第15話 夢をみる

 翌日の火曜日にやってきたしろくんに、さっそく昨日あやちゃんがいっていたことを聞いてみた。


「なるほど、お菓子ですか。いいかもしれませんね。うちは女性客がほとんどですから」


 よかった、反対されずに。ホッと胸をなでおろす。


「洋菓子店のオーナーさんも、子育てがおちついたら、あやちゃんに復帰してもらいたいんだって。だから、今回のこと応援してくれるみたい」


 オーナーさんは、厨房をただで貸してくれるそうだ。家庭の台所で作ったお菓子は、売ることができない。保健所の許可のある施設で作られたものが、商品にできるのだ。

 私が安心していると、ちらりとしろくんは私の手首を見る。


「それ、例のミサンガですか? 興味なかったくせに」


 妙に冷たい口調で聞いて来た。


「今日、ためしに巻いてみたの。でもこれ一度まいたら、ほどけないね。まあ、かわいくつくれたしアクセサリー感覚かな。お店の商売繁盛を祈願して。私には会いたい人いないしね」


 しろくんは、ふーんと興味なさそうに私をいちべつし、パソコンをあけネットショップの注文をチェックしだした。


「ところで、イヤリングとピアスはどうなりました?」


「西村さんは、注文した分を三日でつくるってはりきってた。月曜日の午前中にお家に届けたから、今週中に持ってきてくれるかな。それから、仕上げたら。ギリギリ五月末までに間に合う」


 あやちゃんの誕生日に間に合う。ネットで注文していた金具やビーズ類はもう届いていた。純にいちゃんとあいるさんにも、知らせないと。


 店内にアクセサリーがならんだら、いっそう華やかな雰囲気になるだろう。お店は順調。母からこのところ、電話もこない。


 その日も仕事を終え、祖父のつくった夕飯をしろくんと堪能した。最近私が忙しいだろうと、ほとんど祖父が夕飯をつくってくれる。


 私の料理で物足りないのか……真意はわからないけれど、祖父にあまえようと思う。

 その日のデミグラスソースのかかった肉汁たっぷりハンバーグの味を反芻しながら、私はベッドに入る。


 熱くもなく寒くもなく、薄い羽毛布団一枚でちょうどいい季節。心地よい疲労感を感じ、私はたちまち眠りへ落ちていった。


    *


「もう、さわったらあかん! いやがるやろ」


 かん高い女の子のどなり声が、眠っているはずの意識をゆさぶる。

 えっ? ここどこ。私は夢をみているの?


「いやや、ぼくも、ぼくも」


 今度は舌ったらずな小さな男の子の泣きそうな声も、聞こえて来た。

 ぼやけた視界がいくぶんクリアになり、私の視線の先に小さな男の子があらわれた。

 私の意思で視線は変えられない。目のはしにうつる情景には見覚えがある。いつもとちがう、低い視点で見えるここは、私が現在住んでいる町家。蔵へつづく坪庭がみえる廊下だった。


 私の意識は女の子に入っているみたいだけれど、みおろす男の子をみてゾッとした。実家の仏壇に飾られている三歳の誠そっくりだったのだ。


 まさか、誠なの? やっぱり、私の前世は誠……。母の妄執が私をうまれかわらせたのだろうか。

 しかし、目の前で泣きべそをかいている男の子の頭は、くりくり坊主。誠の写真は坊主頭ではなかった。

 それに、どうも現代の子どもではないようだ。ランニングを着ているその姿は、戦争映画に出てくる子どもそっくりだった。


「いとちゃーん、あーそーぼー!」


 内玄関の方から、ちがう女の子の声がする。


「はーい。あがって」


 女の子は愛想よくいうと、男の子をにらみつけた……ような気がした。男の子の肩がびくっとあがったから。


「ぐずぐずしてたら、せっちゃんがきてしもた。もう、こうじはあっちいって」


「いやや、ぼくもあしょぶ」


 坊主頭の男の子は、女の子の紺色のもんぺのはしっこをぎゅっとにぎりしめた。おいていかれないように、小さいなりに抵抗しているようだ。

 女の子は、よいしょと何か腕にもっているものを抱えなおした。


「あんた来たら、おもちゃにするやろ。びっくりして外に逃げ出したら、えらいことやし」


「いとちゃん、何してんの?」


 内玄関から入ってきたおかっぱ頭の女の子は、ふたりの姿を交互にみて不思議そうに聞く。


「こうじが、ゆうこときかへん」


 その声は怒りをふくんでいた。


「しゃあないなあ。こうちゃんもいっしょに遊びたいんや。坪庭であそぼ」


 おかっぱの女の子は男の子へ手をさしのべる。すると、男の子はぱっともんぺをはなし、その手をとった。おかっぱの女の子は男の子のもみじみたいな手をにぎり、坪庭へおりるガラス戸をあける。


 女の子もふーっと長くあきらめのため息をつくと、ガラス戸へむかった。

 そこにうつった姿は、肩のあたりで切りそろえられたおかっぱ。そして腕には白い猫をかかえていた。


「かんにんな、しろ。おとなししとってな。あんたは表へ出れへんねん。みつかったらつれてかれるし」


 そういって、ちいさな手でしろの頭をなでた。手のひらにやわらかい猫の毛の手ざわりを感じる。


 夢なのに、なんて生なましい感覚。これ本当に夢なの?


 しろとよばれた猫は気持ちよさそうに、グルグルと喉をならし大きな目を細めている。その首には赤と紫の糸で編まれた組みひもが、巻かれていた。



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