第93話 さらば楽しき日々よ

「分かりました。俺はパーティーを抜けます」


 彼がそう言った時より少し時間は巻き戻る。


 アラタは病院へと運び込まれ、そこで治療を受けた。

 張り付いた服を剥がし、残った布切れを切り取り、傷口を綺麗にする。

 そうしてから治癒魔術を施し、傷跡は残ったもののこれで一安心となった。

 彼はリーゼの付き添いの元、ハルツの屋敷へと戻る。

 きっとノエルのことだ、大丈夫って言っても落ち込んだままだろうし、俺がもうひと肌脱いでやらなきゃなとアラタは励ましの言葉を考えていた。

 しかし、屋敷にはノエルの姿がなく、その代わりと言っては何だがアラン・ドレイクの姿があった。

 彼が何をしに来たのかアラタは知らないし分からない。

 しかしこんな時、大抵良くないことが起こるとアラタは知っていたし、今回もそうなった。

 人払いを済ませ、屋敷の奥の部屋に集まったのは、アラタ、リーゼ、ドレイク、ハルツ、そして何故かシャーロットの計5名だ。

 アラタはこの雰囲気を知っている。

 一番偉い人による中身スカスカの尋常ならざる時間をかけたご高説か、それとも今後を決める重要な話し合いの場か、そのどちらかだ。

 出来れば後者であって欲しいと彼は願い、その願いは天に聞き届けられた。


「アラタ、君には少しの間、パーティーから離れてもらいたい」


 そう切り出したのはハルツ・クラークだ。

 今回のクエストでも責任者を務めていた彼は、今もクエストの時の恰好のままこの場に来ており、この話し合いがいかに緊急性が高く重要であるかを物語っている。


「……理由はなんですか」


「ノエル様の中にいるもう一人の人格、あれが君に執着しているようなのだ」


「私は反対です! アラタはノエルの側にいるべき人間です!」


 アラタのパーティー除籍理由が明かされ、それにリーゼは反発した。

 ハルツは計算できない要素を遠ざけようとしている。

 リーゼはノエルが大事に思っているものを取り上げることを良しとしない。

 玩具に執着する子供から、子供の為を思ってそれを取り上げるのか、それとも玩具がなくなって暴走する危険性を鑑みて手元に置いておくのか、この問題に聖杯はない。

 ケースバイケース、その時その時で判断は変わるだろう、だからこの手の論争は手に負えない。

 結果を見てみなければどちらが正しかったのか分からないため、話し合いに決着がつかないのだ。

 叔父と姪の言い合いが続き、ふとアラタが視線を上げた時、魔術の師と目が合った。


 ——お前から言いなさい。


 アラタの目にはそう見えた。


 パーティーから脱退しろ、か。

 まあ、それも仕方ないのかな。

 俺が側にいるとあいつが不安定になるのは本当みたいだし、それなら……


「分かりました。俺はパーティーを抜けます」


「アラタ!?」


「君はクラーク家が最大限支援をする。いつかノエル様が落ち着いて、剣聖の力を完璧に制御できたのなら、その時君が望むのなら、また一緒にパーティーを組める。だから済まない」


「ハルツさんが謝る話じゃないです。じゃあ俺はこれで」


「待て、シャーロット殿、ハルツ殿は残ってくだされ」


 どうやらドレイクは別件があるようで、リーゼ以外はこの部屋に残るように要請した。

 それはつまり、リーゼは出ていくように、そう言った言いかえもできる。

 クラーク家の使用人が出てきて、リーゼに退出を促す。


「アラタ! それでいいんですか! 今まで頑張ってきたのに! それでいいんですか!」


「わりい、またな」


「ノエルになんて伝えればいいんですか! なんとか言いなさい! アラタ・チバ!」


 聖騎士のリーゼを力ずくで退出させ、部屋には彼女を除いた4人が残る。

 ここからの話はドレイク主導で、リーゼにも話すことのできない話だった。


「アラタお主、エリザベス・フォン・レイフォードと懇意にしておるな?」


「仲が良いんです」


「お主はこれより、クラーク家の間者としてレイフォード家に潜入、情報をこちらに流せ」


「嫌ですよ。俺はそんなことしたくありません」


 アラタはそう言いながら、なるほどこれはリーゼには話すことが出来ないなと思った。


 確かにノエルが不安定になる原因は俺にもあるんだろう。

 けど、先生や姐さん、何なら俺がノエルのガス抜きに付き合えばあいつをクエストに出す必要はない。

 ならノエルが冒険者で在り続ける理由は他にある。

 そして俺のパーティー脱退、それは決してノエル関連だけの動機じゃなく、エリザベスに懇意にしている俺を自然な形であの子のところに送り込むための布石なんだ。


 アラタが一通りドレイクの言葉に込められた意味を解釈し終えたころ、ハルツとシャーロットからも潜入を頼まれる。


「アラタ、これは君にしかできない。恥を忍んで頼む」


「レイフォード家はあんたが思っている以上にキナ臭い。お願い、公国に巣食う闇を暴いて」


「頼みの内容は理解しました。政敵であるエリザベスを失脚させる何かを俺にとって来いってことですよね? ノエルの父親の為に」


 アラタは少し語気を強め、2人に反論した。

 君にしかできない、巣食う闇を暴く、甘く、明るい言葉で自分のことをいいように使おうとする人間は日本にいた時から一定数いた。

 彼は一般人とはいえ、一度は高校野球界でその名を轟かせたこともある一般人だ。

 彼にすり寄ってくる人は多く、そのほとんどが自分のことを大事に思っていないことを彼は知っていた。

 この2人がそれらと同じであるとは彼は思っていない。

 ただ、この2人は自分よりもノエルやリーゼ、もっと言えばクレスト家のことが大事、カナン公国のことが大事なのだ。

 だから嫌だ、潜入はしないとアラタは断る。


「アラタ、お主に潜入する動機をやろう」


「何ですか?」


 賢者は弟子の首元に手をやると、彼についていた何かを外した。

 その手にはエリザベスからアラタに贈られた首飾りがある。


「これは魔道具じゃ。ギルドでの集団催眠、それと同じものじゃ。後は分かるな?」


 アラタが冒険者になって少しして、フレディ・フリードマンの手によって画策された騒動の始まり。

 ギルドの冒険者たちがアラタに対して攻撃的になり、そのせいでアラタは闘技場で決闘をする羽目になった事件だ。

 それと同じものがエリザベスからアラタに渡された。

 その事実はレイフォード家が黒であることを示していると彼は主張するのだ。


「いや、あれはフリードマンの暴走だったんですよ。それとこれとは話が……」


「ではなぜお主にこれを贈った? 不自然に思ったことは無いか? 突然怒りっぽくなったり、イライラしたり、他人に不寛容になったことは無いか?」


 ここまで来たらアラタにはもう反論することはできなかった。

 ノエルの頬を叩いたこと、その後イライラして判断力が鈍ったりしたこと、注意力散漫になっていたこと。

 道具のせいだけにしてしまうのは間違っているが、それでも十分すぎる証拠だった。


「……きっと何かの間違いです」


「じゃあそれを確かめてきなさい。それならあんたも納得できるでしょ」


「……はい」


「話はまとまったようじゃな」


 こうしてアラタはパーティーを離れ、レイフォード家に潜入することが決定した。

 指示した者の意図とは違う、自分はエリザベスの疑いを晴らすのだと、自分にそう言い聞かせ、そしてアラタは準備をするために一度自分の屋敷に戻る。


「おかえりなさいアラタ。……アラタ?」


 靴を脱ぎ玄関を上がる。

 そして膝をつき、シルと目線を合わせる。


「少しの間、お別れになる」


「え……何で? 何で?」


「理由は言えないんだ。でも、絶対帰ってくるから、その間ノエルとリーゼを頼む」


「イヤ、私生まれたばかりなんだよ? 置いていかないで、シルを置いていかないで」


「頼む、分かってくれ」


「シルいい子にするから、もっとおうちのこと頑張るから、だから行かないで」


 後ろ髪を引っ張られて、悲しさが押し寄せてくるが断腸の思いでアラタは2階に上がり準備を進める。


「俺はシルのこと大好きだから。きっと帰ってくるから、だから俺の代わりに2人を頼む」


 シルキーは親の記憶を少し探り、感覚を繋げることも少しできる。

 このパスは一方通行でアラタがシルの記憶を覗くことはできないし、アラタにシルの感情は流れ込んでこない。

 しかし、自分に向けられている親の愛情を、離れ離れになる悲しさを感じてアラタの心中を察する。

 親の心子知らず、そうよく言われるが、この生まれたばかりの子供は親の心を汲むことが出来た。


「アラタ、ギュってして」


 シルは両手を広げ、最後の親からの愛情を求めた。


「ああ」


 子供はスポンジ、あるいは空の器のようなもので、注ぎ込まれた想いはずっと残り続ける。


「いつか迎えに来る。それまでこの家を頼んだ」


「……うん!」


 アラタは家を出て、エリザベスに取り入る為に学校へと向かった。

 その後、ハルツの家に待機させられていたリーゼにノエルをギルドまで迎えに行かせ、2人は彼のいなくなった屋敷へと戻った。

 そこで剣聖の少女は全てが終わったことを知る。


「嘘だ! だって、だって、何回でも止めてくれるって! だって!」


 ノエルは家を飛び出し、街中を、アトラの街中を探し回ったが、それでもアラタは見つからなかった。


「……嘘つき。掃除するって約束したのに、止めてくれるって言ったのに」


 あまりメソメソするなと言われても、人間そう簡単に変わることはできない。

 ノエルは人目も憚らずに泣いた。

 泣きながら街中を歩き、アラタの名を呼んだ。

 アラタがそれに応えることは無く、騒ぎを聞きつけ迎えに来たリーゼによって回収された。

 ここまでの騒ぎ、当然街の噂になる。

 冒険者アラタは仲間であるノエル・クレストの暴走により背中を斬られ、その末パーティーを脱退した、と。

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