第88話 re : 覚醒

「それはお前が悪い」


「だな」


「チッ、お前らまで、なんなんだよ」


 昨日の一件の後、気まずくてノエルと距離を取っているアラタ、そんな彼が今話している相手はキーンたちのパーティーだ。

 彼のパーティーにはアラタが全財産を失うきっかけを作ったカイルも所属しており、歳も近いことからギルドの中ではそれなりに仲の良い部類に入る人間だ。

 今日は貴族院直々の指名クエスト、その為にギルドの2階会議室に集合中なのだが、昨日の件を話したアラタに対するリアクションは先の通りだった。


「そもそも、レイフォード様なんて高嶺の花すぎだろ。冒険者のお前じゃ無理無理」


「そう言うことじゃねーんですけど」


「じゃあどういうつもりだよ?」


「あれだよ、いい人だし力になりたいなって」


「ガキかよ」


「全員揃ったみたいだな」


 雑談は今回のクエストの責任者であるハルツ・クラークが入室してきたことで一旦終了する。

 キーンやカイルのパーティー、アラタ達のパーティー、後いくつかのグループに加え、Bランクのハルツ達が今回参加する。

 ノエルとリーゼはアラタとは少し離れた席に座り、2人が席に着くとクエストに関する説明が始まる。


「おはよう諸君。早速だが依頼内容の説明に入るぞ」


 アラタはパーティーのギスギスした空気も嫌だったが、ハルツから説明を受けているうちにこれからやることの罪悪感と緊張感に押しつぶされそうになってきていた。


 ――俺たちは今日人を殺す、正確には殺すかもしれない。


 クエストの依頼主は貴族院、内容は討伐クエスト、対象は首都アトラの街を縄張りとする盗賊団である。

 盗賊団はティンダロスの猟犬と言う組織との繋がりを噂されており、猟犬殲滅を掲げるクレスト家肝いりで捜査に乗り出すことになったのだ。

 だからこの場に集まっている冒険者たちも、無派閥の者やクレスト家派閥に属する冒険者が多い。

 対抗勢力のレイフォード家に連なるものは誰もいない。


 あいつら何で乗り気なんだよ。

 俺はこんなクエストやりたくない。

 人を殺すことなんて一生無いと思って生きてきたのに、つい最近人を殺して、自分も殺されたんだ。

 人を斬った時のあの感触はもう味わいたくないし、殺される痛みを知っていて他人にそれを与えたくもない。


 彼の内面は19歳の日本人としては至極真っ当な価値観を有していたが、ここは異世界である。

 自分だけクエストを降りるわけにもいかず、そのまま討伐クエストに参加した。

 そして、そこで事件は起こった。


※※※※※※※※※※※※※※※


「おい、あれって」


「ああ、聖騎士ハルツ・クラーク、それに剣聖までいやがる」


 治安の悪い区画を捜索中、ばったりと出くわしたこれでもかと言うくらい素行の悪そうな集団は仲間内でこそこそと何か話し合っている。

 アラタの知っている情報では、彼らは詐欺、恐喝、盗みを働いたとされており、今回の討伐対象だ。

 しかし、それらの犯罪行為が許されないものであるとしても、それで殺されてしまうなんてそれでいいのかと思わなくもない。

 おとなしく捕まってくれれば、きちんと取り調べを受けて、罪があるなら償ってほしいというのがアラタの考えである。

 しかし繰り返すがここは異世界、彼と彼らとでは価値観が違った。


「逃げた! 追え!」


 裏路地を走り抜けながら先頭のハルツは彼らに対し降伏勧告及び嫌疑の読み上げを行う。


「貴様ら、抵抗するなら容赦せず斬り捨てる! しかし降伏するのなら殺しはしない。逮捕し、然るべき手順を追って法に乗っ取り処分する!」


 それは結局処刑されるということではないのか、アラタはそう考え、まあそれでもプロセスを正しく踏んでいくことに意味があるんだと自分に言い聞かせる。

 少しの間の追いかけっこの末、討伐対象の男たちは徐々に足が鈍り、降伏を申し出てきた。

 もう少し早く降伏してほしかったとアラタは息を切らしながら思ったが、結果的に戦闘に突入するわけでもなく作戦は終了したことを安堵した。

 そう、作戦は終了するはずだった。


「………………そろそろいいか」


 隣に立っていたノエルがそう言った。

 そして、


 アラタの目の前で盗賊の首を刎ねた。


「は?」


 ゴロリと転がる生首、血の池、ビクンビクンと痙攣したように震えている胴体、何もかもがこの世の光景とは、現実だとは思えなくて、それを受け入れるのには時間が必要だった。

 そこから先はスローモーションのような世界だった。

 周りの人たちが慌ただしく動いて、ノエルは止まらなくて、次々に降伏したはずの敵は殺されて、何が何だか分からなくて、そんな中俺は何もできずにただその場に立ち尽くしていた。


 あらゆる意味で全てが終わり、そしてアラタは現実に追いつき、動き始める。


「おい、お前……一体何を」


「何って、罪人を斬っただけだ」


「そんな言い分が通ると」


「じゃあ聞くが、アラタはこいつらが逃げて再び罪を犯したら被害者になんて謝るんだ?」


「は?」


「だってそうだろう。私が斬ればこの先こいつらに傷つけられる人はいなくなる。だから即処断する許可が下りているんだ、文句は言わせない」


「そんな屁理屈が通ると……」


 ノエルの肩に触れようとしたアラタの手、その手は弾かれ、代わりに差し出されたのはノエルの剣だった。


「……それは笑えないぜ」


 あり得ないはずの鋒を突きつけられ、何かおかしいことはアラタも理解している。

 ノエルがそんなことを進んでするような人間ではないことくらい、短い付き合いだが分かっていて、だから今のノエルはいつもとは違って、何かいつもとは違うことがノエルの身に起こっていて、彼とてそれは理解していた。


 俺に剣を突きつけていたノエルは、泣いていた。


※※※※※※※※※※※※※※※


 結論から言うと、今回のクエストは無事達成された。

 複数個所同時に反社会的組織の根城を摘発、その内2箇所では交戦が起きたが冒険者や警邏側の負傷はゼロ、これ以上ない成果を上げることができた。

 そして、ノエル・クレストの違反行為は不問に付された。

 容疑がかけられている段階ではなく、その場での処分が許可されている相手だったからという点と、彼女の社会的地位によるものが大きいとハルツはアラタに伝える。

 彼女はこれからも冒険者として何不自由なく過ごしていくのだ。

 アラタにはそれが許せなかった。

 限定的とはいえ、国家公認で人殺しを容認されている以上、ルールには厳格でなければならない。

 その道を外れれば冒険者はただの人殺しに成り下がるし、相手にだって適切な罰を受ける権利がある。

 如何に犯罪者とはいえ、問答無用で殺されていいはずがないし、そんなことをしていたらいつか自分がそちら側に回ってしまう。

 しかし、あの現場でノエルの様子がおかしかったことは事実、アラタもそれは確認しているし認めている。

 直接ノエルに話を聞くことも考えたが、結局アラタはリーゼに助けを求めることにした。

 彼女と長年にわたって行動を共にしているリーゼなら彼女の異常な状態に関して何か知っていることがあるはず、というより知っているという確信があった。


「なあ、昼間のあれは一体何なんだ? ノエルはあんなことをしておきながら泣いていた。あれは本当にノエルなのか?」


 アラタの問いはほとんど答えだった。

 2年前の件に関わっている人間なら答えを知っているわけで、そんな者からすれば今それがやってきてしまったというくらいの認識だ。

 いつか来ると分かっていた現象がやってきた、それだけだ。

 だが、当時彼女の中で締結された契約の性質上、アラタに彼女の中身について話すことは禁じられている。


「……すみません、言えません」


 それがリーゼの精一杯だった。

 リーゼも全てを知っている、契約の対象範囲に含まれるわけだ。

 彼女がアラタに全てを話せば、契約違反としてノエルにどんな代償が要求されるか、どんなペナルティが降りかかるか分からないのだ。

 安全性を考慮するなら、契約の存在自体話すことも出来ない。

 だがアラタからすれば、当事者のはずの自分だけ蚊帳の外、そう見えた。


「…………あぁ、分かったよ」


 屋敷を出て、河原まで歩く。

 その肩には刀袋が掛けられていて、中には相棒が収納されている。

 いつの日か、自分の死の真相を知って落ち込んでいて、ノエルが励ましてくれた場所。

 生きる目的がなくてもいいじゃないか、そう彼女が言ってくれた場所。

 やっぱり自分は元の世界に帰りたい、自分ではない誰かにその思いを打ち明けた場所。


 アラタは刀を振った。

 ただひたすらに、雑念を振り払うように。


 くそっ、無表情のまま、泣いていたノエルの顔が頭から離れない。

 俺は何をしていたんだ、目の前であんなことが起こって、何で動かなかった、何で止めなかった。

 悔しい。

 自分の無力さが恨めしい。

 俺はいつだってそうだ、力が必要な時に必要な力を持っていない。

 なんでだ、なんで俺はいつも…………あぁもう! くそったれ!

 ノエルは何か俺に隠していることがある。

 きっと言えないことなんだ、それは仕方がない。

 でも、何でモヤモヤするんだ、仕方ないことだろ、リーゼだって何も教えてくれないんだから。

 どうしようもないんだ、どうにかできることからやるしかないじゃないか。

 今回は処分が下ることは無かったけど、もしノエルに何かあったらどうするんだ。

 仲間なんだろ、命の恩人なんだろ。

 仲間を助けるのは当たり前の事なんだろ。

 人を助けろ、俺を助けてくれた人ならなおの事、苦しんでいる時力になりたい。


『アラタは恋人の姿を重ねているだけだ、レイフォードそのものが好きなわけじゃない』


 うるさい、それは今関係ないだろ。


『そんなことしても無意味だ』


 違う、ノエルはそんなことをいう奴じゃ……あいつはいつも楽しそうに笑っていて、明るくて…………


 あいつ、どんな顔で笑っていたっけ?

 ……違う、そんなことは今はどうでもいい。

 迷うな、あいつが苦しいなら助けてやるのが仲間だろ、俺の役目だろ、疑問を持つな、迷うな、迷うな、迷うな。


 2年の時を経て、剣聖は今一度覚醒を果たした。

 契約に基づいたもう一つの人格の力は以前とは比べ物にならない程強力になっている。

 剣聖の力を前借りする、その代償が今、清算される時が来た。

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