人隊員がひっくり返した。

 心を鎧で覆い隠せ、ノイマンの言葉に忠実に部隊の一員として己を研磨する青年だがこの時ばかりは仮面がはがれた。

 犬のエサを食うのは辞めろ。

 そう言うと彼は人の食事を作り、それを全員に振舞う。

 彼は調理師専門学校に通っていたわけでもなければ、どこかの飲食店で修業をしていたわけでもない。

 ただ人並の料理が作れる、それだけだ。

 かつて所属していたパーティーでは、人並の料理を披露して崇め奉られたものだが、そろいもそろって食に対するこだわりが薄いのがカナン公国と言う国らしい。


「ところで、はぐっ、アラタはさ、ゴクッゴクッ、何で石弾を使ったんだ?」


「食べながら話すな。そうだなあ…………」


 骨付きのチキンを焼いただけの簡単な料理だが、B4のドルフは大層お気に召したようで彼の取り皿には食べ終わった骨が何本も置かれていた。

 石弾を使った、ドルフの意図している場面は今日のイカー商会本部地下にて行われた戦闘についてである。

 アラタは暗視と言うスキルを使い、視覚情報の上で圧倒的なアドバンテージを確保したうえで牽制のつもりで石弾を使用した。

 結果、期待通りに空いたガードに雷属性の魔力で強化した日本刀を貫き通し、護衛を排除した。


「土が沢山あって、簡単に作れる気がしたから」


 自分の分の野菜がゴロゴロ入ったスープをよそい、ドルフの向かいに座ったアラタはそう答えた。

 彼の戦闘方法は魔術で敵の動きをコントロールしつつ、刀で斬り合う剣士だ、何もおかしなことは無い。

 だが、特配課であるなら、彼はさらに高みを目指さなければならない。


「アラタ、地面に魔力を流して使う時は基本的に攻撃面積を広げろ」


「…………何で?」


「はぐぅ、ウマッ。いいか? 魔力感知が得意な奴にはピンポイントな魔術励起が通用しねえ。どこからどんな攻撃が来るか分かるからな。だから、むぐっ、魔術を使う時は広く染み渡らせるように魔力を流し込み、ロス覚悟でどこからでも攻撃できるようにするのが鉄則だ」


「だから食いながら話すな。でも、それなら今日と同じことをその方法でやろうとすると倍以上魔力を使うぞ」


 スープの中のジャガイモをフォークで突き刺すと、ホロホロと塊が割れ、でんぷんが溶け出し、ジャガイモのサイズが一回り小さくなる。

 半分になってしまったそれの片方をもう一度突き刺し、口元に運ぶと口の中に温かな旨味が広がった。


「防がれる可能性を考えれば五分五分だ。それが必要な相手なのかそうではないのか、見極めるところから戦いは始まっているのさ。ごっそさん」


 ドルフはレクチャーを終了すると、最後の一本の肉を口に運びながら席を立つ。

 期待しているぜ、そんな空気を纏いながら先輩風をふかし台所の方へ食器を持って行こうとした彼の足が止まった。

 肩にはB5、彼の後輩の手が置かれており、反対の手にはボウル一つ丸々残ったシーザーサラダがある。


「ドルフ、五分五分で行こうぜ」


「それはない、それは勘弁してくれよ。俺、野菜を見ると失神する病気なんだ」


「知るか! 食え!」


 明るい食卓は延長され、一日の疲れを洗い流していく。

 その頃には分隊長たちの会議も終了し、彼らもアラタの用意した食事に手をつけている。

 作戦期間中、酒を飲むものは誰もいなかったが、詰め所の外では煙草組が煙を燻らせながら談笑していた。

 作戦前にはきちんと消臭する、そう約束し彼らは快楽に酔いしれる。

 今日取り締まった薬物との相違点、それは合法であるか非合法であるか、依存性や効果の違い、その程度しかない。

 だからと言って彼らは煙草を止めることは無く、法に背いた行いが許容されることもない。

 食事の後の一服が終わった頃、再度集合した特配課は明日に向けたミーティングに入った。


「明日以降、基本的には潜った捕縛対象を探し出し、拘束もしくは殲滅する」


 力強く、それでいて決意に満ちた言葉に付け加えるようにA2、フレディが発言する。


「A,C分隊は西地区を、E,F,G分隊は南地区を、北と東は警邏が請け負います」


「BとDは?」


 D2、マルコは自分の所属がいないと配置を聞き返した。

 気の早いマルコに対し、フレディは、『焦るな』と言いながら命令を伝える。


「B,D分隊は冒険者ギルドアトラ支部支部長、イーデン・トレスを討伐しろ」


 冒険者ギルド、その単語にどよめきが上がった。

 当然である。

 特配課の規模と比べればギルドの規模は天と地ほどの差がある。

 ギルド全体を相手にするわけではないが、支部長を相手取るともなれば必ず邪魔が入り、一方的な粛清はほぼ不可能である。

 ともなれば、この任務は特配課全部隊で行うような案件であり、2個分隊では少々荷が重い。

 明らかに不安そうな表情を浮かべる者たち、ドルフに関してはどんな顔をしたらいいのか分からないみたいで、子供の落書きのような顔になっていた。

 隊員たちが困惑するのは当然、であれば分隊長たちがそれを予期することも当然だ。


「問題ない。詳しくはクリスから改めて聞け。では全体ミーティングは終了、解散!」


「B,D分隊は集合」


 時間は夜9時、詰め所から出る隊員もいればその場でくつろぐ者もいた。

 暖炉に火を点けるにはまだ早い季節、長袖の者もいれば半袖の者もいる、B1のクリスはノースリーブに長ズボンと言う少し変わった格好で説明に入った。


「我々の標的はイーデンただ一人。しかし、今日の事を受けて向こうも常時護衛を従えている、戦闘は避けられん」


「やはり戦力不足です。今からでも他の分隊を加えるべきです」


「ルカの言い分はもっともだが、他に人員を割きたいのも事実だ、諦めろ」


 やはり激戦は必至か、そんな様子でがっくりと肩を落としたルカを慰めるようにクリスは会議を続ける。


「イーデンは討つ。だが特配課の人員を消耗させるわけにはいかん」


 だからそれは無理だと、そんな風に上司を見つめる面々に対し、彼女は計画の全貌を明かした。


「非常に不本意だが、あいつらを使おうと思う」


 あいつら、アラタには一体誰の事なのか心当たりがまるでなかったが、他の面々はその一言で理解できたらしく、ため息をつく者や、露骨に嫌そうな顔をする者がちらほらいる。

 周囲の反応を見て、何か問題のある作戦であることを察したアラタは、具体的な内容を聞こうとする。


「隊長、その、不本意な作戦とは?」


「犯罪組織をけしかけて、支部長を削る」


 その時のアラタの顔には、仮面など一枚も着けられていなかった。

 悪臭を放つ汚泥を見聞きしたかのようなその表情は、彼の精神の未成熟さを表すとともに、アラタと言う人間の人間らしい部分が表出した瞬間でもあった。


「クリスさん、それは——」


「作戦は明日より開始、まずは3日以上、敵を絶えず攻撃させ、精神的体力的に削る。だが警邏は動かない、であれば奴は自身の持つ力で対処するほかなく、さらに削り切ったところを我々がとどめを刺す。会議は以上だ。明日から行動を開始する、解散」


 もう夜も遅く、明日以降のことを考えれば床に就く時間だ。

 特配課のメンバーたちは詰め所を出て、各々の家へと帰っていく。

 その中で一人、明日以降の作戦に同意できずにいる者がいた。


「隊ちょ、うわっ」


 クリスに作戦の考え直しを進言しようとしたとき、背後から何者かに口を塞がれそのまま暗闇に連れ去られた。

 暗視を起動し、身体強化をかけ、振りほどこうとするが相手も強化をかけているのか抜け出すことが出来ずにいる。

 そしてクリスがその場を後にすると、ようやっとアラタは解放され息を吸うことが可能になった。


「はぁっ、はぁっ、何すんですか」


 暗闇の中でもはっきりと、大柄なアラタよりも更に背の高い大男、B3、オレティスのいかつい顔が彼の目には映っていた。

 同じB分隊のルカやドルフとは違い、よく言えば寡黙、悪く言えば無口で根暗な彼とはアラタもあまり積極的に話してはこなかった。

 アラタが何かしでかしたとき、例えば初めての諜報任務の際、命令違反を企てた彼に対して、オレティスは前面に立ちふさがるだけで何も言おうとしていない。

 それからも事あるごとに行動を共にした二人だが、最低限の会話のみで特に親しいわけでもない彼にこうして止められたのはアラタにとって意外なことだ。


「…………い」


「あ?」


「……こい」


 オレティスは蚊の鳴くような声で付いてくるようにいい、固まっているアラタを無視して歩き始めた。

 クリスがどこかに行ってしまった以上、彼についていくしかないと後を追いかけるアラタ、2人は適当なところで止まり、オレティスが腰を落ち着けるとそれに追随してアラタも腰を下ろした。

 綺麗な星空はアラタの居た世界と同じものなのだろうか。

 もし天体に詳しいものが異世界転生なり転移なりしたのなら、その答えがはっきりと出たのかもしれない。

 しかし転生した彼は星などまるで興味なく、今更日本の空と比べてどうだと聞いても、『綺麗だな』くらいしか感想は出てこない。


「オレティス、何で止めた?」


 いつまでも話を始めない彼に対して、少しの苛立ちを込めてアラタは聞く。

 彼は酷く猫背で、座ると視線の高さはアラタのそれよりも低くなる。

 空を見上げるアラタに対して、地面を見つめるオレティスはぼそぼそと話し始めた。


「クリス、隊長は元奴隷だ」


 遠くを見るオレティスの目は、暗い闇を見つめながら過去を振り返っている。


「俺もそうだった。殿下が助けてくれなければ、とっくに死んでいた」


「そのあいつが犯罪組織を使うと言ったのだ。察してやれ」


「………………分かった」


 2人の会話はそれで終わり、それぞれ別の方向へと歩いて行った。

 多くは語らないオレティスの一言一言は、仲間になったばかりのアラタに良く響いた。

 フリードマンの関与した奴隷オークションに巻き込まれた時、この国は奴隷制禁止の国だと知った。

 そしてクリスとオレティスは奴隷、つまり違法にその体を売り買いされていたことになる。

 そんな彼女の決定を尊重してやれ、そう言われればアラタはもう何も言うことが出来ない。


「皆苦労してんだな」


 当たり前の事を、それでも今一度確かめるようにアラタは1人呟くと、翌日に備えて寝た。

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