第52話 真・ヒモのアラタ

 先日、カジノにて愚かにも全財産を投入した挙句、全額溶かし精神崩壊を起こしたアラタは数日間壊れたままだった。

 半笑いになりながらもかいがいしく介護をしてくれた二人によって徐々に回復していったが、アラタは絶望的な現実を直視しなければならなかった。


「金がない。本当にない。俺は……なんてことを」


 初めからそのつもりだったわけではないが、結果的にありったけの財産を握りしめて見事にスッた彼の手元には銅貨が何枚かしか残っていない。

 とにかくなんとか生活費だけでも捻出しようとクエストを受けるべくギルドへとやってきた。

 3人ならDランクもしくはCランクのクエストを受けるところだったが今回アラタは一人、受けたクエストはEランクだった。

 以前ノエルが勝手にクエストを受けた時に知ったことだが、各ランクのクエストというものは、同ランクの冒険者数名で構成されたパーティーでの受注が望ましい。

 つまりEランク冒険者が単独でEランククエストを受けることは通常ないのだが、普段のクエストや稽古で鍛えられているアラタはその辺りの感覚が麻痺しつつある。

 今回受けたクエストは郊外にて討伐されたメガフロッグの卵の破壊及び孵化した幼体の駆除だった。

 卵の破壊はともかく、幼体はそれなりに数が多いうえに水の中に引きずり込まれれば溺死もありうる危険な相手だ。

 だが普段彼が受注しているクエストからすれば脅威と呼べるものではないレベルのクエスト、かなりの数の卵が孵化してしまっていたが難なくすべて駆除、逃げる幼体まで仕留めてクエストは完了した。

 連れてきたギルド職員に討伐証明をしてもらい共にギルドに戻る、その間アラタはずっと上の空だった。

 ギルドに到着し、カウンターで報酬の銀貨4枚、およそ2万円を受け取ると虚ろな目でそれを見つめる。


「これを後500回、ははは…………」


 乾いた笑いがこぼれたが彼の顔は1ミリも笑っていない。

 虚無を映した双眸は銀貨を視界に入れているはずだが彼はそんなもの見ていなかった。


 ――やめよう、もう終わった話だ。


 取りあえずしばらくは先生の家に厄介になって、最悪風呂が無くてもいいから一人暮らし出来る家を借りよう。

 低空飛行を続けるテンションのままドレイクの家に戻ると、次は魔術の授業が始まる。


「それじゃあ始めるとするかの。前はどこまで?」


「雷撃を教わって魔力のロスが多いと言われたところまでです」


「そうか、そうじゃったの。じゃあ始めるぞ」


 そう言うとドレイクは右手を出し雷撃を発動した。

 静電気が発散するときのように一瞬ではない、アラタが使う時のように一瞬光り消えてしまうものでもない、バチバチと音を立てながら右手に留まっている。


「今わしは雷撃を起動しそのまま維持しておる。基本的に魔力量は起動時、コントロールの難易度は留めるときの方が必要とされる。分かるかの?」


 アラタにはいまいち理屈が理解できていなかったが、家電製品で考えるとより多くの電気を必要とするのは電源をつけた時、電気回路が行う役割を魔術の発動中常に人が行うことからコントロールの難易度は維持するときの方が難しいのだ。


「完全に理解できずともよい。お主は雷撃を維持できるか?」


 アラタは魔力を少しだけ練り上げ雷撃を起動する。

 そのまま……維持をする……しようとするが……

 どうしてもアラタの掌では一瞬しか光は起こらない。


「できないです」


「じゃろうな。その回路の不安定性が魔力のロスにも繋がっておる。要するに魔力操作の技量が足りておらんのじゃ。雷撃を5分間維持できるようになれ、さすればより複雑な魔術を使う足掛かりになるじゃろう」


 雷撃を5分維持、起動準備からカウントしてもせいぜい3,4秒くらいしか維持できないのに、それ以上は回路がなくなってえらいことになる。

 そもそも、


「魔術を維持するなんてどうやったらいいんですか。感覚すら分からないんですけど」


「あー、あれじゃ。あの、なんじゃったかのう。的確な例えが思い浮かばん。魔術を起動する際に回路を構築するじゃろう。その回路の出口に少しずつ練り上げた魔力を流す感覚じゃ。ほれ、やってみよ」


 説明が抽象的すぎる。

 逆にこんなんでできるわけ……


 パチッ、パチチッ


「できたぁ!?」


 なんとなくの感覚で言われたとおりにやってみただけでアラタの雷撃に変化が現れた。

 ドレイクはニコリと笑うと話をつづけた。


「言ったじゃろう、完全に理解する必要などないのじゃ。お主の場合、身体強化を維持しているのじゃから素地は出来ておる。さっさと次に行くぞ」


「…………」


「なんじゃ?」


「いえ、なんでもないです」


 この人は本当に優秀は魔術師なんだろうか。

 無意識下でも魔術をコントロールできるし、いろいろ知っているし何より賢者だし。

 凄いことは疑う余地がないんだけどとにかく説明が雑だ。

 それで何とかなってしまうのだから俺も大概適当人間なんだけど。


「次は魔道具について教える。アラタ、魔道具とは何じゃ?」


「え、分からないです。魔力で動く道具?」


「まあそのくらいの認識でよい。別に魔道具職人になるわけじゃないからの」


「魔道具の一番の特徴は回路を構築することなく魔術的な効果を得ることが出来ることじゃ。さらに魔術の属性に合わせて魔力を練る必要もない。魔道具内に構築された回路に魔力を流すと勝手に魔力が決まった属性に練り上げられ決まった効果を得ることが出来る。どうじゃ、便利じゃろう?」


「めちゃめちゃ便利じゃないですか! それじゃ魔道具さえあれば魔術師の存在価値は……」


 目の前の魔術師に気を遣って最後まで言わなかったがここまで言ってしまったら、もう全部言ったようなものだ。

 今のドレイクの説明が本当なら魔道具の進歩は魔術師の存在価値を奪っていく。

 だがアラタの言葉に対して賢者は『チッチッチ』と指を振り否定する。


「確かに簡単な魔術であれば魔道具を使う方が簡単じゃろう。じゃが回路が決まっている以上特定の効果を得ることしかできはせん。高位の魔術師が扱うことのできる回路の数は1000や2000ではきかぬぞ?」


 なるほど、街灯に使う分には問題ないけど人の代わりにしようと思ったら必要とする魔道具の数が足りないのか。

 でもそれも時代の流れと一緒に解決されそうな気がするけどな。


「魔道具の回路はそれなりに複雑な技術が要求されるが使い捨てならその辺にあるものでも利用できる。例えば……そこの花を取ってきなさい」


 花が魔術と何の関係があるのかアラタには分からなかったが、取り敢えず言われたままに花を根っこから引き抜いて渡す。

 ドレイクはその根元を切り、茎から上だけの状態にすると、


「こうして掌に魔力を集めて水属性に練ると……」


 アラタはテレビでマジックを見たような気分になった。

 咲いている花の中心からじんわりと水が染み出てきたかと思うと、ちょろちょろと流れ始めたのだ。

 どう考えてももとから花の中に内包されていた水分量を超えていて、アラタには何が起きたのか分からない。


「花にある細い管を回路に見立て、魔術を行使した。水弾の発動直前と言った所じゃな」


 そう言い終わると花は風船が割れるような音を立てて四散した。


「無理をすればこうして回路は壊れる。武器のような頑丈なものに魔力を流せばそれなりに戦えるが消耗は早くなる。分かったか?」


 何食わぬ顔で、涼しい顔で彼が披露する技の数々は、今のアラタには難易度が高すぎる。

 それは本人も分かっているがアラタの顔から思わず笑みが零れ落ちる。

 カジノで負けてからというもの、抜け殻のようになっていたアラタの顔に生気が戻り、目が輝き始める。


 凄い、改めて魔術は奥が深い。

 回路一つとってもこんな使い方があるのか。

 やっぱり魔術は凄い、先生は凄い。

 アラタはもっと魔術を知りたいと心の底から思い、引き続き授業を受けようとしたのだが、


「2人が帰ってきたようじゃ。今日はここまでにするかの」


「あ……はい、今日もありがとうございました」


 これからという所だったが仕方がないか、とアラタは掌で魔力を練りながら家の中に入ろうとする。


「アラタ」


「はい?」


「魔術を習うのは楽しいか?」


「ええ、それはもう凄く。いろいろ試したくてうずうずしますよ」


「…………そうか。それならばよい。その調子で励め」


 なんだろう、何かあったのかな、まあいっか。

 アラタが居間に入るとそこには満面の笑みの女性が2人、少し気味が悪い。


「おかえり。…………どうしたの?」


「最近売りに出されていた格安の屋敷を知っていますか?」


「一応。でも俺金ないし」


「ふふふ、それがですね、その物件なんですけど……」


「私たちが購入したのだ!」


「……は? 今なんて?」


 アラタの耳におかしな音声が聞こえてきた。

 ワタシタチガコウニュウシタノダ?

 何言ってんだこいつ。

 ちょっと何言っているのか分からないと言った様子でアラタの頭の上に『?』マークが浮かび上がる。

 2人は期待通りの反応に嬉しそうに笑いながら話し続ける。


「だからアラタが購入しようとしていた屋敷を買い上げたんだ! それでな」


「アラタにその屋敷をあげようと思いまして」


「は……はぁ? ちょっと言っていることの意味が理解できない。つまり?」


「全財産を失って何も手に入らないのは可哀想だからお前にあげるといっているのだ! 早く理解しろ!」


「……まじか」


「大マジです。好きに使ってもらって構わないですよ」


 アラタの中では与えられた情報を処理しようと脳みそがフル回転している最中だが、まだ処理は終わりそうにない。

 それもそうだ、ちょっと酷いとは思うけど自業自得のギャンブルに失敗し金を失った男に、金を貸してくれるとかならまだしも家をくれると来たのだ。

 早い話、1000万円の札束をポンとくれることを想像してほしい。

 あり得ないだろう、夢だと思うだろう、裏があると思うだろう。

 普通の人間の普通の思考回路なら、誰だって裏があると考える。


「……マジか! ありがとう! ほんっとうにありがとう! やった、やったぁ! もう無理かと思ってた! 今から準備してくるぅ!」


 普通の人間の普通の思考回路ではなかった。

 千葉新という男は普通の男性だが、彼の頭には異世界の常識やら超常現象やらがインストール済みなのだ、我々の考える普通はもう彼には当てはまらないのかもしれない。

 所持品なんてあってないようなアラタは一度部屋に戻り、すぐに支度を整えると屋敷に向かうべくドレイクにあいさつをするために下まで降りてきた。


「先生、今までお世話になりました。これからも魔術を教わりに来ますけどとりあえず屋敷に向かいます」


「うむ、帰る場所があるというものはいいことじゃ。これからも精進するように」


「はい! それじゃあ!」


 準備万端、後は屋敷に向かって新たな生活をスタートする、そんな状況になってアラタはある異変に気付く。

 2人がなぜかドレイクの側ではなくアラタの方に立っていて、ドレイクに別れを告げる様相になっているのだ。


「なんで二人とも俺の方にいるの? まあいいや、家をありがとう、大切にするからじゃあまた明日!」


 2人の笑顔は崩れない、まるで顔に張り付いたように。


「私たちの拠点に向かうんだ。一緒に行こう」


「は?」


「屋敷はアラタと私たちの住居兼パーティーの拠点として使うんです。なにもおかしくありませんよね?」


「いや、それじゃ家をもらった意味がないじゃないか。一人暮らしじゃないなら今と変わらないじゃないか」


「まあ私はアラタが住まないなら利用する予定はありませんけど。ノエルは?」


「私もそうだな。ねえアラタ、屋敷に住むよな?」


「疑問形なのにせ…………」


 なんで疑問形なのに選択の余地がないんだ。

 そう言うことすらできない状況、こいつらは俺を嵌めたのか?

 いや、カジノで全額失わなければこんなことにはなっていない、せっかく家をくれたのにそんなことを考えるのは失礼だ。

 そうは言ってもこれは……


「俺って本当にヒモになった?」


「割と前からヒモですよ。私は気にしませんけど」


「そうだな。大体、ドレイク殿のところで居候していたじゃないか。あまり気にするな」


「気にするわ!」


 最近こんなことばかりな気がする。

 見えない力が働いて、俺のやることなすこと全部裏目に出てしまう。

 これもあの自称神のせいだとするなら、あいつマジで一回シメないといけないんじゃなかろうか。

 その日、アラタは風呂付の屋敷を受け取り本当のヒモになった。

 身から出た錆と2人の善意が重なったとはいえ、事の顛末に違和感を覚えつつ俺たちの共同生活は始まった。

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