第23話 溝

ひょんな事情で外神咲希と昼休みを共にすることになってしまった。家族も居る手前、変に彼女のことを避けることも出来ず、当たり前のように隣に並んで昼食をとっていた。


「そう言えば、咲希姉は競技は何に出るの?」

「あー……借り物競争……」

「お兄ちゃんと一緒だ!」


一緒、という言葉に互いに背筋が震えた。


「咲希ちゃんは何組目なの?せっかくだし、咲希ちゃんも撮ってあげるわ」

「いえ、大丈夫ですよ」

「いいからいいから。私が撮りたいの」

「………5組目です」

「あら?夕も同じじゃなかった?」

「……同じだな……」

「あら、なら一緒に撮りやすいわね」

「「うっ…」」


一緒、という言葉はやめてくれ。しかも一緒に写真を撮られるなど本当にやめてほしい。


「あ、そうだ!なんなら今撮りましょうか。丁度二人並んでるし」

「えっ、いやいや!今は良いでしょ」

「そ、そうですよ。競技中ならまだしも今は」

「いいじゃない。そう遠慮しないで。昔はよく二人並んで写真撮ってたじゃない。久しぶりのツーショット、いいでしょ?」

「むぅ……」


何も反論も言い訳も思い付かなかった。

………受け入れるしかないか。


「ほらほら、二人とももっと近付いて」

「あ、はい……」


ジリジリと嫌々ながらに互いに近付いた。母さんが、「もっともっと」と言うので更に近付き、ついに肩がぶつかる距離まで彼女に近付いた。今横を向けば彼女の顔がすぐ目の前に来るだろう。

ここまで近寄らなくても写真に収まるだろうに、なぜここまで近寄らせたのか。


「はい、二人とも撮るよ~。はい、チーズ」


はい、チーズという言葉を久しぶりに聞いた気がする。それほど写真を撮ってもらうことなど無くなっていたのか、それともこの言葉がもう使われなくなったのか。

写真を撮った後、俺が動くよりも先に、彼女の方が数秒早く俺から離れた。分かりやすく俺を嫌がっている反応。誰が見ても嫌っているようにしか見えない反応。


この行動に、ある人物がついにそれを聞いてきた。


「……もしかして、二人ってまだ喧嘩してるの?」

「っ!」

「……李湖…?」

「こ、こら李湖…!今そんなこと聞かなくていいでしょ……!」

「だって、さっきから二人共全然話さないし、今だって近付くことさえ嫌がってるように見えたし…」


俺達の行動は、李湖の目にはそう映ったらしい。事実なのだがな。


「あ、あれは…お父さんのせいじゃん……」

「李湖!」


玲夢が咄嗟に話を止める。この話題はあの件以降、自然と俺達の中ではタブーのようになっていたのだ。


「私……二人が仲良くないと…嫌だ…。お兄ちゃんと咲希姉はもっと仲良くないと嫌!」

「李湖……」

「玲夢姉は何とも思わないの?」

「え…。そりゃ……私も……昔みたいに…」


二人にとって外神咲希という人間は姉も同然の人物。ならばそう思っても仕方のないこと。まさか、俺達のこの関係が、二人をこんな悲しませることになるとは。何より、母さんが一番複雑だろう。


「ち、違うの」

「咲希姉…?」

「………?」


隣に座っている彼女が口を開いた。


「え、と……その、違うの。仲が悪いとかじゃないの」

「咲希ちゃん?」

「その……ね。恥ずかしくて言えなかったんですけど……。実は、神外夕くんとお付き合いさせてもらってます!」

「………は?」


何を言ってるんだこの女は…。

頭が真っ白になるのと同時に家族の前で恋人宣言され嫌な汗が流れてきた。


こいつと言い愛依と言い、困ったら何でも恋人のふりで解決しようとするのは一体なぜだ。


「「え…え…えぇ!?」」


姉妹揃って俺と彼女を交互に見やり、驚愕の声をあげた。

一方、母さんは「あらあら」と満更でもなさそうな調子で仄かに笑っていた。


すると、玲夢の腕が俺の両肩を掴み、問い詰めるように前後に激しく揺さぶってきた。


「バカ兄!どういうこと!?いつの間にそんな関係に!?」

「い、いやぁ…それは……」

「咲希姉!それほんと!?」

「ええ。本当よ」


こいつはまた…平気で嘘をつきやがる。

迷惑な女優が居たものだ。


「咲希ちゃん」

「は、はい。何でしょう…?」


流石に母さんに話しかけられると、女優も多少たじろいだ。


「あまり言いたくはないけれど、こういうことは、良ければ教えてほしかったな~、て」

「す、すいません」

「やっぱ親としては気になるでしょ?だって、あなた……」

「………」


すると、彼女はうつむき、何かを覚悟するかのような表情を浮かべ、母さんの言葉を待った。


「可愛いでしょ?」

「………へ?」


想定外すぎる母さんの言葉に、気の抜けた声が漏れる彼女。分かる。こいつに共感などしたくはないが、分かってしまうその気持ち。

母さんはどこか感覚がずれているとこがあり、思いがけない発言に困ることも多々ある。


「咲希ちゃん可愛いから、夕が無理矢理襲わないか心配なのよ~」

「ほぇ!?」


急にこちらに矛先が向き、油断していたのもあり俺も気の抜けた声が出てしまった。


「まさかとは思うけれど、あなた達……もうそこまでいってるの?」

「か、母さん!?何を言って…」

「い、いえ!そこまではいってないです!」

「お前もバカ正直に答えんでいい!」


というか、体育祭の昼休みになんという会話をしているんだ。それと、妹達の前でそんな話をされる兄貴の身も考えて欲しい。 


「ねぇ玲夢姉。何の事言ってるの?」

「李湖は知らなくていいの」

「ん~?」


妹達は妹達で上手くやっているようだった。


「そう。なら安心だわ。それにしても、あなた達が付き合ってるなんて。外神さんには話したの?」

「いえ……言ってないです…」


なんなら愛依の彼氏ということになってますがねぇ。


「教えないの?やっぱり、言いにくい?」

「あ、いえ。今度、話そうかと……」


話す?娘の友達の彼氏が実は娘の彼氏だったって?

あり得ない。


しかし、この話は早急に終わらせよう。あまり長話するとボロが出るのは明確だ。


「と、とりあえず、そう言うことだ。俺達、そろそろ行かないと。な?咲希?」

「えっ…あ、うん。そうね」


圧力をかけるべく、あえて彼女を名前で呼び連れ出すことにした。


「あら、まだ時間あるわよ?」

「いや、いろいろやることあるんだよ。体育祭ってのも忙しいんだ」

「ふぅん。やること、ねぇ」

「バカ兄……キモい」

「何で!?」


何か勘違いされそうだが、この場から離れることを優先し、彼女を連れこの場を離れることにした。


半ば強引に彼女を引き連れ、再び図書室へ身を隠すように入る。

椅子に座り一息つくと、彼女に問いかける。


「何であんなこと言った?」

「……玲夢ちゃんと李湖ちゃんが悲しんでるのは見たくない…から」

「このお人好しが…。他人の事を思いやるのは結構だが俺に迷惑かけるなよ」

「他人じゃない。妹よ」

「誰が妹だコラ」


玲夢と李湖も彼女のことを姉と思っているように、彼女も二人のことを妹と思っているのは昔から変わらないようだ。


「はぁ……。どうするんだよ。面倒なことしやがって」

「別に……あなたの家族と毎日会うわけでも無いし、大丈夫でしょ…」

「それはそうかもしれんけど……あの二人がこれを聞いて何もしないとは思えないし」

「………」


発言に困ったのか、彼女は黙ったまま俯いた。

その姿になぜか、沸々と怒りが湧いてき、つい本音が口に出てしまった。


「言ってること矛盾してんだろ……。妹だとか言って、自分が困ったら知らんふりか…」

「は……?何?」

「お前はいいよな。適当に嘘ついたって別に困らないし。こちとら変な嘘で家族から何かと聞かれて迷惑極まりないってのに」

「………じゃあ何。定期的にあなたの家族と会って彼女のフリでもすればいい?私は良いわよ。それで解決でしょ?」

「…………いや、いい。後であれは嘘だったと言っておくよ。心配するな。お前を悪いようには言わないから」

「え…そ、そんなことしたら……!」

「何か?」


再び彼女は黙ったまま俯いていた。

その姿に再びいきどおりを感じると同時に、いつの間にか少し浅くなっていた俺とアイツの溝が、また深くなったような気がした。

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