第5章-3
意味がわからない。しかし、それがこの女の
すべてが消え去ると、彼は瞳を右上へ向けた。気になることが多かったのだ。――なぜ、あんなにぼんやりしてたんだろう? やっぱり見せないようにしてるとああなるのか? いや、これまでだって見えづらい相手はいた。しかし、この女は特別だ。
「なにか見えました?」
女は唇を
「ええ、まあ。――まず、確かに
唇は引き
「神秘主義。子供の頃からあなたにはそういう傾向があった。中学生のときには学校近くの神社で
すっくと立ち、女は強い視線で見下ろしてきた。
「どうしてそんなことまで知ってるんですか? いえ、どうやったらそこまで調べられるの?」
「調べたんじゃない。見えたんです。私にはあなたの経験したことがわかる」
蓮實淳は指先を向けた。それから、デスクを
「バステト神のお導きで、私には見えるんですよ」
「はあ――」
力なく座り、女は深く息を
「ほんとになんでもお見通しみたいですね。確かにそういうことがありました。なんでそうしたかはわかりません。子供だったのと、ひどく嫌な思いをさせられてたってくらいしか憶えてないんです。その後で私は孤立した。――孤立。そう言うのが一番しっくりしますね。
そこまで言うと女は顔をあげた。彼はちゃんと聴いてますよといった表情をしてる。
「私、子供の頃から霊感があるんです。いろんなモノが見えるし、声も聞こえます。それは
カンナは鼻を鳴らした。はいはい、悪霊ね。こういう子ってクラスに一人はいるもんよ。修学旅行のときなんかに突然霊感
しかし、カーテンの向こうからはこう聞こえてきた。
「で、あなたのお宅にも悪霊がいる。そういうことですか?」
「そうなんです。私の家には悪霊がいます」
はい? とカンナは思った。なんなの、この会話。やだ、悪霊ってほんとにいるものなの?
「なるほど。魚の頭が置かれるのも悪霊の
「だって、そうとしか考えられません」
女は目を見ひらいている。表情にどのような変化があったか探ろうといった感じだ。
「ご主人はどう言っておられますか?」
「とりあってくれません。夫はまだ私の霊感を信じてる方なんですが、生まれた家に悪霊がいると認めたくないんでしょう。これに関しては聞いてくれません」
「お姑さんは?」
「
「それで、あなたは家の各所に
「ええ。悪霊が原因であればそれくらいしか」
「でも、占い師や霊能力者に見てもらいはしたんですね? それはご主人やお姑さんもお認めになったのですか?」
「はい。怖いので無理に頼んだんです。だけど、みんなインチキでした。
「しかし、仮に悪霊が原因でなかった場合、」
そう言いかけると女は顔を
「いいえ、あれは悪霊の仕業です。そうとしか思えません」
「すこし聴いて下さい。悪霊が原因でない場合も考えた方がいい。これはあなたの
表情は
「いや、違うな。それは置かれてるんだ。いつも同じ場所に」
「そうです。塀の外からでは無理です」
「当然、
「はい。毎晩、私がきちんと見てます」
カンナは暗い外へ目を向けた。なんだか
「一応だけお訊きしますが、それはお宅から出されるもの、その日の料理に使ったものではないんですね?」
女は目を細めた。そう訊かれるのに
「ええ、それは絶対に違います。もちろんゴミは出ますが、庭に置かれてるのは家のものじゃありません」
蓮實淳は指先を向けた。
「で、私にどうしろと?」
「一度見に来ていただけませんか? 家族がいるときに来て、全部見て欲しいんです」
「しかし、私には悪霊を
「いいえ、きっとできます。私、これまでいろんな人に相談してきました。でも、何度も言うようですけど、みんなインチキで。ただ、先生ならできるって思うんです」
そう言ったときも女はぼうっとしていた。しかし、初めに抱いた印象とは違うものを感じさせた。この女が神秘主義的なものの見方をしてるのはその通りだ。それでも、そこに多重な意味を持たせてるように思えた。言い
「そのためにはお宅に
「はい。――そう、そうなんです」
「それで解決するとあなたは考えておられる。そういうことでしょうか?」
息をのむようにして女は顎を引いた。今の問いかけが
「ええ。私はそれで解決できると信じてます」
蓮實淳は仕切りのカーテンを見つめた。こういうパターンであればカンナがしゃしゃり出てくる頃と思ったのだ。しかし、布は動かない。彼は鼻先を
「いいでしょう。悪霊が祓えるかわからないが、一度お宅に参ります」
そう言って、彼はまた指先を向けた。
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