第45話 オークション掃討戦
「この商品は特別なものに付き金貨10枚から始めさせていただきます! さあ12枚がでました!」
ついにアラタを競売の対象とする人身売買オークションが開始された。
オークショニアが始まりの金額を提示するとすぐにそれを上回る金額が出る。
12、15、20、23。
次々と冗談みたいな金額が提示されてアラタの命の価値は吊り上げられていく。
ここまでくれば突入してもいいんじゃないか、アラタはもう助けてほしかったが実際これではフレディの身柄を拘束するには足りない。
それほど貴族の特権は強く、尚且つフレディはまだ競りに参加していない。
どんどん金額は上昇してくがオークションが中止になる気配は微塵もなく、会場は熱気を帯びていく。
「さあ50枚! 50枚が出ました! ここで打ち止めにな……おぉーっとここで一気に60枚が出ました! すでに奴隷一人に対しては破格の値段となっておりますがこの奴隷は特別製! この機会を逃してよろしいのでしょうか!? 65枚出ました!」
金貨65枚、日本円でおよそ650万円。
650万円なんて人にかける金の価値じゃないだろ。
人間の相場なんて知らんけど。
そもそも一般的な奴隷の相場っていくらだ?
奴隷制度なんて当の昔に消えた日本出身のアラタ、人体がいくらで売り買いされるか知る世界に生きていなかった彼には今の自分がどれだけの価値で売買されているのか分からない。
奴隷制度が認められている国の人身売買では当然ながら売る側も買う側もビジネス、つまり奴隷の使用用途に対して足が出ないように金額設定をするのが基本である。
奴隷の持つ用益潜在能力を超える額で奴隷を買えば、待っているのは通常の商売と変わらない、ただの赤字である。
だがこの国は奴隷制度禁止の国、表向き奴隷と分かるような扱い方をすれば自分が捕まりかねない。
アラタには考えもつかなかったが奴隷と一口に言ってもその用途は千差万別である。
鉱山などで重労働に強制的に従事させられたり、安く危険な仕事を適正価格よりさらに安価にやらされたりする奴隷などが容易に想像できるが、このような使い方をされる奴隷はまだ幸せなほうだ。
奴隷にとって最も嫌な主と言うものは、奴隷に生産性を求めない主である。
人狩りの的としてもてあそんだり慰み者にしたり、色々と表に出せない使い方があるが、この手の人種の一番厄介な点は奴隷を購入する際、金に糸目をつけない点である。
商売道具としての奴隷を購入する際赤字になるのは論外だが、そんな目的のオークションでは今現在アラタにかけられているような金額には決してならない。
今なお上昇を続ける価格は金貨300枚を超えた。
金貨300枚もする人間に、奴隷に身をやつすような人間でもできる仕事を与えれば減価償却が完了するまでに何年かかるか分かったものではない。
既にアラタは通常の奴隷にさせる仕事に就けないことが半ば確定しているようなものなのだ。
「まだまだ上がります! 500枚を超えましたが参加者の皆様はまだ余裕がおありのようです。ですのでここで人数を減らすべく金額の引き上げを行いたいと思います。金貨700枚、700枚から! この金額でもまだ奴隷を手にしたいという方はおられますか?」
金額がマヒしてきた。
奴隷にもいくらか還元されないかな。
700枚て。
俺が何回クエストを受ければ手に入る金額なんだろう。
マジで頭が痛くなってきた。
それでもアラタの金額は上がり続ける。
初めからもっと金額を高めに設定しておけば良かったのに、それだと時間が稼げないか、ならいいや。
金額も大きすぎ、どうせ自分の元には来ない、それにオークション自体これから壊れる、アラタがオークションから興味が失せ始めた時、会場にどよめきが走る。
「1000枚」
「1000枚だと? 今回はあのお方も本気のようだ!」
「1000枚が出ました! 他にいらっしゃいますか! いなければここで……」
「1100枚」
アラタはこの声を知っている。
オークションの参加者はマスクか仮面で顔を隠しているが声まで変えているわけじゃない。
仮面でくぐもった声だが、彼の耳にはしかと聞こえた。
間違いなく今の声はフレディ・フリードマンの声である。
「最悪だ、最高か、どっちだよ」
多分だけど、あいつは俺がノエルかリーゼの家に連なるものとか、隠し玉とか思っていると思う。
普通に考えて出自不明の人間がパーティーに入るならそれくらいしか思いつかない。
だから俺を競り落として敵対勢力の情報を抜き出そうとしている、そんなところだろう。
そしてそのために奴隷契約とかいうものを結び次第有無を言わせず秘密を話すように強制してくる。
その時俺が話してしまう言葉は……考えるだけで恐ろしい。
あいつにとっては棚ボタもいいところだ。
敵の情報を聞き出そうと思っていたら異世界人を手に入れているんだから。
もしそんなことになれば笑いが止まらないくらい愉快になって、またあの気持ち悪い笑顔を見なきゃならなくなる、それは普通に嫌だ。
アラタが最悪の未来を想像している間もオークションは続く。
フレディが俺のことを手に入れようとするのは辛うじて理解できるけど、他の奴らもかなり粘っている。
正直人を買うためにここまでの金額を支払う気が知れない。
そういう人間が存在すること自体、こうして目の当たりにしちゃっているわけで、認めないわけにはいかないけど何をどう生きてきたらそんな思考回路になるのか全く理解できない。
そんなことを考えながらいい加減早く助けに来てくれないかと思った時、会場に槌で台を叩く音が響いた。
「1450枚! 競り落としたのはMr. F様! おめでとうございます! オークション史上でもまれにみる金額の取引となりました! これほど盛り上がったオークションは久しぶりでございます! それでは奴隷契約を結びますので壇上にお上がりください!」
アラタは競り落とされた。
金貨1450枚、現代の貨幣価値にして1億4500万円、それがアラタの命の価値である。
とんでもない価格にアラタはもうどんな顔をしたらいいか分からなくなっていた。
どこからそんな金が湧いてくるんだ、うらやましいことこの上ない。
壇上に上がってきたMr. Fことフレディ・フリードマンは鎖に繋がれてろくに身動きの取れないアラタを見て意地の悪い笑みを浮かべる。
背中をぞわぞわと悪寒が襲い、全身に鳥肌が立つ。
体中を舐めまわすような視線に晒されて吐き気すら覚えてしまう。
「あぁ、やぁぁああっと君を手に入れることが出来た。予定より金額は多くなってしまったがそれも問題ない。さあ、君はいったい何者なんだい?」
「だから、それを言うわけないだろ」
「ふふ、これから締結する契約で君はそんな口を利くことすら許されなくなる。楽しみだよ、君の口からクレスト家の秘密がポロポロと零れ落ちていく様を想像するのは」
アラタは何も返さない。
そろそろ突入してくれないとまずいと思い始めているのだ、ちょっと早くして、そう思っている。
「私はね、君をただのクレスト家の隠し玉だとは思っていない」
「あの、Mr. F、早く契約の方を……」
オークショニアがフレディに先に契約してしまうよう先を促すが彼は話を止めようとしない。
だいぶ気分が高揚しているのか興奮気味に少し早口で続ける。
「君はこの時代の人間ではないね? 少なくとも君の持っていた武器、あれは今存在するどんな技術をもってしても作れない。まあその辺りもまとめて教えてもらうとするよ。後でゆぅぅううーっくりとね」
この期に及んで、アラタはこの男をどこか舐めていたのかもしれない。
限られた情報でここまで核心に迫っていたこの男を、ただ敵の情報を欲する貴族程度にしか考えていなかったアラタ達の落ち度である。
刀を置いてくれば、俺ではない他の誰かを囮にすれば、いや、それじゃフレディが動く保証は……待て、どうすればよかった?
アラタは内心発狂しそうだったがここでそれを見せるわけにはいかないと、そんなそぶりをすれば図星であると自白するようなものだと必死に虚勢を張る。
「はっ、俺の子と評価してくれるのはありがたいけど、買いかぶりすぎだね」
「買いかぶりだったかどうかはこれから分かることだ。それに、私は君のことがもっと知りたい。もはやこれは恋だ」
フレディはアラタに向けて奴隷契約を結ぶための首輪を近づける。
これに繋がれたら終わり、どうにか阻止しないと、でもどうやって?
さっきから雷撃を使おうとしているけど起動しない。
魔力を暴走させようとしてもできない。
対策はバッチリ取られているってことか。
「さあ、これで君も忠実な犬になる」
奴隷契約を後で解除できますように。
この際契約を結んでしまうことは諦めて、後で何とかしてもらおうとアラタが目をつぶった瞬間、会場の扉が吹き飛び煙が上がる中、銀色の光が線を描いたかと思うとフレディの手に突き刺さった。
「ぐ……ぐぁぁ。……くっ、何事ですか!」
本当に時間ぎりぎり、マジで危なかった。
「ようやく追い詰めたぞ、フレディ・フリードマン。恋は人を盲目にするのは本当みたいだな」
扉から冒険者たちがなだれ込む。
警備にあたっていた敵も応戦するが冒険者たちの方が数も多く、武装も重厚だ。
「くぅ、せめて契約だけでも!」
まだアラタを諦めきれないフレディはアラタに向けて首輪をつけようと迫る。
彼は今抵抗できるような状態ではない、せっかく助けが到着したのに、これでは――
「「アラタ!」」
聞きなれた名前、聞きなれた声が聞こえたと思った瞬間、彼の正面に立っていたフレディの肉体は壁際まで人形のように吹き飛ばされた。
死んではいないようだが身動きが取れるような吹き飛び方ではなかった。
「リーゼ! ノエル!」
完全武装の2人が扉の入り口に立っている。
あの位置から武器を投げつけてフレディを吹き飛ばしたのかと考えると、少しコントロールが狂っていたら……そんなよくない想像ばかりしてしまう。
2人とも完全に殺る気の目をしており、その視線で見つめられたアラタはその場で震えあがることしかできなかった。
「クラーク伯爵家長女、リーゼ・クラーク」
「クレスト公爵家長女、ノエル・クレスト」
「人身売買容疑及び、冒険者アラタに対する暴力行為で貴方を拘束します」
「えー、とりあえず、アラタにいろいろやった罪で……この場で粛清する」
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